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屋敷に帰り、アレクシアを出迎えてくれた人たちを安心させるやりとりを繰り返した後で、ことの顛末を聞く。
ボスと呼ばれていた主導者役は逃げおおせたらしい。あの倉庫で捕まった三人は下っ端で、詳しいことは知らなかった。
(どこの国も物騒というか……)
話を終えると、疲れたからと部屋へ戻る。すぐにマリッサを下がらせると、アレクシアはベッドに手招きされているかのようにふらふら近づいて行き、ばたりと倒れ込む。
優しく受け止めてくれた清潔なシーツは肌触りがよく、脱力感に襲われた身体はじわじわと沈み込んでいくかのように重かった。
気が抜けたのかもしれない。助けが来るのはわかっていたし、差し迫っての危険がある状況でもなく、無事に解決して良かった、で終わる事件だと思っていたが、精神的に負担があったようだ。
「おい、大丈夫か? アレクシア」
「んー」
声をかけてくるフェルナンドに、アレクシアはおざなりな返事を返す。動く気力も、話す気力も今はない。思考を放棄してぼんやりしていると、猫の姿へと変わったフェルナンドが手の先でちょいちょいと頭をつついた。
撫でているのかもしれない。
癒やしだ、と頬を緩ませたアレクシアは、えいっと起き上がりフェルナンドを抱きしめようと手を伸ばすと、ささっと逃げられた。
あっという間に、ベッドの端に避難している。いつでも逃げ出せるように、警戒しているのがわかった。
「ひどい」
ぱたりと、アレクシアは再度ベッドに倒れ込む。
「どっちが。どうせ俺の腹に顔を埋めるつもりだったんだろう」
「バレたか」
顔を上げたアレクシアは、てへぺろと舌を出す。
貴族令嬢としてはありえなく、行儀は悪いがマリッサはいないので怒られない。フェルナンドは剣だし、一緒にいる時間が長いので取り繕うのは放棄した。家でまで、お仕事モードでいられないのと一緒だ。
「だって誘拐されたせいで祭りは強制終了になるし、犯人殴ってすっきりしようと思ったけど助けに来る方が早くてできなかったから、癒やしが! 欲しかったの!」
ふつふつと怒りがわいてくる。アレクシアはただ祭りを楽しんでいただけなのに、無差別の誘拐事件に巻き込まれるなどどんな確率だ。
芋づる式に、あれもこれもと脳裏に浮かんでくる。うっかり聖剣を抜き、懐かれたのはまだいい。所持しているのがバレなければ、アレクシアにもメリットはある。猫の姿のフェルナンドは癒やしだ。いずれまた隙を見て、柔らかなお腹をもふもふしたい。
けれどふっとセルジュの顔が浮かぶと、アレクシアは眉をひそめる。先日庭園で敵意を向けられた、婚約者候補なのか侯爵令嬢であるシャーリンの顔も浮かんだ。
(なんか面倒くさい。もう帰ろうかな)
隣国へ来た主な目的だった、スペンサー家の人たちとの親交は深めたし、この国での観光もそれなりに楽しんだ。
これ以上滞在していて、不可抗力でもセルジュと関わり合いになりたくないし、怨嗟渦巻く婚活バトルにも、皇位継承権争いに巻き込まれたくはない。
本当に何よりも、皇位継承権争いが厄介だ。
次期皇帝の座を狙っていれば、スペンサー家の後ろ盾は間違いなく喉から手が出るほど欲しい。娘がいれば、政略結婚の話を持ちかけられていてもおかしくはなかった。身内に甘いジェラールが受けるかは別にして。
(なんか婚約者候補から外れた自国の方が気楽かも)
よくよく考えてみると、社交の場に顔を出さなければアレクシアが帰国しているかなどわからない。元々ジェフリー以外とは、積極的に交流を持とうともしていなかった。
仮にどこかへ遊びに行くのなら、縦ロールの装備を外していけばぱっと見アレクシアだとはわからないはずだ。
(よし、帰ろう!)
また長期の休みか、楽しそうなことがある時に来ればいい。
帰国さえしてしまえば、他国のゴタゴタなど知ったことではなかった。
スペンサー家は中立の立場だし、簡単に揺らぐような家門ではない。
「フェル、近々国に帰るわよ私」
「どうしたんだ、急に」
「これ以上滞在していて、面倒ごとに巻き込まれたくないもの」
「ああ」
察したらしい。
猫の姿なのに、苦笑しているのがわかった。
「フェルは本当についてくるの?」
「もちろんだ。置いていくなよ!」
「まあ、フェルが本当にこの国を出ていいなら連れて行くけど」
「いい」
即答だ。
潔さにアレクシアは笑う。
「フェル、国に戻ったらいいものあげるわ」
「いいものってなんだ?」
首を傾げる姿は愛らしい。
猫の姿のせいか、聞いた話のせいか、アレクシアはすっかり絆されていた。
「まだ内緒、帰ってからのお楽しみ」
フェルナンドの反応を想像して、アレクシアは頬を緩ませる。やっぱり、ジェフリーを追いかけていた以前よりも今の方が楽しい。
翌朝にはさっそく帰国する旨を伝え、惜しむ声を聞き流しつつ、準備が整うのを観光しながら待つことにした。