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 野菜を使用したスイーツ店の企画立ち上げが決定となり、本格的に動き出すと意識はどうしてもそちらの方へ向く。

 アレクシアは無意識に頭の中で、段取りを組んでいた。


 ――アレクシアの店だ。好きにしていいからな。

 ――資金面は気にしなくていい。


 そんなことを、サヴェリオに言われれば尚更だ。

 ふわりとテンションが上がり、外装、内装、コンセプト、夢が広がっていく。


 パティシエのテリーと――厨房に顔を出すことで名前を知ったアレクシアは、野菜を使っても違和感なく美味しく食べられるスイーツをあれこれ試しているうちに、あっという間にテストの日は近づいてくる。試作と平行して立てる事業計画が前世の仕事を思い出させ、つい夢中になってしまった。


 その反面、勉強への意欲は限りなく低くなる。さすがにまったくテスト勉強に手をつけないのも良くないと思うのだが、教科書を開いてもやる気は出ない。


 こうなったらもう、テストと言えば、のいわゆる一夜漬けで挑もう! と、アレクシアは目論んでいた。


 気付けば過去形になっていたのだけれど。

 習慣とは恐ろしい。テスト前日にも流れるようにベッドに入り、気付けば朝を迎えていた。


(もういいや)


 成績が下がれば、王太子妃に相応しくないと評価されるかもしれない。それいいな、うん、とどこか投げやりな気分で受けたテストではあったのだが、驚くべきことに結果は六位。恐るべし、アレクシアの潜在能力だ。幼い頃からの努力の賜ともいうのだが。


 加えて、優花の記憶も役に立った。前世でした努力なので、ズルではない。


 まともなテスト勉強をしていないのに、この結果なら充分だ。

 むしろ、十位以下だとアレクシアは予想していた。


 アリアーナとジェイニーの勉強につき合い、教えていたのが功を奏したのかもしれない。共に勉強する時間を通して、二人を友だちと呼べる関係にもなれた気がする。そのことが、テストの結果よりもアレクシアは嬉しかった。


 勝手にアレクシアに対抗意識を燃やしていたルイジは、念願のアレクシアよりも上位、首位のジェフリーに続く次席を取っている。これで満足しただろうと思えば、成績発表の紙を睨み付けるようにし、眉間にくっきりとシワを刻んでいた。


 これは首位でなければ満足できないのか? と、その表情からアレクシアは判断する。けれど首位はジェフリーで、将来仕える相手だ。多少の忖度くらいはいいんじゃない? と、前世社会人経験者は考えてしまった。


 見目麗しい男の子たちが、若さゆえでも、もともとの性質でも、負けず嫌いで対抗心を燃やすのは嫌いではないけれど。


 スポーツとなれば、それは本当に熱い。見ている方も、胸が熱くなる。ドキドキハラハラしながら、アレクシアは前世で若くもないのに徹夜し、マンガを読みふけった。


 そんなとりとめもなく流れていくアレクシアの思考を、ジェイニーの声が現実に引き戻す。テストお疲れさま会のつもりで、勉強会の顔ぶれで街のカフェへと来ていた。


「交流会に、本当に参加されなくてよかったのですか?」

「ええ。私はいいのだけど、ジェイニー様は本当によかったの?」


 テストが終わったので、今日は交流会が開かれている。間違えたところを見直す、勉強会の意味合いも強い。けれどアレクシアはもう参加する気はないし、友だち同士で出かけるカフェに浮かれ、今はもう頭の中から消えていたことだ。


「もちろんですわ。アレクシア様とアリアーナ様と、お茶をしながらゆっくりお話しできるのですから、こちらの方がわたくしは楽しいですわ」

「あの、私に気を遣われてたりしませんか?」


 交流会のメンバーではないアリアーナが、おずおずと声を上げる。すぐに、アレクシアは否定した。


「実は、前回あれもこれもとスイーツを食べすぎたら、殿下に睨まれたの」

「いえ、だからあれはそうではなく」

「そう? でもね、気兼ねなく食べたいから、お二人を誘ってカフェに来たのよ」


 少し呆れぎみにジェイニーがフォローを入れてくれるが、アレクシアは聞き流す。建前は大切だ。


「やっぱり、誘って迷惑でした?」

「迷惑だなんて! わたくしはアレクシア様に誘っていただけて嬉しかったですわ」

「私もです! アレクシア様が無理なさっていないのでしたら、嬉しいだけです」

「よかった」


 空気を読んだかのタイミングで、店員により運ばれてきたアフタヌーンティーのセットに、アレクシアは目を輝かせる。テーブルの上がぱっと華やかになり、どれもが優美で目を惹き付けた。


 味の方も最高で、自然と表情が緩む。幸せだ。

 同じように表情を綻ばせていたアリアーナが、不意に憂いを混ぜる。小さく、ため息さえついた。


「次は、実習ですね」

「そうですわね。初めてなので、どきどきしますわ」


 二人の会話で、アレクシアも思い出す。

 テストが終わり気も緩んでいたが、夏期休暇の前にはまだいくつか実技試験が残っている。うっかり怪我などしてテスト勉強に支障が出るのはよろしくないと考慮され、後に回されていた。


 安全対策はしっかりされてはいるが、そこは学生、未熟だからこそ何をするかわからない。不慮の事故が、起こらないとはかぎらなかった。


「近々、実技演習の班編成が発表されますし」


 更に、アリアーナの表情が曇る。手に持っていたフォークを置いた。


「私、魔力操作が苦手で……同じ班の方に、迷惑をかけないか心配なんです」


 班編成に爵位は関係なく、同程度の実力になるように組まれる。多少の忖度はあるのではないかとアレクシアは見ているが、高位貴族と下位貴族が混ざらないとは言えない。学園内では身分は関係ないとはいえ、そこに実力差もあれば、居心地の悪さ、プレッシャーは察して余りあるものだ。


「ジェイニー様は魔力量も多く、制御も得意ですから羨ましいです」

「アリアーナ様、あまり気負わない方がよろしいですわよ。出来ることをする、それが実技試験の採点基準でもあるのですから」


 見た目のキツさに似合わず、ジェイニーは優しい。

 すぐにフォローを入れて、瞳を不安に揺らすアリアーナを励ました。


「ジェイニー様の言うとおりに、無理をしないのが一番です。出来る方に、お任せしましょう」


 堂々と、アレクシアは言い切る。実践などは特に、適材適所だ。

 無理をしてはいけない。


「私は後方で、余計なことはせずにいるつもりですので、頑張ろうとする方はきちんと評価されるので大丈夫ですわ」


 魔法が身近な世界で、貴族ならば魔法を使えて当然ではある。制御の仕方も、使用方法も、学園の授業で習っている。そんな中でアレクシアは高位貴族にもかかわらず、魔力量は少ない、と言われていた。


 そんなアレクシアと同じ班になっただけでも同情するし、うっかりアレクシアが怪我などしようものなら、かすり傷でも班の全員が顔面蒼白ものだ。


 だからこそ、余計なことはしないに限る。前世では馴染みのない魔法や剣を使った実習は、楽しそうではあるけれど。


「わたくしがアレクシア様と同じ班でしたら、お支えできるのですが」

「ジェイニー様、その気持ちだけでも嬉しいですわ」

「お二人ともありがとうございます。気持ちが楽になりました」


 にっこりと笑って、アリアーナが焼き菓子へと手を伸ばす。

 それに倣うように、アレクシアも焼き菓子へと手を伸ばした。


「アリアーナ様が憂う気持ちもわかりますわ。そろそろ魔の力が強まる年回りで、実習もそれに合わせてより実践に近くなると聞いておりますもの」


 ほう、とジェイニーが悩ましげに息を吐く。


 そうだった、とアレクシアはハッとさせられる。前世の記憶が甦り、ここは乙女ゲーム世界との印象が強くなり、見事に失念していた。


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