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この世界には、厄災を呼ぶ魔が封印されている。言い伝えでは、初代聖女が勇者と共に魔と戦い、なんとか勝利を得ることはできたが完全に滅することはできず、封印に留まったからだ。
以降、その封印の維持は神聖力を持つ、神殿に仕える者の役目となる。神聖力は生まれつき持つ者と、後天的に発現する者がいて、前者は見つけやすい。
この国を含めた周辺諸国では十歳になると、平民貴族関係なく、魔力検査を受けるからだ。そこで神聖力の有無もわかった。
神聖力、癒やしの力が使える者は多くない。だからこそ特別視され、神官または聖女見習として、神殿に仕える選択肢が与えられる。決して強制ではない。建前は、と注釈がつくが。
平民は貴族とは違い、魔力検査は個別ではない。神聖力があると、その場にいる他の人の目にも晒される。神聖力を持つ者が多くいる時はいいが、少ない場合は神殿仕えを辞退しづらい状況となった。
とはいえ、封印の維持を担う者になるため、報奨金が出ること、神殿では生活が保障されることで、平民の多くは喜んで神殿に上がるのを望んだ。
貴族は魔力の方を豊富に持つせいか、神殿に仕えられるほどの神聖力を持つ者は少ない、とされている。本当のところはわからない。身分も財もある貴族であれば、神殿に子どもを渡そうなどとは思わないからだ。
後天的に神聖力が発現したとして、学園の卒業時の進路に、神殿へ仕えることを選ぶ者はいる。こうして神殿に仕えることとなった者が封印の維持に努めているが、本来の聖女の力には遠く及ばない。
少しずつ封印は弱まり、魔は力を取り戻していく。
「そう遠くないうちに、聖女様が誕生されるのかもしれませんわね」
ジェイニーの言うとおりだ。
魔が強まる時には、決まって聖女が現れる。それがこの世の理だ。
(知ってる、知ってるよ)
その聖女となるのがヒロインなのだから、魔が強まるのはもう決定事項になる。下位貴族の庶子であるヒロインが我が物顔で、きゃっきゃうふふと見目麗しい攻略対象者たちと、戯れることが出来る要因でもあった。
そりゃね、魔と戦えとかそんな危ないことをさせられるわけじゃないし、封印をし直すだけの簡単なお仕事だし、男攻略に精も出るというものだ――と、悪意バリバリのことをアレクシアは考える。ふっと唐突に、ハーレムルートがあることを思い出したからだ。
ヒロインのために存在しているカモなのだから好きにすればいいと思うが、そこに巻き込まれる役割を与えられていれば、文句くらい言ってもいいはずだ。
「あ、アレクシア様、ごめんなさい」
失言だった、と後悔を滲ませ、ジェイニーが目を伏せる。すぐには謝罪の理由がわからず、アレクシアはきょとんとした。
ぱたぱたと瞬きして、あ、と気付く。
聖女は、王族と婚姻を結ぶことが多いからだ。
聖女であるというだけで、王太子妃の座をいとも簡単に得られる。望むだけでいい。そこに努力など、必要なかった。
前世の記憶が甦ったアレクシアだからいいが、ジェフリーを想い、努力し続けるままのアレクシアだったら、そんな状況は闇落ちも仕方がない。
「ジェイニー様、今までの私の行動から、気を遣わせてしまいましたね」
「いえ! わたくしが浅はかなばかりに、本当にごめんなさい」
(謝らないでー!)
心の中で悪態などついたせいで、うっかり表情にも出ていたのかもしれないと、しょげるジェイニーの姿にアレクシアは心が痛む。
この状況におろおろしているアリアーナにも、申し訳ない。本当に、ジェフリーのことはもう心底どうでもいいと思っている。アレクシアが大切にしたいのは、ジェフリーよりも二人の方だ。
「ジェイニー様の謝罪は、本当に必要ないのよ」
えーい言ってしまえ! と、アレクシアは決意する。友だちを暗い顔にさせてまで、黙っていなければいけないことではない。
「まだ、ここだけの話にしてくださいね。私はもう、王太子妃を望んでいないの」
二人が、驚愕の表情を浮かべる。そんなに驚くことかなと、アレクシアは少し苦く思った。
「急に、どうされたのですか? あんなに努力されていたではないですか」
(いやー! 思い出さないで! 言わないで!)
表情は平静を装いながら、アレクシアは心の中で叫ぶ。
本当に、今までの黒歴史がつらい。
ふっと思い出すたびにアレクシアは羞恥に駆られているが、よくよく考えてみれば、他の人も知っている。そちら方の記憶も、消去したくなった。
「今までは盲目的で、意地になっていたと気付いたの。そうしたらもう、どうでもよくなってしまいましたわ」
まったく! 未練などないからね! と、伝えるように、アレクシアは軽やかに笑う。
「だって、視野を広げたら自由時間が増え、お友だちもできて、以前より充実しているのよ? 私」
友だち、とアレクシアが言葉にすると、二人の表情が輝く。
一方通行でないことが、嬉しい。
「それに、追うよりも追われる方、愛を乞うよりも乞われる方が、私には合っていると思いません?」
これでどうだ! と、以前イアンにも言った台詞でアレクシアは締める。少し高飛車を意識すれば、二人の表情から納得したのが伝わってきた。
「ええ、ええ。そうですわね。アレクシア様はそうでなくては」
ぱっと花が綻ぶように、ジェイニーが美しい笑みを浮かべる。美少女の笑顔は尊い。一瞬眩しく感じて、そんなに喜んでくれるのかとアレクシアも嬉しくなった。
「はい! そちらの方が、アレクシア様って感じがします」
「でしょう?」
かわいらしくアリアーナも同意してくれたので、すっきりした気持ちでアレクシアは微笑む。
「お二人とも、以前の私ではなく、今の私を見てくださいね」
これでヒロインが登場した後、ジェフリー含め攻略対象者に突撃していこうが、二人はアレクシアが気分を害さないかと気にかけることもない。
ヒロインの無作法に対して、アレクシアの代わりに苦言を呈しに行き、代わりの悪役令嬢役と化すこともないはずだ。
この世界の常識を身に付けた後では、ヒロインの非常識さがわかる。譲りに譲って、聖女として立ってからならまだわかる。けれどそれ以前の、ただの男爵令嬢でしかない身分で、高位貴族である攻略対象者たちに無遠慮に近づいて行くなど、身の程をわきまえていないと詰られても仕方のないことだ。
(毒見が必要な王族に、手作りのお菓子をあげるとか頭おかしすぎるから!)
それを指摘し、注意したアレクシアが悪者になるのだからやってられない。
今まで散々アレクシアが差し入れた物――当然手作りなどではなく公爵家が用意した物――には手をつけず、ヒロインの手作りの物は食べるジェフリーも、対応を間違っていると言わざるを得ない。
行動に責任が伴う立場のある者なのに、恋に狂って思考が停止している。男爵令嬢よりも、公爵家が信用できないと公言しているようなものだ。
ゲームのシナリオを思い出すと、アレクシアのジェフリーに対する好感度がぐんぐん下がっていく。
同じ行動を取るとは限らないが、先入観という物はなかなか覆らない。その機会を、アレクシアはすでに手放すと決めているから尚更だ。
「王族の伴侶となる可能性が高いのですから、聖女様、素敵な方だといいですね」
常識があり、応援したくなるような真っ直ぐな子で、攻略対象者の一人に一途であればいいと願う。ハーレムルートなんて選択しようものなら、邪魔をしたくなるからやめてほしい。
アレクシアだけでなく、ジェフリーの婚約者候補を筆頭に、他の高位貴族の令嬢たちからも反感を買うのは必至だ。
面倒くさい展開になりませんように、このまま平穏な日々が続きますようにと、アレクシアは祈るばかりだ。
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