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【書籍化&コミカライズ】悪役令嬢なので、溺愛なんていりません!  作者: 美依
第二章

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 かぷり、とマフィンにかじりつくフェルナンドを眺め、アレクシアは思案する。適当に当たり障りなくセルジュをあしらい続けるとしても、現状は正しく把握しておいたほうがいい。危機管理は大切だ。起こり得るだろう色々なパターンを予想し、対策を講じておくのが最善といえた。


(けどほんと腹立つな!)


 せっかくの休暇、楽しい気持ちを見事に台無しにしてくれる。イラッとして心がささくれ立つ。しがらみのない隣国にまで来ているのにと、手元にあるクッションを壁に投げつけ、拳でドスドス殴りつけたい気分だ。


 けれどそんなことをすればフェルナンドを驚かせそうで、アレクシアはぐっと堪える。中身は変わらないのに、愛らしい猫の姿の時にはどうしても対応は甘くなった。


 間違いなく猫には、自然と人を下僕にする力が備わっている。恐ろしい。


「放せアレクシア! 腹を撫でるな顔を埋めるな!」

「あ、ごめん。ついうっかり」


 脳内ではてへぺろと舌を出し、実際は控えめに笑っておく。フェルナンドに本性がばれたところで困ることはないが、気を抜くのに慣れすぎてはいけない。


 足の引っ張り合いを当然とする令嬢生活を送る中で、頂点に君臨するアレクシアが付け入る隙を見せるわけにはいかなかった。


「ついうっかりじゃないだろ!」

「だって、猫は吸うものでしょ?」


 魅惑のボディの誘惑に、負けたとも言える。ささくれ立った気持ちを、アレクシアは自然ともふもふで癒やそうとしていた。


(これもセクハラになるのかしら?)


 フェルナンド曰く、本来の姿はイケメンだ。男の人だ。

 うまく想像できないが、アレクシアが男の人の腹に顔を埋める姿はアウトなのはわかる。ただ初代勇者と共に戦ったのならかなりの老齢なわけで、それならばセーフ判定のような気がした。


「俺は猫であって猫じゃないんだからな!」


 毛を逆立て、ぎゃあぎゃあ文句を言う姿も愛らしい。フェルナンドに怒られているのに、アレクシアは表情が緩んだ。


 前世ではずっと猫を飼ってみたいと思っていたが、命に責任を持つ自信がないので我慢していた。それがここにきて叶うのだから最高だ。それも意思の疎通ができる。アレクシアが浮かれるのも仕方がなかった。


「フェルはフェルなんだから、何者であるかは重要じゃないわ」


 優しく頭を撫で、そのまま背中へと滑らせる。柔らかくてほわりとあたたかく、本当に手のひらが幸せだ。


「……おう」

「だから私が猫の姿に惑わされて、モフるのも仕方がないのよ」

「すげぇ良いこと言ったと思ったのに……」


 がっくりと、猫の姿のフェルナンドがうなだれる。そんな姿さえ愛らしい。ぎゅうっと抱きしめたくなるから困った。


「なによう。触り心地最高なんだから誇っていいわよ?」


 お腹の毛なんて本当に最高だ。噂に聞いていたが、ここまでとは思わなかった。

 ずっと顔を埋めていたくなる。ふにふにの肉球も、アレクシアは大好きだ。


「嬉しくない」

「私が癒やされるからいいじゃない。フェルをモフらなきゃやってられないわ」


 自分の機嫌は自分で取るべきだとわかっているが、やさぐれた気分になるのだから仕方がない。


「ああ、アイツまた明日来るって言ってたな」

「そうなのよねぇ」


 課題をフィリップとするらしい。

 わざわざ、スペンサー家を訪れてだ。


「何悪い顔してんだ」

「失礼ね。でもまあ、ちょっと実験しようとは思ってる」

「実験?」


 怪訝な眼差しを向けてくるフェルナンドに、アレクシアは頷く。


「何事もまずは状況を把握するところからでしょ。対策を練るにしても、ね」

「まあ、そうだな」

「だから明日は出かけるわよ」

「どこへだ」

「殿下に遭遇しないはずの場所」

「そんなとこあるのか? この前も街に現れただろ」


 可愛らしく首を傾げる姿に、アレクシアは吐息で笑う。


「では問題です。それはどこでしょう?」


 せっかくなので、退屈な日々を送っていただろうフェルナンドに娯楽をプレゼントだ。


 なんて軽い気持ちで出した問題ではあったが、次から次へと挙げる答えがすべて外れたせいで、フェルナンドは延々と頭を悩ませることになる。寝る時間になっても唸っていたので放置し、アレクシアはしっかり睡眠を取った。


 フェルナンドは考えながら寝落ちたらしい。いつの間にか朝になっていることに愕然とし、結局わからない! と、頭を抱える姿は微笑ましかった。


「さあ、答え合わせに行きましょうか」


 セルジュと遭遇する前に、アレクシアはマリッサとエリックを連れて馬車へ乗り込む。走り出すとブレスレットから猫の姿に変わり、興味津々で外を眺めていたフェルナンドは、目的地が見えてきたところでアレクシアの膝の上に飛び乗った。


「おい、アレクシア」

「なあに」

「敵陣に来てどうすんだよ」

「敵陣て……」


 的確な表現ではあるが、なかなかひどい。辛辣だ。

 セルジュの行動を鬱陶しいと思っては居るが、今のところ敵視はしていない。


「殿下が家に来るなら、私たちはその逆、皇城へ行けば会わないでしょ」

「まあ……そうだけどさ」

「だいたい、元々フェルが居たとこでしょ」


 皇城内のどこでどんな風に過ごしていたのかは知らないが、実家ともいえる場所だ。けれどフェルナンドは、ひどく嫌そうにした。


「いい思い出はない」

「そうなの?」

「ああ。だから、俺はアレクシアのそばがいいんだ」


 声に、明確な意思がある。


(大事な聖剣を持ち出して忘れて帰るくらいだしね)


 存在は知っていても、顧みることはなかったのが窺える。我が身に置き換えてみると、想像だけでアレクシアはぞっとした。


「バレない限りは捨てないわよ。約束したでしょ? いっぱい遊んで美味しいものを食べて、私と一緒に人生を謳歌しましょう」


 打倒破滅フラグだ。


「ほんとアレクシアは最高だな!」


 脳内イメージはハイタッチ、実際は軽くフェルナンドの手を握る。タイミング良く馬車が停まったことで、ぱっと猫からブレスレットに姿を変え手首に落ち着いた。


「さあ、行きましょう」


 ジェラールとジョアサンに頼んで根回しは完璧だ。手続きを済ませると、すぐに騎士団の鍛錬場へ案内される。二人の仕事しているところを見学したいと頼んだら、あっさり許可が出た。


 騎士たちに訓練をつける二人の表情は、妙にキリッとしているように見える。


「騎士の訓練ってかっこよすぎない?」

「はあ」


 マリッサの心からの同意は得られないが最高だ。挙動不審になりそうで、アレクシアは表情を消すことしかできない。内心はともかくとして、とにかく無に徹する。表情筋を動かしてはいけない。しばらく堪能していると休憩に入り、そのタイミングで姿を見せた人がいた。


 その場に居る者すべてが、礼を執る。その姿さえも格好いい。けれど楽にしていいと軽く手を上げる姿には、アレクシアは嘆息した。


(ああ、やっぱり)


 予想通りの実験結果だ。


「ロシェット嬢、王宮に来ていたんだな」


 朗らかな笑みをセルジュに向けられる。さすがに皇城内では不敬な物言いはできない。気が緩んでいるので、うっかり出ないよう気をつけようとアレクシアは気を引き締めた。


「滅多に見られない祖父と伯父の仕事風景を見ようと、足を運びましたの」

「そうか。ロシェット嬢から見て、皇家の騎士はどうだろうか」

「皆様が、普段から体も技術もしっかり磨き上げているのが伝わってきました」


 眼福でした! を、遠回しに言い換える。どうせなら、手に汗握るような対戦をしてほしい。きゃあきゃあとミーハー全開にして、心の中でうちわを持って見学したかった。


 ロシェット家お抱えの騎士団もあるが、過保護な保護者二名に言わせれば狼の巣窟だ。我が家の騎士団だよね!? と思うが、アレクシアが出入りするのを良しとしなかった。


「そう言ってもらえるとありがたいな」


(祖父と伯父が鍛えているので褒めますとも!)


「せっかく皇城に来たのだ。騎士団だけでなく、庭園を散策するといい。案内しよう」


 反射的にいいえ、と言いたくなるのをアレクシアはぐっと我慢する。最低限の愛想笑いを浮かべた。


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」


 避けているからこそ、余計に苦手意識が強くなっているのかもしれない。

 この機会に言葉を交わし、とりあえずセルジュの人となりに触れてみることにした。


(面倒くさいけど)


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