表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化&コミカライズ】悪役令嬢なので、溺愛なんていりません!  作者: 美依
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/77

51


 正直、心の平穏のためにはさっさと話を切り上げたい。これ以上不快な気持ちになりたくない。けれど背を向け、セルジュを空気のように扱ったところでもうゆっくり観光などできないのは確実だった。


 はあ、とアレクシアは軽く息を吐く。


(いっそこのまま国に帰ろうかな)


 行く手を遮られ、実力行使で引き留められたとしてもアレクシアたちで対処できる人数だ。


 力業でいけると、周囲に視線を走らせ目算してみる。けれど職務に忠実なだけの騎士を打ちのめすのはかわいそうだし、事を荒立てればさすがに後々面倒なことになりそうでこの案は却下した。


 となれば、アレクシアが誘拐されたときの手法でこの場から消えるのが平和的解決かもしれない。便利そうだったので札を作成し、何かあったときのために三人とも所持している。魔力を流せば、スペンサー家のアレクシアが使用している部屋へと転移するようになっていた。


 どうしようかと軽く思案して、第三の選択肢を選ぶ。


「それで殿下は、都合のいい妄想と希望的観測で違和感から目をそらし、私の望みに掠りもしないねつ造した夢を頼んでもいないのに権力を使い叶えてやったと恩に着せ、対価に何を得るつもりでしたの?」


 表情を消して淡々と事実を突きつけると、セルジュが軽く怯む。わざわざ話を聞く義理もないが、降りかかる火の粉を払うには情報収集は必須だ。


「辛辣だな」


 吐き出されたセルジュの息が深い。表情は苦かった。


 あら、とアレクシアは心の中で感嘆の声を上げる。ここで激高せず、並べた事実を受け止めるところを見ると、まったく分別がないわけではないようだった。


「事実を申し上げただけですわ。まさか求婚の理由に、見え透いた薄っぺらい愛の言葉など口にされませんわよね?」


 幼い頃からずっと、好意を向けていた相手からも得られなかった感情だ。出会ってそう経たない、アレクシアが終始素っ気ない態度を取っていたセルジュが何の目論見もなく愛を囁くなどありえなかった。


「殿下はフィリップと共謀して、私をどう都合よく利用するつもりでしたの?」

「共謀などしていない。確かに国益は考えたが、私は優秀な君を皇太子妃として迎え、この国を支えるパートナーとしていい関係を築けたらと思ったんだ」


 思わず、アレクシアは鼻で笑う。

 真摯な顔で言われたところで、少しも心に響かない。


「殿下にとって都合のいい関係、ですよね。無理ですわ。理不尽を強いる相手と、どうして良好な関係を築けるというのでしょう」


「先ほどは軽率な発言だった。権力を振りかざすつもりはない。ただロシェット嬢が望む高貴な身分を私との婚姻で得たなら、私の望みを叶えることにも協力してほしかったんだ」


 利害関係の一致を狙っての提案だと、セルジュが訴える。


「先に事情を話さなかった時点で、信用に値しませんわ。求婚し、私がそれを受ける旨の言質を護衛騎士たちの前で取ってから、後出しで人目も憚らずベタベタしている子爵令嬢を側妃に迎えたい、そんな提案をするつもりでしたのでしょう?」


 唖然とした表情を浮かべたセルジュから、余裕が完全に消えた。

 ふふ、とアレクシアは吐息で軽やかに笑う。


「私が隣国の人間だから知り得ないと思いましたか? 妙な動きをする方がいるのですから、調べもしますわ。情報は得ようとすれば案外簡単に得られるものです。スペンサー家に滞在しているのですから、それはもう簡単ですわ」


 隠す気もない皇太子のラブロマンスなど、いい噂話のネタになる。皇太子妃候補がいる家は高位貴族であり、当然スペンサー家も交流はあるわけで、必然と茶会などで祖母と伯母の耳にも入った。


(情報提供のための賄賂、珍しいお菓子もあるしね!)


 本来皇太子妃候補と目されているのは、先日庭園で会ったシャーリン含め三人の高位貴族の令嬢だ。けれどセルジュは学園で、候補にすら挙がらない子爵令嬢のマルグリット・ダリガードと恋に落ちた。


 けれどマルグリットをセルジュが正妃として娶るには、あまりにも後ろ盾が弱い。加えて皇太子妃として名が挙がっている令嬢の家が面目を潰されたと憤り、第二皇子の支持に回る可能性もあった。


 苦渋の選択で正妃を後ろ盾の強い家から選び、マルグリットは側妃にするのも簡単ではない。この国では高位貴族が名を連ねる議会の承認か、正妃の後押しがなければ側妃を娶ることはできなかった。


「さすが、ガーバリス王国の筆頭王太子妃候補だな」


 実際はもう過去形だけどね、とアレクシアは心の中で補足する。わざわざ教える義理はない。緩い笑みで受け流した。


「私の不手際で不快な思いをさせてしまったことは謝罪する。今後は真摯にロシェット嬢へと向き合うと誓おう。私の妃は悪い話ではないはずだ。どうか前向きに考えてもらえないだろうか」


(悪い話でしかありませんけど?!)


 必死な心情は窺えるが、アレクシアは呆れる。あんなにもはっきり、否を突きつけていた。


「私の答えは変わりませんわ。その子爵令嬢を正妃にする根回し、努力をされてはいかがですか?」

「……彼女は、皇后となる器ではないんだ」


 ぴくり、とアレクシアは眉を跳ね上げる。はあ? という気分だ。


「でしたら、皇太子の座を第二皇子殿下に譲ってはいかがですか? それならばその大切な彼女を唯一の妻として迎えることもできましょう」

「それは……」


 ぐ、とセルジュは言葉に詰まり、言い淀む。

 わずかな間の後緩く首を振り、できないと言った。


「だからこそ筆頭公爵家の後ろ盾を持ち、優秀なロシェット嬢を皇太子妃として迎えたい。彼女を側妃として認めてくれるのなら、できる限りの願いを叶えよう」


 二兎を追うものは一兎も得ずだろうと、アレクシアは冷たい眼差しをセルジュへと向ける。イラつきなのか怒りなのかを、深く息を吐くことで流した。


 けれどうまくはいかない。


「では、仮に私が皇太子妃となった場合の話をしましょうか」


 セルジュの表情が明るくなる。仮の話をするのだから、アレクシアが前向きに検討すると思ったようだ。


 期待の眼差しに答えるように、笑みを浮かべる。


「専用の離宮を用意していただきます。婚姻と同時に私はそこに引きこもり、基本的に出ません。私が連れて行く使用人以外は立ち入り禁止で、殿下含めた皇族、私が許可しない者とは面会致しません」

「――は」

「公式行事は気が向けば参加するかもしれませんが、そこは要相談になります」


 社交界には間違いなく顔は出さない。

 茶会の主催など、冗談じゃなかった。


「あと不本意な婚姻を強いられてなお、この国のための仕事は致しません。無理やりさせたとして、正確に回すお約束はできませんわ。私としては無能の烙印を押されようがまったく気にしませんし、この国が回らなくなろうが困りませんもの」


 悪口陰口お好きにどうぞのスタンスだ。

 離宮に引きこもっていれば噂話もアレクシアには届かない。平和だ。


「次に、白い結婚をお約束ください。私と寝所を共にしようと強行するのなら、殿下の身の安全は保証できませんわ。私、剣術武術、嗜みますのよ。嫌なことを強いられたら、とっさに手が出てしまいますわ」


 さりげなく身に着けられる剣を手に入れた今、セルジュ一人くらい簡単に対処できる。むしろ手加減の方が難しいかもしれない。


(私の自由を奪うというのなら、喜んで悪女となりましょう!)


 脳内イメージで高笑いする。これが闇落ちか! と、アレクシアはなぜかテンションが上がった。悪役令嬢よりも悪女の方が、自由度が高くて楽しそうだ。


「ああ、ついでと言ってはなんですが、殿下の大切な方が妃に相応しくあれるよう厳しく指導させていただきますわ。その方に子どもが生まれたら、もちろん対象になります。二人のエゴで私に不本意なことを強要するのですから、多少の八つ当たりは仕方ありませんわよね?」


 かわいらしい仕草で、アレクシアは首を傾げる。愕然とした表情のセルジュと、目が合い笑んだ。


「何より、私があなたに絆され、愛することなど絶対にありませんわ!」


 ドヤァと言い放つ。

 思い描いたお一人様生活とは違うものになるが、離宮で好き勝手生活できるのならば、名ばかりの皇后の立場も悪くない気がした。気付けばいなくなっているかもしれないけれど。


「そんな勝手が許されると思っているのか!」

「ええ、思っています」


 さらりと肯定すれば、セルジュが言葉を失う。


「皇太子妃としての責務も果たさず、民からの税で贅沢に暮らすなど許されるわけがない」

「もちろん、皇太子妃の予算は使いませんわ」

「案外世間知らずなのか? 持参金があったとしてもすぐに生活が立ちゆかなくなる」

「本当に私のことを何も知らず、利用目的で求婚されたのですね」


 フィリップからの情報を鵜呑みにして、ろくに調べなかったことが窺える。恋に溺れた者は視野が狭くなるのかもしれないが、セルジュの立場でそれは致命的だ。


「私、とてもお金持ちなんですよ」


 上品な笑みをアレクシアは浮かべ、身も蓋もないことを告げる。


「生涯使い切れない個人資産がすでにありますので、心配には及びませんわ。むしろ、そっくりそのまま殿下のお言葉をお返し致します」


 理解できないようで、セルジュに怪訝な眼差しを向けられた。


「子爵令嬢は皇族に嫁ぐ資質がないにも関わらず側妃となり、民の税で贅沢に生活し、それで何を成しますの?」

「それは――」

「まさか殿下へ愛を注ぎ癒やしてくれるなどと、民にとってまったくわずかも益のない理由を挙げませんわよね?」


 真っ直ぐにアレクシアが目を合わせ告げると、ふっとセルジュが視線を外す。見ない振りをしていたのか、本当に気付いていなかったのかはわからないが、矛盾に気付いたようだ。


「真実の愛、と燃え上がっているのかもしれませんが、他の人の気持ちはどうでもいいのですか? 踏みにじってもいいのですか? 残念ながらそんな価値観の方とは相容れませんので、仮定の話で終わりです。あなたの妃になるなど絶対にありえませんわ!」


 いい加減これで伝われ! と、アレクシアは念を込める。堂々巡りの会話はしたくない。


「……言いたい放題だな」


 声に疲れが滲んでいる。けれど怒りは感じなかった。


「間違ったことは言っていませんし、自己主張は大切ですから」

「不敬だとは思わないのか?」

「あら、殿下が最初に言いましたでしょう? 気軽に接してほしいと」

「屋敷限定で、と君は言ったはずだ」

「ええ。だから殿下とお呼びしておりますわ」


 はは、とセルジュが笑いをこぼす。

 どことなく憑き物が落ちたような、すっきりした表情をしていた。


「振られたのだから、潔く諦めるべきだな」

「ええ、それがよろしいかと。これ以上イラついたら、報復を考えてしまうところでしたわ」

「……ちなみに、どんな報復か訊いてもいいだろうか」


 ぱちくり、とアレクシアは瞳を瞬く。

 まさか訊かれるとは思わなかった。


「そうですね。商人経由で皇族に不利益になる噂を国内外にばらまくことから始め、魔が封印されていることで不可侵と定められているガーバリス王国をガルタファル皇国は侵略しようと目論み、手始めに王太子妃候補の筆頭を奪うつもりでいると広め、セムラ商会にこの国から手を引かせる、かしら」


 アレクシアがぱっと思いつくのはこの程度だ。

 後は父サヴェリオと兄のレイモンドが、個人的に何かしそうではあった。


「……想像よりひどいな」


 弱々しい声を、セルジュが洩らす。

 家の力が強いとはいえ、不敬スレスレと自覚ある態度を取っているのだから、当然対抗する手段をアレクシアは持っていた。


「ここ最近急激に業績を伸ばしているセムラ商会と縁があるのか? 手を引かれたら我が国は大打撃だ」


 肯定も否定もしない。実際はアレクシアが商会長を務める商会だ。


 元々安定して収益を上げていたが、サヴェリオに経営権をもらったことで惜しみなく前世知識チートを発揮し、大企業で働いていたノウハウまでもを利用したので、業績が伸びないわけがなかった。


「優秀で策士、敵に回すべきではないな」

「過分な評価をありがとうございます」

「妃に迎えるのは諦めるが、友人にはなれないだろうか?」

「友人、ですか?」

「ああ。皇太子であり、後に皇帝になる私の友だ。それなりに価値はあるはずだ」

「嫌ですけど?」


 思案する間もなく断れば、セルジュがぽかんとする。少し間抜けな顔だ。


「私を脅すような方と、どうして友人関係が築けましょうか?」


 つい先ほどの出来事だ。

 軽く肩を落とすセルジュに、「ですが」とアレクシアは言葉を継ぐ。


「貸し一つ、とするならば、友人同士の些細な諍いだった、で終わらせますが?」

「わかった。貸しにしてくれ」

「即答してよろしいのですか?」

「ロシェット嬢を敵に回すよりはいい。改めて友人としてよろしく頼む」

「はい」


 差し出されたセルジュの手を、アレクシアは握る。愛だの恋だのが絡まない、最高のポジションだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ