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書籍化&コミカライズ決定しました。

読んでくださり、評価等で応援してくださる皆様ありがとうござます。

これからもお付き合いどうぞよろしくお願い致します。


 ぺたりと一度貼ってしまったレッテルは、なかなか厄介だと実感する。セルジュに対する第一印象はそう悪くなかったのに、その後のアレクシアに対する行動が悪手だった。


 何らかの意図を感じさせる行動を取られ続ければ、警戒心が芽生える。明確な目的がわからないからこそ不快感は募り、好感度は一気に底辺だ。


 危険! 接近禁止! と書かれた看板が、セルジュの傍らに立っているのがアレクシアには見えるようだった。


 油断駄目、絶対、と言い聞かせる。


「ロシェット嬢に、楽しんでもらえればいいが」

「お気遣いありがとうございます」


 地位もある見目麗しい男と美しい庭園を散策、普通ならときめくところではあるが、アレクシアに浮かれる気持ちはまったくない。


 顔面の良さを堪能するのは大好きだけれど、画面越しかモブの立ち位置からが最善で、傍らに立ちたいわけではなかった。会話も別にしなくていい。


「せっかくだ、ガゼボにお茶を用意させよう」

「遠慮致します。庭園を拝見したらすぐにお暇致しますので」


 淡々と即座に断る。第三者がいないのだから、付き合えるのは散歩までだ。


 国の中枢である皇城で皇太子の誘いを断るのは失礼かもしれないが、アレクシアは思うままに行動する悪役令嬢――悪女、という解釈なので知ったことではない。


 ジェラールとジョアサンも、セルジュの行動を歓迎していないのを知っている。先ほど鍛錬場からアレクシアたちを送り出す際も、皇太子と親しくするのを喜ぶどころか静かに殺気を漲らせていた。


 ジェラールが怖い顔で、足早にどこかへ向うのをアレクシアは見ている。抗議なのか文句なのかを、言いに行ったのかなと予想していた。


 大国の皇族ではあるが、何をしても許されるわけではない。この国の軍事力の要はスペンサー家であり、関係に亀裂が入れば困るのは皇家だ。


 よって、スペンサー家がセルジュ側に立たないとわかれば、多少の無礼は許されるとアレクシアは判断した。


「少しくらい、付き合ってもらえないだろうか」


 しょげるような表情を見せるが、残念ながら絆されない。


「申し訳ありません」

「相変わらずロシェット嬢の返事には迷いがないな」


 残念だ、の言葉を受け、アレクシアは曖昧な笑みを浮かべておく。

 本音は冗談じゃない、だ。


 前世では気ままに二次元コンテンツを楽しんでいたが夢属性などないし、現実のモテる男に近づいて得をすることはないとも知っている。むしろ、災難に見舞われる可能性の方がぐんと高かった。


(会話は弾まないし)


 原因の一端は、間違いなくアレクシアにあるのだが。

 セルジュに対して興味もなければ取り入るつもりもないので、聞き役に徹して話題は振らない。


 アレクシア自身については教える気などないので、尋ねられても適当に受け流すせいかすぐに沈黙が落ちた。


 スペンサー家でも似たような空気感なのに、緩衝材のフィリップもいない中よく誘ったなとある意味感心している。内心セルジュは不遜とも言えるアレクシアの態度にイラついているのかもしれないが、顔にも態度にも出さないところはさすが皇太子といえた。


「今日は、フィリップと課題をする予定ではなかったのですか?」

「都合が悪くなったと言われたんだ」


(嘘だな)


 アレクシアは冷めた目でセルジュを見る。


「フィリップからロシェット嬢は華やかな場が好きだと聞いた。夜会に参加しない考えに変わりはないのだろうか?」

「……ええ、参加しませんわ」


(帰国までにフィリップ絶対に処す!)


 例え以前のアレクシアがそうであったとしても、口の軽い男は気分が悪い。イラつきにまかせ、フィリップへの仕返しの方法、計画を練り始めた。


「近々王家主催の夜会もある。楽しんでもらえると思うが」

「きっと素敵なご令嬢が大勢参加されるのでしょうね」


 迂闊に、彼女たちの極上ともいえる獲物に近づいてはいけない。今世は特に、家の命運までも背負った令嬢の婚活への意気込みはすさまじく、優雅な笑みを浮かべていても鬼気迫るものがあった。


 他国に来てまでその渦中に巻き込まれたくない。


「ロシェット嬢も、フィリップと参加しては?」


(笑止千万!)


「ありえませんわ。フィリップと参加するなど」


 はっきりきっぱり否定する。力強さに、セルジュが軽く驚いていた。


 何を聞いているのかは知らないが、フィリップは勝手な思い込みで話している部分が多いと察してほしい。今までまったく交流などしてこなかった。


「そうか」

「ええ」


 また、会話が途切れる。空気を読む気のないアレクシアは気にしないが、令嬢からの塩対応が珍しいセルジュは困惑が窺えた。


(そろそろ帰ってもいいかな)


 案内された庭園は確かに綺麗だなとは思うが、どちらかといえばアレクシアは花より団子派だ。セルジュの人となりも、薄ぼんやりとだが見えた。


 弾まない会話からでも、育ちがいいのはわかる。いずれ国の頂点に立つ者なので善だけではないだろうが、性格は真っ直ぐそうだ。


 ただし、甘さも窺える。理想論を掲げ、肯定されて生きてきた傲慢さで自分の物差しで物事を測り、相手も同じように受け止めてくれると思い込み、思考のすれ違いが起きそうだ。


 十代などこんなものかもしれないが、アレクシアはまったくわずかも惹かれない。どこの何が駄目なのかわからないが、心の琴線に掠りもしなかった。


「ロシェット嬢は、いつまでこの国に?」

「休暇が終わる直前までの予定でしたが、早めに帰ろうかと」


(あなたのせいだからね!)


 想定外の煩わしさは、地味にストレスだった。


「そう急いで帰らなくてもいいのでは? 祭りもある。案内するから、お忍びで行かないか?」


(うわ、そうきたかー)


 内心で舌打ちする。少しもときめかない誘いだ。


「遠慮します。気楽に遊びたいので」

「私との外出も、気楽に考えてほしい」

「殿下は、ご自身の立場が軽いものだとお考えですか?」


 祭りなど、人が多い場だ。

 お忍びで皇太子と出かけるなど、何かあったらと考えるだけでぞっとする。責任など取りたくもない。好意のカケラもない相手と、リスクしかない外出などしたくなかった。


「軽率な提案だった」


 撤回するセルジュに、アレクシアは静かに頷く。

 少しだけ、見直した。


「一つ、訊いてもいいだろうか」

「何でしょう?」

「ロシェット嬢から見て、私はどうだろう?」


 ぱたん、とアレクシアは瞬きする。思いがけないストレートな問いかけだ。


 少し遅れて、チャンスだと気付く。

 遠回しの拒否では通じないのだから、これはもう直球で返すべきだ。


「私から見て――」

「セルジュ殿下!」


 少し甲高い声に遮られ、アレクシアは舌打ちしたくなる。はっきりきっぱり、『まったく興味のないただの隣国の皇太子です』と告げる良い機会を奪われた。


 軽く嘆息しながら、声の方へ視線を流す。

 セルジュ目当ての令嬢だろうと、予想はできた。


 緩く波打つオレンジの髪に、華やかなドレス姿の女性がぱっと視界に飛び込んでくる。軽くつり上がった同系色の瞳が、一瞬アレクシアを睨んだ。


「お会いできて嬉しいですわ」


 傍らにいるアレクシアのことは眼中にないとばかりに、無視する。態度があからさますぎて、笑いたくなった。


 この程度で怒りはしないが、ひそかに落第点を付ける。皇太子妃を目指すならば、初対面の相手につけいる隙を見せてはいけない。


 不愉快でも表面上は取り繕い、まずは誰かを確かめてから対応を変えるべきだ。


「バクスター侯爵令嬢、今は遠慮願いたい」

「そちらの方が遠慮すればいいのでは? 貴女、私に対して挨拶はないのですか?」


(はい、アウト! 私がどっかの王族だったらどうするんだろ)


 さあバトルのお時間ですと、アレクシアは優美に微笑む。

 現在身を寄せているのは、王族と肩を並べるほど力のある筆頭公爵家であるスペンサー家だ。下に見られるわけにはいかない。


「侯爵令嬢というのでしたら、礼儀をもう少し学んだ方がよろしいのでは? ああ、見た目だけが育った五歳児でしたら、きついことを言ってしまいごめんなさいね」

「はあ!? 貴女こそ礼儀をわきまえなさい! 失礼でしてよ」


 眉をつり上げ、簡単に激高する。優雅な嫌味の応酬ができないところをみると、周囲に甘やかされて育った典型的な貴族令嬢だ。


「バクスター侯爵令嬢、彼女はスペンサー公爵家の身内で、隣国の公爵令嬢だ」

「し、つれいしました。バクスター侯爵家次女、シャーリンと申します。ご無礼をどうぞお許しください」

「アレクシア・ロシェットですわ。謝罪は受け取りました。私は祖父の元へ戻りますので、どうぞ殿下とご歓談ください」

「え」


(今逃げないでいつ逃げる!)


「では殿下、失礼致します」


 引き留められる前にさっとアレクシアは背を向ける。シャーリン後は任せたと、セルジュを押しつけることにした。



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