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【書籍化&コミカライズ】悪役令嬢なので、溺愛なんていりません!  作者: 美依
第三章

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 あ、と声にならない吐息が、アレクシアの唇からこぼれる。

 唐突に、思い出した。


 ゲームのヒロインは、ヴェルネ男爵家に引き取られたことで学園に編入する。細かい設定までは知らない。


 慣れない環境での新しい生活、言葉の裏を読むのが必須の人間関係、うつむきたくなるのをぐっと堪え、ある日の昼休憩時間に渡り廊下を歩いていると、突如吹いた強い風にハンカチを攫われた。


 ふわりと飛んでいくのに慌て、追いかけようと足を踏み出すと、それを誰かが捕まえた。


 風に乱された透明感ある水色の長い髪、ジェフリーの姿を映す水色の瞳、時間が止まったかのような――実際スチルだったので静止画なのだが、二人の出会いを演出するシーンが美しく描かれていた。


 ――これは、君の?

 ――はい、風に飛ばされてしまって。

 ――遠くに飛ばされなくて良かった。

 ――ありがとうございます。


 はにかんだ笑顔のヒロインがハンカチを受け取ると、ジェフリーはすぐに背を向けその場を離れる。恋はすぐには動かない。


 けれど後日二度目の偶然で顔を合わせた時に、あの時の、と運命の恋の歯車はゆっくりと回り始めた。


「アレクシア様、すごい風でしたね」


 乱れた髪を、ジェイニーが手で軽く整える。強い風にも負けないアレクシアの縦ロールは、手直しが必要なほど乱れていない。


「……ええ」


 上の空でアレクシアは頷く。

 正直それどころではない。思い出してしまった。


(忘れたままでいたかった)


 ぐ、と無意識に手を握りしめる。ヒロインのハンカチが重要アイテムだ。

 風に飛ばされ、ジェフリーの手に渡ってこそ二人は出会い、ゲームのシナリオが始まる。ファーストインプレッションは重要だ。


「アレクシア様、それは?」


 ジェイニーの問いに答えたくない。

 現実を直視したくない。

 けれど無視もできず、再確認するように手元を見る。


「ハンカチ、ですわね」


 丁寧に刺繍が刺されたハンカチは今、アレクシアの手にあった。


 いやなんで? と叫びたい。

 頭を抱えたい。


 強く吹いた風に足を止めて目を眇めていると、顔に向かって飛んでくるものがあり反射的にアレクシアは掴んでいた。


 柔らかな手触りに視線を落とし確かめると、ハンカチだった。

 持ち主を探すようにアレクシアは視線を流し、一人の女生徒を視界に捉えた途端、脳裏にぱっと映像が浮かんだ。


「アレクシア様、どうかされました?」


 ジェイニーに声をかけられ、アレクシアは我に返る。よくよく周囲を見れば、ジェフリーの姿も近くにあった。


 うわぁ、と天を仰ぎたくなる。今が、二人の出会いの場だったと理解が及んだ。


(じゃまをしてしまった!?)


 まさかだ。

 本当にそんなつもりはアレクシアにはなかった。


 ハンカチが自ら飛んできただけで、手で掴まなければ顔に貼り付いていたかもしれない。位置関係を考えれば避けるのが正解だったのかもしれないが今更で、後悔しても遅かった。


(てか、飛ばすの下手すぎない!? ねぇ!)


 駄目出しをしたい。

 もう少し頑張りましょう評価だ。


 運命の相手かもしれない人との出会いがかかっているのだから、本来失敗は許されない。位置関係を確かめ風の流れをしっかり読んでハンカチから手を放してほしい――と軽く憤って、わざとでなければ想定外の方向へ飛んでいくこともあるとアレクシアは我に返った。


(読んだ物語に影響されてる……)


 この世界の恋愛小説も侮れない。

 前世では現実に疲れているのにドロドロした話を読む気になれず敬遠していたが、今世は快適な生活を送っているので手を出してみた。


 大抵一人はあざとらしい女が登場するので時折イラつくが、案外読み進められるものだ。


 ただ物語のように、誰もがあざとく出会いを演出などしない。

 だからこそ困ったことに、ヒロインとジェフリーが出会うための重要アイテムは今、アレクシアの手にある。意図せずフラグを折った格好になり、非常に心苦しい。今更ジェフリーの方へハンカチを投げ飛ばすこともできなかった。


(うん、余計なことはしないに限る)


 それが一番だ。

 不自然な態度をアレクシアが取れば警戒心を抱かせる。今は傍らにジェイニーもいる。ヒロインとジェフリーが結ばれる運命ならば、後からでも挽回できるはずだ。


「すみません、ハンカチを飛ばしてしまって」


 アレクシアの手にハンカチがあるのに気づき、ヒロインらしき女生徒がおずおずと近づいてくる。関わり合いになりたくない気持ちは強いが不可抗力というものはあるわけで、内心で嘆きながらも身についた淑女の笑みでハンカチを差し出した。


「これかしら?」

「はい、ありがとうございます」


 くりっとした瞳に小柄なせいか印象が小動物じみていて、守ってあげたくなる可愛らしさだ。

 髪型と化粧で勝ち気な印象を作っている、今のアレクシアとは正反対だった。


(名前はなんだっけ?)


「実は編入してきたばかりで、迷子になりそうな広い学園内に戸惑っているので、遠くに飛ばされなくて良かったです」

「編入生だったんですね」


 自然にジェイニーが会話を引き取る。拝みたくなるほどありがたい。

 任せた! と、アレクシアは心の中で距離を取った。


 状況、本人から得た情報、ほぼヒロインで確定だ。

 現時点で人となりはわからないが、悪役令嬢役が不用意にヒロインへと近づきすぎていいことはない。警戒は必要だ。


「はい。ナタリー・ヴェルネと申します」


(そうだ、デフォルトの名前はナタリーだった)


 本来出会いのアイテムを手にし、ヒロインと対面を果たすはずのジェフリーはどこいった? と、アレクシアがさりげなく視線を流すと、すでに姿はなかった。


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