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 背筋が一瞬ひやりとして、本当に幽霊が――と思い、本当に? とアレクシアは自らの思考に引っかかりを覚える。すぐにもしかして、と思い浮かんだことがあった。


「声だけで見た者はいないのだけれど……ごめんなさいね。せっかく遊びに来てくれているのに、幽霊が出るかもしれない屋敷で」

「おばあさま、信じていないので大丈夫です」

「そう? でも念のため、あの部屋には近づかない方がいいわ」

「わかりました」


 当たり障りなく返しながら、アレクシアは思い違いであってほしいような、ほしくないような気持ちがわき上がる。どちらに転んでも嬉しくない。


 勝手に気まずくなったアレクシアは食事を終えて部屋に戻ると、風呂の世話もしてもらえる公爵令嬢であることに感謝する。真偽は別にして、霊の話を聞いた後で風呂に入り、髪を洗っているときの怖さといったらない。前世でうっかりホラー映画を最後まで観た後しばらくは、一人暮らしの部屋でびくびくしていた。


 ホラー系はどちらかといえば苦手ジャンルだ。無人の部屋から聞こえるという嘆く声の真相は気になるが、夜に確かめに行く気にはなれない。本当に幽霊の可能性を考えると、一人で行くなど怖すぎる。だからといってエリックとマリッサを引き連れて行き、アレクシアの予想通りだった場合は面倒くさいことになりそうだ。


 色々考えた結果、翌日の昼すぎに行くことにした。


 本音はわざわざ確かめになど行きたくない。苦手なジャンルに顔を突っ込むほど好奇心旺盛ではないし、幽霊騒ぎの真偽など知りたくはない。けれどアレクシアの想像通りだとすると、現在進行形で屋敷にいる者たちを怖がらせていることに良心がチクチクと痛んだ。


 憂鬱な気持ちで先日訪れたばかりの部屋の前まで来ると、本当にくぐもった嘆く声が聞こえる。こくりと、アレクシアは息を呑む。面倒くさいが九割、本当に幽霊かもしれない気持ちが一割だ。

 

 今すぐにでも回れ右したい気分ではあるが、どう考えても予想が当たっている確率の方が高い。軽く深呼吸して、仕方なくえいっとドアを開けた。


 ぴたりと、声が聞こえなくなる。とくとくと逸る鼓動を聞きながら室内に身体を滑り込ませ、剣の前まで行き足を止めた。


「おお! 来てくれたか」


 不意に聞こえた声に、アレクシアはどくんと鼓動が大きく跳ねる。なんとなく予想はしていても、驚くものは驚く。


 理解が追いつくと、来たくて来たわけではないと、詰めた息を深々と吐いた。

 鞘から抜いてくれとうるさいので、渋々アレクシアは手に取り柄を掴んで引く。やはり簡単に、するりと抜けた。


「ここ数日のこの部屋から聞こえるという嘆き声は、聖剣様ですね」

「こんなところに置き去りにされたら、嘆かずにはいられないだろ」


(こんなところって)


 つい苦笑が洩れる。今までずっと置かれていた場所だ。


「屋敷の者が怖がっているので静かにしてもらえませんか」

「ならおまえが聖剣の主となって連れて行ってくれよ」

「お断りします」

「なんでだよ! 聖剣の主とかすげぇだろ? かっこいいだろ?」


 確かに格好良い。ただそれは他人事であればこそだ。

 当事者にはなりたくなかった。


「深窓の令嬢に剣とか必要ないので」


 誰が深窓の令嬢だと、アレクシアは脳内でセルフ突っ込みを入れる。本当のところなどわからないのだから、言った者勝ちだ。


「わかった。剣として使わなくていい。持ち歩いてくれるだけで。ほら、聖剣の主ってだけで傅かれるんだぞ」

「先日、飾りなどって憤ってませんでした? 私は傅かれたくありませんし、聖剣の主とかそんな目立つ面倒くさい立場など嫌です」

「面倒くさい……そ、そう言わず! なあ、なあ!」

「なあと言われましても、本当に興味がないので」

「聖剣持ってると役に立つこともあるって!」

「役に立つような状況を引き寄せそうなのでお断りします」

「無害! 俺無害だから!」


 諦めそうにない雰囲気に、いっそどこかに捨ててしまおうかと、アレクシアはそんな考えがよぎる。けれど捨ててから、必要になったときに困る扱いに迷う剣だ。でもうるさい。静かにしてもらう方法と考え、どこかに埋めておけば必要なときに取り出せると気付いた。


「ちょ、なんか不穏なこと考えてるだろ!」

「ええ、まあ。このままうるさく騒いで屋敷の者を驚かすならどこかに埋めようかと」


 しれっとアレクシアは告げる。これでおとなしくなるかもしれないと、そんな思惑もあった。


「やめろよ。ひどすぎる! 聖剣なのに! 聖剣なのに!」

「だって、本当に私には必要ないんですもの」


 常に、最強の護衛を連れ歩いている。ある意味、剣など邪魔なアクセサリーと同じだ。


「清々しいまでに聖剣に興味ないな!? わかった。もうこっそりでいい。聖剣だって主張しないから、ここに置き去りにするなよ」

「そんなこと言われても、令嬢は剣なんて持ち歩かないから、結局はその辺に置きっぱなしよ?」


 ぐぬぬ、とうなり声を上げる。剣なのに喜怒哀楽が激しい。


「なら姿を変える!」

「そんなことができるの」

「できる。誰かしらの魔力をもらえれば、もっと色々できるぞ」


 どうだ価値があるだろうと得意げだが、アレクシアは持ち出しては駄目なやつでは? と、危機感が顔を出す。


「私、人を殺めたくないので、やはりどこかで眠っていてください」

「は? え? 違うからな! 殺さないって。魔力をもらうだけだ」

「魔力がなくなったら、死ぬのでは?」

「ほどほどにするから、ほどほどに!」


 疑いの眼差しを向ける。そういう台詞は、手放しで信じてはいけないものだ。

 自称聖剣に、認識が傾く。


「ホントホント、聖剣は人を傷つけることはできないんだ。切れるのは魔に属するものだけだ」

「へえ」


 知らなかった。それならまぁ、と思わないでもない。


「ちなみに、姿を変えるってどんな感じに?」

「常に身に着けていられるものはなんだ?」

「え、アクセサリーかな」


 ふむ、と軽く頷くと、刀身が煌めき輪郭が歪む。あっという間に、剣がブレスレットに変わった。

 それが目に入った瞬間、ぎゅ、とアレクシアは眉を寄せる。


「うわぁ、ない。ないわ。これ身に着けるとか無理だから」


 一粒の大きめな真紅の宝石は美しい。ただそれを囲む羽根のようなデザインとか、黒く無骨なチェーンに十字架までついたブレスレットなど、どことなく中二病を感じさせるアクセサリーだ。あんなに純白できれいな刃だったのが、なぜ黒になる。意味がわからない。


 これがアレクシアの物だと思われれば、高位貴族の令嬢としてのセンスを疑われる。無理だ。素行はよくないが、身分相応のデザイン以外は身に着けたくない。


「なんでだよ! 会心のできだろ」


 本気で言っているのが伝わってくる。困惑で、反論が浮かばない。


「あ、うん、相容れないからやっぱり――」

「わーっ! ちょっと待った。やり直す、いますぐにやり直す」


 自信満々だったのに、あっさりと手のひらを返した。

 もう、自称聖剣を敬う気持ちなどアレクシアからは霧散した。


「ダサいデザインだったら容赦なく埋める」


 ひゅ、と聖剣が息を呑んだ気配を感じる。本当に人と同じような反応だ。


「承知致した!」


 ぱあっと、ブレスレットが再度光り輝く。一瞬で、先ほどとは違うデザインのブレスレットに変わっていた。


「ど、どうだ?」

「……まあ、いいわね」


 一粒の赤い宝石が映える、美しく華奢な白銀のブレスレットだ。

 これならば、アレクシアからも合格点をあげられる。手首に着けてみても、違和感はなかった。


(やればできるじゃない)


「でもいいの? 聖剣としてのアイデンティティを捨てて」


 悪役令嬢の縦ロールのように、聖剣にとって剣という姿形は重要ではないのだろうかと首を傾げる。今は鞘だけが残されていた。


「置き去りにされるくらいならそんなものは必要ない!」

「……そ、そう。あなたがいいなら、いいのだけれど」

「そうだ。まだ名乗ってなかったな。俺はフェルナンドだ。気軽にフェルって呼んでくれ」

「私はアレクシアですわ」


 つられて、アレクシアは名乗る。聖剣に名前があったのも驚きだ。


「アレクシア、これからよろしくな」

「えっと、よろしく?」


 いつの間にか、アレクシアの所持が決定事項になっている。手首のわずかな重みに、どうしてこうなったと思わずにはいられない。


(悪役令嬢が自称聖剣手に入れちゃったんだけど……)


 面倒事の予感がした。


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