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待っていてくださった方ありがとうございました。

もうしばらく更新ゆっくりかとは思いますが連載再開します。


 占い師の表情は、ベールで目元以外を覆い隠しているので窺えない。限られた視覚情報の中で涼やかな目元と長い睫毛から、美しい容姿をしているだろうと推測できる程度だった。


「それでは、手をこちらへ貸していただけますか」

「はい」


 促されマリッサがテーブルの上に両手を差し出すと、占い師の白い手が両方の手を取りわずかに睫毛を伏せる。パフォーマンスなのかもしれないが、相手に向き合い視ているような光景ではあった。


 ふわりと、アレクシアはテンションが上がる。前世含め占い師に占ってもらったことはなく、誰かが占ってもらっているところを直に見るのも初めてだった。


 どきどきそわそわ、占い師が口を開くのを待つ。


「貴女には、揺るがない信念のようなものが感じられます。努力も常に怠らない。ただそのせいで、緩やかに下る道の前に立っていました」


 淡々と紡がれた占いの結果にぎくりとして、面白がっていたアレクシアの思考が固まる。驚き、ベールに隠された顔をまじまじと見詰めた。


 占い師の台詞に心当たりがありすぎる。ゲームのシナリオではアレクシアの侍女のその後など描かれてはいないが、仕えている者が没落すれば必然とその後の人生は順風満帆とはいえず、今まで通りにはいかないものだ。


(偶然?)


 ぱたぱたと、アレクシアは瞳をしばたたく。

 心のどこかで、有名な占い師だろうと占いなど気休め程度、当たるわけがないと思っていた。けれどよくよく考えてみればここは異世界だ。魔法さえもある。未来を見通せる力を持つ占い師が存在していたところでおかしくはなかった。


 こくり、と軽く息を呑む。我がことのように、むしろ当事者のマリッサよりもきっと、アレクシアの方が緊張感を持って続く言葉を待った。


「ですが今は、別の開けた良き道へと歩み始めているように感じられます」


(よしきた!)


 心の中で拳を握りしめ、ほっとアレクシアは胸を撫で下ろす。気休めでもなんでもいい。献身的に仕えてくれたマリッサの進む道が、良い方向へ向っているのならばそれでよかった。


「何かこれだけは、と聞きたいことはありますか?」


(さあ恋愛って言おう!)


 きらきらっと、アレクシアの目が輝く。当たるとまことしやかに囁かれる、定住先のない有名な占い師が前にいるのだ。マリッサも年頃なのだから、ここぞとばかりに占ってもらうべきだ。


「いえ、これといっては」

「では全体的なことでよろしいでしょうか?」

「はい」


 ええ、とひそかに落胆する。恋愛に興味のない自分のことは、見事に棚上げだ。


 当たり障りのない結果を滔々と口にする占い師へ、アレクシアは表情には出さずに念を送る。一般的に若い女性の関心は恋愛事にあるはずだ。多くの人と向き合ってきたのだからきっと、占い師もわかっている。わかっているはずなんだよ! と、心の中で叫んでいた。


(さあ、そろそろここで恋愛方面へシフトだ!)


「――貴女の、心のまっすぐさが運命を良い方向へ向わせているようですね。最後になりますが、幸せは思いがけず近いところにあるかもしれません」


(まあ! まあ、まあ)


 アレクシアは心の中で声を上げ、にんまりと笑う。

 主と侍女と護衛。共に過ごす時間が多い中で、ひそかにマリッサとエリックがお似合いだと感じていた。


 最初は本当に何気なく眺めていたのだが、じっくりと観察するように視線を変えると、エリックからマリッサへ向う矢印がうっすらと見える気がしている。マリッサはきれいに隠しているのか、本当にどうとも思っていないのか、エリックへの気持ちはまったくわからなかった。


 だからこそ、もう少しエリックに強引さがほしいともどかしく思っている。今はまだ無自覚で、これから気持ちを自覚したら態度も変わるのだろうかと期待しつつ、アレクシアは傍観者に徹していた。人の恋路に不躾に踏み込んではいけない。静かに見守りたい、アレクシア今一押しの恋人未満の二人だ。


 そんなことを考えていると、ぱち、と占い師と目が合う。ぱちくりとアレクシアが瞬きすると、表情が見えないながらも笑んだ気がした。


「そちらのお方もどうぞ、こちらへ」

「私、ですか?」

「ええ」


 押しつけがましいものではなく、自然なやわらかい声で促された。

 感じの良さを感じ、断る理由もないのでアレクシアはマリッサと交代する。ちょっとそわそわした。


「では、手を」

「はい」


 差し出した手に、少しひやりとした手が触れる。近くで見る長い睫毛が、軽く伏せられた。


 占いを信じすぎる気持ちはなくとも、どきどきする。バッドエンドが待っていると言われたら、しばらくの間は立ち直れないかもしれない。立ち直った後には、間違いなく抗うけれど。


「貴女はとても強い人ですね。だからなのでしょうか、人生は数奇でありながら、それを補って余りあるほどに巡り合わせが良い」


(数奇な人生とは乙女ゲームのシナリオ展開のことでしょうか先生!)


 ものすごく問いたいけれど、問えないからもどかしい。ぐぬぬ、と心の中でうめき声を上げながらアレクシアは続く言葉を待った。


「行く先には、枝分かれしたいくつもの道筋が見えます。そのすべてが、貴女の望む未来とは言えません。けれど、選択は貴女に委ねられています。不本意な状況に直面することもあるかと思います。ただ、貴女が貴女らしく選択したことは、幸せな未来へと続く道へと繋がるでしょう」


(まじか! 正しく選択すれば悠々自適なお一人様ライフ確約!?)


 脳内でくす玉を割る。破滅ルートを回避できる未来が存在しているのだと、アレクシアは喜びのダンスを踊り出したい気分になった。


「そう遠くない未来に、選択を迫られるかもしれません」

「え」


 すん、と我に返る。どういうこと? と、ぐるぐる考えている間にいくつかの言葉とアドバイスをもらい終了となる。世の人が、占いにはまる気持ちがわかったかもしれない。


 ロシェット家お抱え占い師にしたいくらい名残惜しく感じながら料金を支払い、アレクシアはテントを後にした。特に法外な値段でもなく、妙なお守りお札類を売りつけられることもなかった。


「なかなか興味深い体験だったわ」


 振り返って、ずらりと人の並ぶテントをアレクシアは眺める。当たるも八卦当たらぬも八卦、言われたことすべてを真に受けるわけではないが、漠然と占い師としての腕は確かなように感じた。


 ――貴女が貴女らしく。


 幸せな結末が待っているとわかっている道もいいけれど、まだ未確定な未来に向けた選択が、自身の手にあるのもいい。


(さあ、人生を楽しもう)


 自然と、気持ちが前向きになる。有意義な外出だった。

 ただその日の夕食の席で、思わずむせそうになる話をサマンサに聞く。


「幽霊、ですか?」


 驚き、アレクシアは問い返す。

 それを受け、サマンサが憂う表情を浮かべた。


「そうなの。使用人たちが、誰もいない部屋から嘆き泣く声が聞こえると言うの」


 まさかの話だった。


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