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お待たせしてすみませんでした。

まだしばらくはのんびり不定期になりますが、更新していきたいと思います。


 夏の休暇も終わりを告げ、今日から学園が再開する。前倒しで始まり、例年より長い休暇のはずがあっという間だった気がした。


 ぎゅぎゅっと濃い日々を過ごしたからかもしれない。

 破滅フラグを回避できそうになかった際の逃亡先にできたら万々歳と、母方の親族に媚びを売ろうなんて下心満載で隣国に行ったからなのか、占い師に告げられた通りの人生のせいなのか、平穏のんびりとはほど遠かった。


 ちらり、とその一端をアレクシアは窺い見る。好奇心からうっかり抜けないはずの剣を抜いてしまい――ここまではまだいい、絶対にありえないと断言はできない。ただその剣が皇家で所持しているはずの聖剣で、自らの意思を持ち話すなど完全に想定の範囲外だ。


 そんなまさか続きの状況なのに、更に懐かれたと思えば剣から猫の姿に変わり、今度は子どもの姿だ。


 なにそれ意味がわからない――と、当事者でなければ俄には信じられない存在のフェルナンドは、我が物顔でソファの上でクッションを抱え寛いでいた。


 視線を感じたのか、不意に顔を上げる。ぱちん、とアレクシアと目が合った。


「なあ、まだ支度終わらないのか」

 退屈そうな顔で、フェルナンドは身じろぎする。

「もう少しよ」

「さっきもそう言ってただろ」


 生意気さは健在で、愛嬌はない。けれどそんなところが可愛くて、猫であり子どもでもあるなど最高すぎると、アレクシアは内心悶えている。脳内では何度も倒れて、ジタバタしていた。


 ツンとしているところが、子どもが背伸びしているようで本当に可愛い。

 ふわふわした柔らかさのある直球の可愛さよりも、クールで生意気そうな、ちょっと癖のある可愛さの方がアレクシアの萌えのツボをぐいぐい押してくる。時折見せる不器用なデレなんて最高だ――現時点ではただの妄想しかなく、フェルナンドの人となりはまだよくわからないがうっかり貢いでしまった。


 フェルナンドを着飾るために、あれもこれもと似合いそうなものはとりあえず買うという散財ぶりだ。


 だが後悔などない。する必要さえない、潤沢な資金があってよかったとアレクシアは再度裕福さに感謝した。


 ただ子どもならではのぴらぴらのレースがついた服を試着させ、可愛い可愛いと頭を撫でていると文句が飛んできたけれど。


 ――俺は子どもじゃない!

 ――そうね、着こなしも完璧だものね。


 自然と幼子を褒める口調になるのは仕方がない。

 どこからどう見ても、フェルナンドは子どもだ。

 背伸びしたい年頃の主張だと、アレクシアの脳内が勝手にフィルターをかけていた。


 ――もう優に数千年は生きてるんだからな!

 ――じゃあ、じじいなの?

 ――おまえ、ちょいちょい言葉使い乱れるよな。


 うっかりテンションが上がりすぎて令嬢の仮面が剥がれてしまい、ほほほ、と笑ってごまかしておいた。


「なんで髪をくるくるに巻くんだ? いつも通りでいいだろ」


 それは、アレクシアもそう思わないことはない。

 以前散々迷い、悩んだことだ。時間がかかるので面倒くささもあった。


「戦闘力が上がるから?」


 他にも色々あるが、これが一番しっくりくる気がする。

 つよつよな容姿は色々と便利だ。


「は? 髪型で強くなれるのか」

「そうよ」

「化粧が濃いのも戦闘力が上がるからか?」


 失礼なやつだ。

 ジェフリー好みに沿うよう努力していたとはいえ、美しく螺旋を描く縦ロールの長い髪に、華やかな化粧はアレクシアに似合っている。いかにもなお嬢様だ。


「強そうでしょう?」

「強そう、かあ?」


 理解できない顔のフェルナンドも可愛い。


(ああ、もう!)


 可愛いが渋滞していて、アレクシアはぎゅっと抱きしめたくなるが支度中に動くとマリッサに怒られる。我慢だ。


「お嬢様できました」

「ありがとう」


 久しぶりに髪をくるりくるりと巻き、制服に袖を通すと背筋が伸びる気がする。前世の記憶があるせいか、休暇明けの名残惜しさはあるとはいえ学生の身分は気楽だった。


 授業にさえ出ていればいい。社会人を経験すると、学生って最高だな!? と実感する。長期休明けの積み上がった仕事、慌ただしさがなかった。


「……この前も思ったが、すげぇ印象変わるな」

「マリッサの腕がいいからよ」

「恐縮です」


 もっと誇ってもいいのに、マリッサは謙虚だ。


「こえぇ」

「なんでよ」

「化けてるような感じが?」

「あら、この姿は似合わない?」

「いや、アレクシアって感じがする」

「ありがと」


 肯定されれば嬉しい。艶やかにアレクシアは笑った。


「じゃあ、行きましょうか」


 ブレスレットに姿を変えたフェルナンドと供に、アレクシアは学園に向かう。

 留守番という選択肢を提示してみたが、拒否された。猫の姿で自由気ままに外の世界に冒険へ出るよりも、一緒に登校した方が面白そうだという理由だ。


 教育を受ける場だと説明してもフェルナンドの考えは変わらないので、絶対にしゃべらないという約束をさせ、連れて行くことにした。


「おお、ここか」

「馬車を降りたらもう話したらダメよ」

「わかってる」


 空気に徹していたエリックのエスコートで馬車を降りると、眩しさにアレクシアは軽く目を眇める。けれど肌を撫でる日差しはもう和らいでいて、じりり、と肌を焼くような強さはない。


 この国は、日本のようなはっきりとした四季はないが、暖かくなったり寒くなったりと、緩やかな季節の移り変わりがあった。


 休暇前の事件が完全に解決したとは言えないので、学園の警備が強化されている。王宮から派遣された騎士が、ところどころに立っていた。


 教室へ真っ直ぐに向かいながら、顔を合わせる人たちとアレクシアは挨拶を交わす。ふと女生徒の人垣が目に付き、その中心にジェフリーの姿を見つけた。


(そうだ、いるんだった)


 アレクシアの中ではもう終わったことで、すでに過去のことになっている。その上休み中にいろいろありすぎて、ジェフリーのことなどすっかり忘れていた。


(女心と秋の空とはよく言ったものね)


 あんなに熱心に追いかけていたのに驚きだ。

 改めて王子様然としたジェフリーの姿を見ても、心はまったく動かない。


 すごいな、と我がことながら感心する。あれだけ執着して、あれだけストーカーまがいのことをしていたのに、こんなにもどうでもよくなるものなのかと驚く。


(うぅ、黒歴史のせいで胸が疼く!)


 散々嫌な気持ちにさせた自覚があるので、改めてまた申し訳なくなってきた。


 迷惑をかけた側はあっさり引いて、スコーンと頭の中から存在が抜けて消えているのに、迷惑をかけられた方はきっと苦々しい気持ちと共に簡単には警戒心が消えない。虐めた側は忘れても、虐められた側は覚えているのと同じだ。


 非常に心苦しいが、婚約者候補は辞退したので、あとはもうできるだけ視界に入らないようにすること以外アレクシアにできることはない。


 となれば、認識される前に消えるのが最善だ。

 さっと視線を外し、気持ち歩みを早めた。


 他にも何か忘れていないだろうかと、アレクシアは記憶を探る。出された課題はすべて終わらせ、持参しているので漏れはない。


 大丈夫、と安堵したところで、視界に映る学園の光景に既視感を覚えた。


(そうだ、ゲームのスタートだ)


 何よりも重要なことを失念していた。


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