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誰もが予想した通りに、自宅待機からそのまま、ほんの少しだけ前倒しになった夏期休暇に入る。学園の再開は、徹底的な安全確認を経てからの、夏期休暇明けに決まった。
どうやら、サヴェリオの持つ権限を使い、娘馬鹿を遺憾なく発揮して、王宮から指示を出しているとアレクシアは知る。今回は王太子が襲われていることもあって、誰も止めることができずにいた。
当然、その分の忙しさは増すので、サヴェリオが無理しないかをアレクシアは心配する。さりげなく食事の席でそれを伝えれば、部下に任せる部分を増やすと言っていたので、良かったのか悪かったのかは考えないことにした。
(夏期休暇中、何をするかだ)
例年は夏期休暇といっても、アレクシアは王都に留まっている。交流会が学園から王宮へと場所を変え、王妃主催の茶会がその代わりになるからだ。
普段は参加していない、人の姿も増える。王太子の前後の年齢で、婚約者に据えても問題ないと判断された令嬢、将来の治世を支えてくれる令息を、王妃が厳選し招待していた。
(招待されたところで、今年はすべて不参加なのだけど)
交流会自体は、婚約者候補を辞退したので参加する資格がない。参加しても良い、むしろして欲しいようなことを言われたが、誰がそんな面倒くさい場に好んで行くかという話だ。
特に、価値観ががらりと変わった今、王妃が主催する茶会への招待は迷惑でしかない。身分社会で、正当な理由もなく、すべて欠席するのも失礼で不敬にあたる。なんて、面倒くさいことなのか。
参加しなくても、サヴェリオは怒らない。けれど、家門に迷惑をかけたくない。ぐるん、ぐるんと思考を回し、アレクシアは参加したくても参加できない、隣国へ逃亡することにした。
今は亡き、母の生家だ。
「お嬢様、旅の支度はすべて終えました」
「ありがとう、マリッサ」
隣国なので、夏期休暇のほとんどをそちらで過ごすことになる。当然この国にいないので、交流会と言う名の婚活には、不参加決定だ。
学園内から場所を移すことによって苛烈さが増す、仁義なき婚活バトルには関わらないのが吉である。どこの世界でも地位や財産がある見目のいい男は、奪い合いがすごい。今までは、その奪い取る側の筆頭に居たのがアレクシアなのだろうけれど。
もうそんな馬鹿馬鹿しい争いの渦中からは、抜け出すことにする。婚約者候補から辞退したことに対しての、王家より頼まれた口止めに了承はしたが、今まで通りに交流会へ参加する約束はしていない。
他の令嬢を牽制していたアレクシアが姿を見せないことで、王太子妃争いが泥沼化したところで、知ったことではなかった。
貴族派の令嬢、神殿派の令嬢、中立派の令嬢、誰がジェフリーを射止めるか見物でもある。ぱっと浮かんだ顔ぶれに、ジェフリーにアピールしながら、よく観察していたものだとアレクシアの優秀さを知った。自画自賛なり。
(まあ、邪魔になりそうな相手をチェックしていたのだけど)
ヒロインが現れた後は、争奪戦がどう変化するかわからない。
ヒロインが誰を狙い、攻略していくかで色々と変わってくる。逆ハーレムルートの攻略方法など知らないので、そのルートに関しての判断は、アレクシアにはできない。
(普通に考えて、現実世界で逆ハーはないと思うけど)
この国は王族に限り、側妃を持てる。それも、正妃に子が二年できないか、政略的な事情がある場合に限った。
だから、のちに聖女となるヒロインだが、一妻多夫など許されない。
特に聖女が所属する神殿は、一人の伴侶を唯一とすることを提言している。だからこそ、側妃を娶る王族と仲が悪いという事情もあった。
結局の所、ヒロインが何をどう選択するかで、情勢ががらりと変わる。国としての方針も、影響される。それを考慮すると、どうなってもいいように保険は必要だ。
そこで交流会から逃亡すると共に、隣国にいる母の父、アレクシアの祖父と祖母に、全力で媚びを売りましょう! 作戦だ。
要は、状況が悪くなったら隣国に逃げてしまうに限るということだ。
幼い頃は時々遊びに行き、可愛がってもらった記憶がある。本格的に婚約者候補の交流が激化してからは、自然と足が遠のいていた。
(他にも、原因はあるけど)
向こうの家には、娘がいない。
男ばかりの家で、アレクシアが遊びに行くたびに絡んでくる従兄弟の一人がうっとうしくて、行くのが嫌になった。
隣国まで行って、従兄弟に絡まれ、イラッとさせられたくはない。それならば、アレクシアとしてはジェフリーと交流がしたかった。
さすがに、この歳になってクソガキみたいな絡み方をしてこないと思いたい。兄のジョシュアの方は紳士的な振る舞いなのにと、弟のフィリップを思い出すとアレクシアは今でもげんなりした。
「お嬢様」
「なあに、マリッサ」
「私はガルタファル皇国に渡るのは初めてなので、不手際がありましたら申し訳ありません」
「そうだったわね。でも、お世話になるスペンサー家の人たちは、従兄弟のフィリップをのぞいた皆が優しい人たちだし、おおらかな国だから大丈夫よ」
交易が盛んで、異国の品、文化も多く流入している。その分、他国の文化を尊重していた。
排他的な意識を持ってはいない者の方が、多い。
「エリックは?」
専属の護衛なので、当然エリックも旅に同行する。他国での出歩きも不安にならない、安心、安定の実力だ。
「俺も初めてですね」
「では、せっかくなので色々と見て回りましょうね」
お忍びで、街へ出かける気満々である。治安も悪くないはずだ。
「食べ歩き、楽しそうでしょ?」
前世の記憶が甦ってから、まるで餌付けのように色々と与えている。結果、興味のなかった甘い物もエリックは好むようになり、今も表情を変えないように努めていたが、目は輝いていた。
忠犬のようで、かわいい。
「では、行きましょうか」
二人を引き連れ、玄関まで見送りに来たサヴェリオとレイモンドに出発の挨拶をする。悲しみをこれでもかーと湛えた顔で、まるで永遠の別れかのように嘆き悲しむ二人に、アレクシアもノリノリで合わせた。
淋しいのは本当だ。今まで長期間、二人と離れたことがない。
必ず帰ってくるからと抱きしめ合って、アレクシアは馬車に乗り込んだ。
「さあ、引き留められる前に行きましょう!」
この世界の主な移動手段は馬車なのだが、当然移動には時間がかかる。公爵家の馬車なので部屋が移動していると同じように快適に過ごせるが、疲れることには変わらない。それも隣国となれば、遠い目にもなるというものだ。
だからこそ、こんな時に使わずいつ使う! と、アレクシアは金に物を言わせて、主要都市に設置されている転移魔法陣を使用する。目的地に直には行けないが、かなり近くまで行けるので移動時間を短縮できた。
馬車ごと移動するので、気付いたら隣国だ、に近い。
ただしかなり高額なので、裕福な者にだけ許される、移動手段だった。
(ありがとうお金!)




