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倒れている男を一瞥し、アレクシアは振り向く。
ぱちくりと瞬く女性たちに、安心させるよう緩い笑みを浮かべた。
「少し、手伝ってもらえます?」
「あ、はい!」
「縛る物があるといいのだけれど」
「ある、と思います」
唖然としていた女性たちが動き出す。
辺りを少し探しただけで、ロープを見つける。協力して魔術師を縛ると、ドアからは死角になる端の方へ転がしておいた。
声を上げられないよう、口の中に落ちていた布も押し込む。
やったのはアレクシアではなく、最初に声をかけてきてくれた女性だ。素晴らしい。攫われて思うところがあるようだった。男の扱いがなかなかに乱暴で酷い。
(まあ、そうだよね)
「すごいですね。あたしたちは怯えて隠れているしかできなくて、ごめんなさい……」
申し訳なさそうな声音だ。
アレクシアは緩く首を振った。
「それが普通では? 私はまあ、慣れているようなところがあるので」
「え?」
女性たちが、驚きに目をしばたたかせる。自慢できるようなことではないが、まだ記憶に新しい出来事もあって、アレクシアは自然と苦い笑みになった。
「とりあえず、貴女たちはまた隠れていてください」
「いいんですか?」
「もちろん」
むしろ、参戦したせいで人質にされたら面倒なことになる。恐縮しながらも思い思いに頷くのを見て、さてどうしようかとアレクシアは思案した。
バラバラに様子を見に来てくれたら、案外簡単に終わる。二人同時に相手をするのは、少し面倒くさい。けれどできなくはないはずだ。
何はともあれ、残りの二人も成敗してくれる! と軽くアレクシアは意気込んでいたのだが、行動に移す前に勢いよくドアが開いた。
「お嬢! 大丈夫ですか!?」
唐突に開いたドアにぎょっとし身構えると、聞き慣れた声が響く。
安堵で、アレクシアは肩の力が抜けた。
「エリック」
どうやら、街から近い距離にアジトはあったらしい。
自力でもどうにかできそうではあったが、やはり助けが来てくれた方が心強かった。帰る手段も必要だ。
「アレクシア様、ご無事でしょうか」
スペンサー家の騎士もいることに気づき、アレクシアは慌ててフェルナンドにブレスレット姿に戻ってもらう。見られていないかと、少しどきどきした。抜けない剣を知っている者がいるかもしれない。
「大丈夫よ、広場からここに飛ばされただけだから」
「お怪我のほどは?」
「ないわ」
ぞろぞろと室内に入ってくる騎士たちに、過剰戦力すぎるとアレクシアは呆れる。さすがに当主自らがこなかったことには安堵した。祭りの警備の指揮という、仕事で身動きがとれなかっただけかもしれないが。
「そこの女性たちも攫われたようだから保護して」
「承知しました」
指示を出すと、すぐにスペンサー家の騎士たちが動く。
口々に礼を言う女性たちに、アレクシアは軽く頷いた。
真面目な表情を浮かべながら、眼福だと騎士たちをアレクシアは心の中で拝み眺める。スペンサー家の騎士服は、黒に差し色で銀が使われているロシェット家とはまた違った色合いで、深い緑に茶色が使われていた。
(やっぱりイケメンの騎士服姿って最高じゃない!?)
どちらも捨てがたい格好良さだ。
エリックにもスペンサー家の騎士服を着せてみたい。
いつもとは印象がきっとがらりと変わる。こちらも似合いそうだ――なんて緊張感なく考えていると、マリッサまで現れた。
「お嬢様、ご無事でよかった……」
呑気に騎士の格好良さを堪能していたアレクシアは、申し訳ない気持ちになる。かなり心配をかけたのだろう、きっと。目の前で唐突に消えれば当然だ。
「マリッサ、大丈夫だから気にしないで。エリックも」
どう考えても不可抗力だ。
誰もが手にしている短冊に、転移魔法陣が仕掛けられているなどわかるわけがない。アレクシアだって、魔力を流してから気付いたのだから避けようがなかった。
「ただ、お祭りは残念だったわね」
ほう、とため息をアレクシアはつく。
これから改めて祭りに行くなんて許されるわけがない。せっかくの楽しい気分が台無しだ。
けれどアレクシアの嘆きに同意は得られない。
マリッサとエリックからは、呆れたような眼差しが返ってきた。
(解せぬ……なんでよ)
その後すぐに馬車に押し込まれて、スペンサー家に強制送還だった。




