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 最初は殊勝な気持ちで、多少鬱陶しく感じても祖父の気持ちを受け止めよう。

 そう、アレクシアは思っていた。


 ただ、何事にも限界というものはあるのだ。


「アレクシア、ほら、ここに座りなさい」

「嫌です」


 表情を消して、アレクシアはばっさりと断る。


 夕食にはまだ早いからと、再度サロンへ移動したまではよかった。

 ただジェラールが座った途端、膝の上においでと手招きするのには応じられない。断固拒否だ。アレクシアをいくつだと思っている。淑女としてもありえない。


「ジェラール」


 そのやりとりを見た、サマンサのため息が深くなる。頭が痛い、という顔だ。

 マドレーヌとジョアサンの表情も苦い。この家の常識でなくてよかったと、アレクシアは胸を撫で下ろした。


「アレクシアが来て嬉しいのはわかるけど、年頃の娘に何を言っているの。常識で考えなさい。嫌われたら元も子もないわよ」


 はっとした顔をして、ジェラールが視線を揺らす。

 しゅんとすると、大きい身体を小さくした。


「そうだな。つい、小さい頃のつもりで……悪かった」


 以前遊びに来ていた時の、幼女のイメージが強いのだろうと、アレクシアは頷く。成長過程を見ていなければ、認識に齟齬が生じても仕方がない。うっかり、言ってしまうこともある。たぶん。


 目の前にいるアレクシアが幼女に見えるのならば、問題だ。見えなくて言っているのなら、大問題だ。サマンサに説教されなければいけない。


「アレクシア、ジェラールがつけあがるから、無理なものは、無理、嫌な物は嫌、はっきり言っていいのよ。面倒だったら相手にしなくてもいいから」


 なんと、サマンサに塩対応を推奨された。

 思わず、ぱたぱたと瞬きする。


「それくらいの方が、暴走しなくてちょうどいいのよ」


 確かに、行き過ぎた愛情はよろしくない。


「はい、おばあ様」


 絶望感に満ちた表情を湛え、縋るようにアレクシアを見てくるジェラールについ笑ってしまう。可愛い人だ。


 熊のような、そんな形容詞がつく印象をずっと持っていたのだが、改めて見るとイケオジだ。確かに幼女から見れば、髭のせいで熊にも見えるかも知れない。


 けれど成長してから見ると、髭も渋さがあって良き良きと、心の中で十点満点の札をアレクシアは上げた。


「今まで私の都合で、長い間ご無沙汰していてすみませんでした。不義理をしていたのに、皆様にあたたかく、また快く迎えてもらえて嬉しいです」

「もう、そんなの当然じゃない」


 にっこりと、サマンサが笑う。

 ジェラールも頷いた。


「王太子妃候補ともなれば、隣国までは早々来られないのも仕方がない。だが、今年は王宮へ上がらなくともいいのか? アレクシアの滞在は我が家としては嬉しいが、夏期休暇が終わる頃までこの国に滞在予定だと聞いたが」

「ええ、問題ありませんわ」


(なぜなら、辞退したからね!)


 アレクシアは内心で、ほくそ笑む。

 あの日は帰宅してすぐに、解放!! 最高! とベッドにダイブした。

 喜びにベッドの上をゴロゴロと転がり、落ちそうになったのは内緒だ。


「優秀なのはいいけれど、王太子妃になったら本当に会えなくなるわね」

「おばあ様、まだ決まっていませんわ。他にも優秀ですばらしい家柄の令嬢が多くいるので、最終的に誰が殿下に選ばれるかはわかりませんの」


 アレクシアに会えなくなると、憂う人たちに嘘をつくのは心苦しい。


 だが身内といえども隣国の貴族なので、口止めの対象だろうとアレクシアは判断する。それにまかり間違って、孫馬鹿なジェラールがこの国にアレクシアを引き留めたいがために、余計な縁談を持って来てもらっても面倒だった。


「王太子の見る目がないことを祈るばかりだな」


(いやあ、それがなかったんだな!)


 ジェラールの言葉を受け、わはは、と声を上げてアレクシアは笑いたくなる。今となっては、嬉しいばかりだ。


「父と兄も、似たような意見ですね」


 浮かれる内心を隠して、アレクシアは曖昧に笑う。


「おお、気が合うな。サヴェリオとレイモンドは元気にしているか?」

「はい。本当は二人も来たかったのですが、父は急遽入った仕事に追われ、兄もまた急遽やることができまして」

「そうか、残念だな。久しぶりにサヴェリオと手合わせをしたかったんだがな」


(まじか! あああっ見たかった!)


 イケオジ二人が剣で戦う姿など、ご褒美でしかない。


 学園で騒動を起こした黒幕を、アレクシアは心の底から呪いたくなる。呪詛を吐きそうになるのを、ゆっくり深く呼吸することで、アレクシアはなんとか落ち着かせた。


 しばらくこの国に訪れていないことで更新が止まっているが、サヴェリオとジェラールは、勝敗を競い合っている。そのきっかけになったのが、アレクシアの母エミリーだ。


 娘を溺愛していたジェラールは、サヴェリオがエミリーへ求婚した際、隣国に嫁がせてなるものかと、自分に勝てないような者にはやれんと突っぱねた。


 エミリーはジェラールの戯言など無視してもいいと憤慨したが、サヴェリオはそうはいかないとジェラールに挑む。すぐに、勝てたわけではない。負ける度、更に鍛え直し、ついには今の強さを身につけて、エミリーを堂々と国に連れ帰ることとなった。


 それからも、顔を合わせる度に手合わせを続けている。勝敗がどうなっているかまでは、アレクシアは知らない。


「私も、おじい様とお父様が戦うところを見たかったです」

「そうか、そうか。また今度、サヴェリオと遊びに来なさい」

「はい!」


(楽しみがまたできた!)


 話すのが久しぶりのせいか、時間はあっという間に過ぎていく。夕食の時間になり、場所を移すことになった。


「あの、ジョシュア兄様たちは?」


 いまだ、二人とも姿を見せない。

 そのことに、今更気付いた。


「ああ、アレクシアには伝えてなかったわね。ジョシュアは今、騎士寮に入っているの。フィリップはまだ学園の寮にいるわ」


 そうだった、とアレクシアは思い出す。

 ガーバリス王国とは違い、ガルタファル皇国の学園は全寮制になる。おまけに夏期休暇が前倒しになったアレクシアとは違い、この国の学園はまだ休暇に入っていなかった。


(しばらくは平和だ)


 なんて思っていたのに、連日、アレクシアは誰かしらに連れ出される。サマンサとマドレーヌにはあちらこちらのブティックで着せ替え人形のようにされ、ジェラールにはジュエリーショップで目がチカチカするような宝石を次から次へとつけてみるよう促され、気付けば帰るときの荷物が増えていた。


(ありがたい、ありがたいけど、そろそろのんびりさせて!)


 忙しない日々に限界を感じ、まずは野菜のスイーツをアレクシア監修で作らせ、サマンサたちには招待状の来ているお茶会へ出向くよう促す。珍しい手土産は婦人たちに喜ばれ、持参できるのは一種のステータスだった。


 同席の誘いは丁寧に断り、嬉々として出かける二人を見送る。ジェラールには、エリックを生け贄として差し出した。


 サヴェリオが鍛え上げたと言えば、喜び勇んでエリックを連れて鍛錬場へと向う。二人の手合わせを眺めたい気持ちがないわけではないが、それはジェラールをおだてればいつでも実現可能だと判断し、アレクシアは自由時間を優先した。


「マリッサも、今日はゆっくりして」

「ありがとうございます」


 静かになったけれど、護衛がいなくなったので屋敷に引きこもることは決定する。久しぶりに一人で過ごす、ゆったりとした時間だ。


 遠慮なく好きにしていいと言われているので、子どもの頃以来の屋敷内を見て回る。図書室にでも行こうと思い、ふと、抜けない剣があったのを思い出した。


 いつからあるのかも、なぜあるのかも、屋敷の者が誰一人として知らない。剣自体、錆付いているわけでもなく、抜けない理由もわからなかった。


 普段は屋敷内で忘れ去られている剣だが、子どもたちの好奇心をくすぐり、楽しませるには充分役に立つ。何せ抜けないので危なくない。ジェラールが話して聞かせ、レイモンドと従兄弟たちが挑戦していた。


 予想通りに、誰も抜けない。

 二人がかり、三人がかり、どんなに力任せに抜こうとしても、絶対に抜けなかった。


 ひそかにアレクシアも挑戦してみたい気持ちはあったのだけれど、フィリップに何かしら言われるのは予想できる。面倒事を避ける方に天秤が傾き、「淑女は剣など触らないわ」とただ眺めていた。


 後でこっそり挑戦しようと思っていたが機会はなく、そのうち忘れ、この家に足が遠のき今に至る。今は幼い子どももいないので、普段は使用されない部屋に無造作に置かれて、忘れ去られていた。


 さすがに、埃は被っていない。


(さて、チャレンジしてみよう!)


 持ち上げてみると、予想よりも軽くて驚く。


(もしかして、剣身がない? ただの飾りなら、そりゃ抜けないわけだ)


 子どもたちを楽しませるために作られた物かと、アレクシアは見当をつけてみる。なあんだ、と何気なく剣の柄を握り引くと、美しい白い剣身が視界に飛び込んできた。


「え」


 思考が、固まる。ぱたん、ぱたん、と瞬きしても消えない。

 間違いなく、アレクシアの手にある剣は抜けている。妄想や、見間違いではない。


「……抜けちゃった?」


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