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【書籍化&コミカライズ】悪役令嬢なので、溺愛なんていりません!  作者: 美依
第二章

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 庭園に出ると、気温の高さを感じる。けれど覚えのあるような湿度の高い、夏の盛りの狂おしい暑さはない。日はだいぶ傾いてはいるが、お嬢様必須アイテム日傘を手にアレクシアはゆっくりと足を進めた。


 濃い緑の草木が日差しを浴びて、まぶしく映えている。園路に沿うように作られた低い花壇には寒色系の花が咲き誇り、涼しげな印象を演出していた。


「外に出るのすげぇ久しぶりだ」


 感慨深いフェルナンドの声に、アレクシアは口元を緩める。気楽に散歩を楽しんでもらおうと、今は誰も連れていない。


「そのうち街の方にも遊びに行くわ」

「ほんとか!」


 遊びの提案に、声を弾ませ喜ぶ子どものような反応だ。

 本当に退屈していたらしい。


「ねぇ、なんでこの家にあったの?」


 これくらいは聞いても問題ないはずだ。さすがに気になる。


 ガルファタル皇国の筆頭公爵家であり、最大の武力でもあるスペンサー家に聖剣があってもおかしくはないが、無造作にその存在を知らないまま所持しているのはありえないことだ。


「くっだらない馬鹿みたいな理由だよ」

「え、逆に気になるんだけど」

「ブレンダンが抜けない剣があるってこの家に持ってきて、酒飲みながら騒ぐだけ騒いで忘れていった」

「は!?」

「この家の者も酔ってて、城に帰るブレンダンを見送った後ふらふらと部屋に戻ってきたと思えば、剣が落ちてるって他の剣と同じ保管場所にポイだ。それからずっとこの家にいるんだよ」


 衝撃の事実だ。笑劇と言ってもいい。


(何してるんだブレンダン、誰か知らないけどあほじゃないかブレンダン)


 皇家で聖剣がなくなったと気付いた者は、背筋が寒くなったどころではないはずだ。


「声は上げられなかったの?」

「抜ける者がいない時代だったからな」

「災難だったわね」

「上に立つ者なんて、碌でもないやつらばっかだよな」

「まあ、そうね」


 割を食うのはいつだって、下の者で、立場の弱い者だ。

 ガーバリス王国でも、王族が色々やらかしている。表に出ていないこともきっと多くあるはずだ。そんな所へ嫁がなくてよかったと、アレクシアは心から安堵した。


「だからさ、俺を抜いたのがアレクシアでよかったよ」

「私だって欲深い碌でもない者かもしれないわよ?」

「俺を利用するつもりなら、最初から置き去りにしないだろ。国に帰るときは置いていくとか言うし」

「あら、便利だったら手元にあるのだし利用するわよ」


 使える物は使う主義だ。

 令嬢が剣を常に携帯するのは難しいが、ブレスレットとしてなら容易になる。おまけにフェルナンドの言い分を信じるならば、人を傷つけない剣だというから素晴らしい。うっかりエリックと離れることになり、暴漢に襲われた時になど役に立ちそうだ。


「どんな風に?」

「振り回して殴る?」


 聖剣の使い方としては間違っていると言わざるを得ない。文句を言われそうだ。


「ほらな」


 予想とは違い、フェルナンドの声には喜びが滲んでいる。瞳を瞬き、アレクシアはきょとんとした。


「そーいうとこだよ」

「そーいうとこ?」

「俺を剣として正しく使うとこ」


 聖剣の正しい利用方法が、ぱっと頭の中に浮かぶ。

 反射的に、アレクシアは眉をひそめた。


「魔物の討伐になんて行かな、い……ああ、政権争いとかに利用しないってことね」

「ああ」

「だって興味ないもの。面倒事は嫌なの」

「それを聞いて安心――おい、誰か来る」

「え」


 ぴたりと、フェルナンドが口を閉じる。小声で話していたとはいえ、誰かに聞かれただろうかとドキドキしながらアレクシアは周囲に視線を走らせた。


 まだ誰の姿もない。それならば、会話は聞かれていないはずだ。


 軽く息を吐き、アレクシアはゆっくりと散歩を再開する。すぐに足音と二人分の話し声が近づいてきた。


 姿が見えたところで、あ、と心の中で声を上げる。目が合って、アレクシアは足を止めた。


 ぱあっと、笑顔になるのが視界に映る。意味がわからず動きを止めていると、颯爽と間近まで歩み寄ってきた。


「お美しいご令嬢、名前をお聞きしても?」


 決め顔で尋ねられ、アレクシアはドン引きする。思わず、冷たい視線を投げた。


「その若さで耄碌したのかしら、フィリップは」

「……え」

「いやね。従妹の顔もわからなくなるなんて」


 わずかな間の後、フィリップが愕然とした表情で目を見開く。

 本気でわからなかったのかと、アレクシアは笑った。


「うそだろ……」


 茫然とフィリップが呟く。

 傍らにいる友人が、状況を察して苦い顔をしていた。


「アレクシアかよ。詐欺だろ。嘘だろ。ありえねぇ」

「相変わらず失礼ね」


 紳士ではないなと、アレクシアは判断する。ここでお世辞の一つでも言えれば、ぞわっとしながらもフィリップも大人になったと感心した。


(ついに休暇に入ったかぁ)


 せっかく平穏な日々を過ごしていたのにと、あまり成長が見られないフィリップにアレクシアは今後の生活を憂う。舌打ちしたい気分だ。


「フィリップ、彼女は?」

「ああ、そうだ。セルジュがいたんだった」


 改めて、傍らにいるセルジュへアレクシアは視線を流す。

 きらりと輝く少し長めの金の髪に、金の瞳、柔和な印象の美しい容姿をしている。目が合うと、ゆるりと笑んだ。


(顔面偏差値高いな!?)


 どことなく油断ならない空気を纏っているが見た目は極上で、福眼だ、とアレクシアは脳内で拝む。攻略対象者たちと遜色ない。


 フィリップも涼しげな顔で見た目はそう悪くないのに、性格が残念だった。実際はわからないが、ひそかにアレクシアは決めつけていた。


「隣国、ガーバリス王国から遊びに来てる従妹だよ」

「へぇ、初めまして。俺はセルジュ。よろしく」


 爽やかな笑顔を向けられる。絶対に自分の顔面の良さをわかっているなと、アレクシアは軽くときめきながら日傘を閉じた。


「初めてお目にかかります。アレクシア・ロシェットと申します。休暇中スペンサー家に滞在しておりますので、いずれまたお目にかかる機会があるかもしれません。どうぞお見知りおきくださいませ。グランジュ殿下」


 正式な礼を執って、挨拶をする。知らない振りをするか少し迷ったけれど、皇族を名前では呼びたくない。誰かに聞かれれば、アレクシアの大嫌いな面倒事が襲いかかってきそうだ。


「……知っていたのか」


 肯定するように、微笑みを返す。

 アレクシアは王太子妃を目指していたので、隣国の王族の名前と顔くらいは当然把握している。それにプラスアルファの情報もあった。


「こいつ、これで筆頭王太子妃候補だからな」

「フィリップ、従妹の顔も覚えていられない軽い頭で失礼でしてよ」

「二人は仲がいいのだな」

「いいえ」

「まさか!」


 ほぼ同時に、アレクシアとフィリップが声を上げる。それにセルジュが笑った。


「ロシェット嬢、どうか俺にも気軽に話してほしい」


 この容姿で地位だ。色目を使わない令嬢は貴重なのかもしれない。セルジュの警戒心をほどかせるためのフィリップの軽口なのだとしたら、成長著しいと言える。ただの偶然である可能性の方がぐんと高い気がするが。


「この屋敷内限定でよろしければ」


 アレクシアとしても余計な嫉妬は買いたくない。今のところ社交の場に出る気はないが、サマンサとマドレーヌがアレクシアを着飾り連れ出したくてうずうずしているのを知っている。それに負け連れ出された先で、セルジュと親しく話しているところを目撃され、令嬢たちに邪推され絡まれるのは面倒だ。


「まあいいか。夜会等に出る予定は?」

「ありませんわ」

「着飾ったロシェット嬢は美しいと思ったのだがな」


 脳内で、胸を押さえる。お世辞だとわかっていても、顔面の良さは性質が悪い。自国ではジェフリーにべったりだったアレクシアに対してこんな台詞を言う者もおらず、うっかりときめいてしまった。


 画面越しに見ているような感覚なのだけれど。


「殿下のように麗しい方にそう言っていただけて嬉しいですわ」

「セルジュでいい」

「……グランジュ様は本日どうしてこちらへ?」


 譲歩はここまでだと、アレクシアは線を引く。

 息抜き兼スペンサー家に媚を売りにきているだけなので、現時点で権力者と親しくなりすぎていいことなどない。


 応えは、フィリップからある。


「使用人から屋敷で幽霊が出るって聞いて、セルジュにそれ言ったらついてきた」


(なんですと!?)


「フィリップに無理を言ってついてきた。ロシェット嬢、本当なのか?」

「……昨夜、祖母からそう聞きましたわね。私は遭遇していないので真偽のほどはわかりませんわ」


 少し憂う表情を作り、アレクシアは当たり障りのない答えを返す。騒ぎが大きくなったと、頭を抱えたい気分だった。


「セルジュ、行ってみようぜ」

「ああ、ではロシェット嬢失礼する」


 軽く、頭を下げる。屋敷の方へ向う二人の背を、緩い笑みで見送った。


(幽霊はもう出ないけどね!)


 徒労に終わるだろう二人に、心の中で労いの言葉をかける。無意識に、アレクシアは手首のブレスレットに触れていた。


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