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評価等ありがとうございます。更新遅くなってすみません!
うま、とフォークを口に運んですぐの、淑女らしからぬ感想はアレクシアの心の中だけに留める。家族揃っての夕食の席なので、以前のイメージを崩さないよう上品に表情を取り繕っているが実際はにこにこだ。
(お肉はとろける柔らかさだし、このソースも好きだなぁ)
美味しいものは人を幸せにする。今日も我が家のシェフの腕は最高で、料理は絶品だとアレクシアは喝采を送った。
(悪役令嬢ポジだけど、今世私にはボーナスステージだわ)
恋愛に興味がないし、ヒロインになりたい願望もない。
日々の豪華で美味しい食事、専属侍女による肌や髪の手入れ、前世ではがんばった自分へのご褒美の数々がアレクシアの日常で、自宅にいて享受できる。家族からの愛はたっぷり――むしろ重い、重たすぎるが、公爵家の娘は最高のポジションだ。
(貴族あるあるの政略結婚もしなくていいしね!)
ただ若干、本当に若干だが、シェフが用意してくれた絶品料理を食べているにも関わらず、前世で疲れたときに手を抜き尽くして作った限界飯が、ふと懐かしく感じ時があった。
あれはあれで、手軽にできて美味しい。
栄養のバランスも見た目の美しさもすべて底辺ではあるが、自分で食べるためだけの料理なので他人からの評価は不要だ。
最近は厨房に我が物顔で出入りしているので、作れないこともない。ただ目にも美味しくとこだわるシェフには、アレクシアがゲテモノ料理を作っているように見えるのは間違いなく、お嬢様ご乱心と騒がれそうだった。
蝶よ花よと育てられた公爵家の娘が食べる料理ではない自覚はあるので、作るのは自粛している。仮に周囲の声を無視一択で作って食べたとして、それがうっかりアレクシア愛の強いサヴァリオとレイモンドの耳に入れば、その後の展開は容易に想像できた。
手作り料理だと!? 食べないわけにはいかない! などと間違いなく大騒ぎになる。圧に負けて作ることになり、二人がそれを口に運ぶ姿は絵面的にモザイクをかけたくなるので駄目だ。
圧倒的な美を損なうようなことは許せない。美は美として愛でるべきだ。
サヴァリオとレイモンドがどんぶりを持って食べるなど――浮かんだ絵面に、アレクシアははっとする。ありだ。
(ありよりのありだ)
ギャップは美味しい。
大好きだ。大好物だ。
「シア」
悪巧みをするより先に、サヴァリオに思考を遮られる。手を止め、アレクシアは顔を上げた。
「学園はどうだ?」
「変わりはないですよ」
意図せずジェフリーとナタリーの出逢いの邪魔をして、代わりにヒロインと悪役令嬢の出逢いを演出してしまったけれど、客観的に見ればハンカチを拾って渡すなどささいな出来事でしかない。
ナタリーとはクラスも違えば爵位の差も大きいので、これ以上関わり合いになることはないはずだ。むしろあっては困る。面倒ごとは回避したい。
(ほんとなんで取ったかな、ハンカチ)
二人の出逢いは果たせなかったが、近くにはジェフリーもいた。王道ルートのヒーローならナタリーに一目惚れも――ないかな、とアレクシアは現実を見て可能性を否定する。
遠目にでもジェフリーが見ていたとして、印象に残っているのはきっと、ハンカチを素早くキャッチしたアレクシアだ。
初対面の知らない人へと視線がいくわけがない。
「シアを煩わせるようなことはないかい?」
「ないです」
「父上、俺も気を配っておきます」
キリッとした表情で、レイモンドが請け負う。
いらない、必要ないとアレクシアが主張したところで無駄だ。聞き入れるわけがない。
ヒロインとそのカモによる恋愛劇場に積極的に巻き込まれにいくのは推奨しないが、レイモンドは攻略対象者ではないので大丈夫のはずだ。葱を背負ったカモにはならない。
「シアが王太子殿下の婚約者候補から外れたのは王家の意向で公表されないが、気づく者もいるだろう」
サヴァリオの声に真剣さとため息が交ざり合っている。公表されないのはアレクシアとしても遺憾だが、ジェフリーに対する態度ががらりと変われば、辞退まで想定しなくても心変わりには気づく。
それはもう仕方がない。アレクシアの知ったことではなかった。
カモフラージュで以前のようにべったりなどしたくない。
ただサヴァリオとの間に、何かがかみ合っていないような違和感をアレクシアは覚えた。
「今後、シアの伴侶の座を狙う者たちが増えますね」
忌々しそうなレイモンドの声音を聞きながら、そっちか、とアレクシアは合点がいく。思い込みで、乙女ゲーム関連の煩わしさだと勘違いしていた。
「第二王子陣営も、シアに接触してくるかもしれない」
うわ、と顔をしかめたくなる。ありえなくはない。側妃は野心家だ。
息子のダニエルを王にしたいと目論んでいる。今までアレクシアはジェフリー以外見えていなかったので交流はないが、一つ下なので年齢差も常識の範囲だ。
仮にアレクシアがダニエルの手を取って婚約者の座につき、尚且つジェフリーの選んだ相手が後ろ盾にならない家の娘であれば、王太子の変更もありえないことではなくなってくる。それだけ、ロシェット家の力は強い。
ジェフリーは少しの失態も許されなくなる。ヒロインが登場したことで、呑気に恋愛を楽しんでいたらあっという間に足下をすくわれそうだ。
都合のいいことばかりでできている、ゲームの世界ではない。
虎視眈々と下克上を狙う者がいて、甘い汁を吸おうと画策する者たちがいる。王太子の立場も、盤石ではなかった。
「ダニエル殿下に興味はありませんわ」
はっきり伝えておくのが一番だ。
アレクシアが望まないとなれば、サヴァリオが対処してくれる。王と王妃も、王太子の交代は望んでいないはずだ。
「なんらかの打診が私のもとへあっても、断っておくから安心しなさい」
力強い言葉をサヴァリオからもらう。
お父様最高! とアレクシアはときめく。
「お願いします」
せっかく王族の婚約者候補から外れたのに、げんなりする政争に巻き込まれたくはない。関係者にされるなど迷惑だ。野心がある人たちだけで勝手にやっていてほしかった。
「何かあったらすぐに言いなさい」
「はい。お父様ありがとう」
笑顔で礼を伝えると、サヴァリオの表情が緩む。
「俺にも頼るんだ」
レイモンドからも声がかかり、喜んで! とアレクシアは心の中で叫びながら、殊勝に頷く。
すべてを自らの力でなんとかしよう、などとは思わない。
対処できる人がいるのなら頼るべきだ。アレクシアは健気なヒロインではなく、強かな悪役令嬢だ。使える武器を使って何が悪い? の精神だった。
「お兄様もありがとう」
頼られるのが嬉しいと、二人の顔に書いてある。満足そうに頷いていた。
(ここに他人が入れるんだろうか……)
家族仲の良さが際立つ和やかな食事の時間ではあるが、レイモンドの嫁の立場では居心地悪そうだ。
アレクシアなら嫁ぐのを断固拒否したい。
今後妹よりも優先できる人に出逢うか、はたまた心の広すぎる人に出逢う低い可能性が現実のものとなるか、無事に将来の公爵夫人を家に迎えられるのかと、アレクシアはひそかに憂えた。