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【書籍化&コミカライズ】悪役令嬢なので、溺愛なんていりません!  作者: 美依
第一章

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 好奇心は猫を殺す、と言われている。交流会はアレクシアにとって、そんな場だ。わかっているのに、足を運んでしまった。


 友だちと呼べる人ができ、最近は学園生活が充実しているので、攻略対象者見学はもういいかな、に傾いていたのだが、参加しなければいけない理由ができてしまったからだ。


 悔しい。抗えない不甲斐なさをひしひしと感じながら、アレクシアはふわりと柔らかなスポンジにフォークを差し込んだ。


 一口サイズにカットし、上品に口に運んで、その美味しさにアレクシアは脳内ではジタバタする。さすが王宮のパティシエが作る渾身のスイーツだ。見た目の芸術的な美しさもさることながら、味も極上だった。


(限定スイーツの誘惑には抗えなかったわ)


 無料だし、並ぶ必要もない。ビュッフェ形式ではないのは残念だが、頼めば運んできてくれる。今までこんなに素晴らしいスイーツに目もくれずにいたなんて、本当に不覚だ。


 後悔しかない。なぜ食べなかったんだと、過去のアレクシアが恨めしかった。


 テーブルの上に並べられたスイーツの数々は、交流会のためだけに用意されている。この場に参加する資格がなければ、食べることはできない品だ。


 アレクシアの婚約者候補辞退は既定路線なので、近々参加資格を失う。

 今のうちに限定スイーツを食べないなんて損でしょ!? ねぇ!? そうだよね!? と、誰にともなく言い訳した。


(はあ、幸せの美味しさ)


 ただ、視線がうるさい。せっかくなら、誰に気兼ねすることなく幸せなひとときを堪能したかった。


 理由はわかっている。今までとは違い、ジェフリーの歓心を得ようと必死になることなく、アレクシアが黙々とケーキを食べているからだ。


 今回は主にスイーツを堪能するために参加したのだから、アレクシアのことなど置物だと思い、放っておいてほしい。どうせ話しかけたところで、実りのある会話にはならないのだ。


「ジェフリー様、テスト勉強でわからないところがあるのですが、教えていただけますか?」

「あ、わたくしも教えていただけたら嬉しいですわ」


 アレクシアが沈黙を守っているとことで、侯爵令嬢のユディット・ヴァーセルと伯爵令嬢のオリビア・オルソンが、必死にジェフリーへアピールしている。当たり障りのない返事にきゃあきゃあ言ってはいるが、端から見れば適当にあしらわれているのとわかった。


(ヒロインがジェフリールートじゃなかったら、誰を王太子妃に選ぶんだろ)


 そんな疑問が浮かぶ。

 正しくジェフリーの内心は窺えないが、誰に対しても平等に接している。裏を返せば、誰にも興味がないということだ。


 ヒロインが登場していない現時点では、自らの立場を盤石にするために結婚は政略と割り切り、時が来たら自らの治世に益になる者を王太子妃とする意向でいてもおかしくはない。攻略対象者でもある第二王子は野心家だ。


 ただそんな割り切った考え方がジェフリーにできるのならば、最高の条件であるアレクシアが好意を寄せていたのだし、適当に優しくし、いいように手のひらで転がすのが最適解だ。


 それができないのは若さゆえなのか、単に好ましいと思える女性が今のところいないのかはわからなかった。


 この場で、家柄的に有力なのはユディットである。同じ侯爵家のジェイニーは、ジェフリーに興味がない。できれば選ばれたくないと言っていた。


(さて、頃合いかな)


 暗黙の了解として、最初は皆でお茶を飲むことになっている。その後は、各々の自由だ。


 アレクシアが手に持っていたカップを置いたタイミングで、予想通りにジェフリーが自由な交流を促す。爵位の下の者が動きやすいように、自らも席を立った。


 ジェフリーと同席するため、ユディットとオリビアも席を立つ。

 今までならアレクシアが率先して席を立ち、ジェフリーの後を追っていた。


「ジェイニー様、私とあちらの席に移動しませんか?」

「え? はい!」


 一瞬驚き、けれどすぐに嬉しそうにするジェイニーと、アレクシアは壁際の席へと移動する。軽い目配せで、お茶とお菓子を運んでもらうように頼んだ。


 中央のテーブルから離れたソファに座ると、呼吸が楽になった気がする。そしてこの場所は、人間模様をゆっくり眺められるベストポジションだ。


「あの、アレクシア様。誘っていただけたのは嬉しいのですが、ジェフリー様とお話しされなくていいのですか?」


 おずおずと、ジェイニーが尋ねてくる。ええ、とアレクシアは軽く頷くと、ジェイニーの耳元に顔を寄せ、実は、とひそめた声で続けた。


「今日、スイーツを食べに来たの」

「まあ!」


 完全に予想外だと言わんばかりに、目を見開く。

 見た目はきつい印象なのに、話すとジェイニーはかわいらしい。そして、何故かとてもアレクシアを慕っていた。


「ジェイニー様も、せっかくなので食べたらいかが? さすが王宮のパティシエ、すごく美味しいわ」

「そう、ですわね」


 フルーツがたっぷりのったタルトへフォークを入れるアレクシアに倣い、ジェイニーもフォークを手にする。一口サイズにしたそれを口に運び、表情を緩めた。


「今まで、手をつけなかったのが悔やまれますわね」

「そうよね。せっかく作ってくださっているのだもの。食べなければ失礼だわ」


 もったいないおばけが出るわよ! と、心の中で叫ぶ。

 上品に少しずつ食べながら、アレクシアはせっかくなので攻略対象者を盗み見た。


 現騎士団長の息子で、ステファノ・ガラッシ侯爵令息。


 赤味がかった茶髪はかなり短く、瞳は同系色で、精悍な顔立ちをしている。性格は明るい。注釈をつけるならば、脳筋。


 力こそすべてと思っている節がある。ちょっと、いやかなり暑苦しい熱血タイプだと、アレクシアの記憶が言っていた。


 宮廷魔道士の息子で、ルイジ・メオーニ侯爵令息。


 肩まである藍色の髪は後ろで結ばれ、黒にも見える濃い灰色の瞳で、線の細い優しげな顔をしている。だが、とても口が悪い。馬鹿な女とは話したくないと思っている節がある。


 日々ジェフリーに執着するアレクシアにいい感情があるわけがなく、冷たい眼差しを向けていたのに、前回のテストでは負けて茫然としていた。


 宰相の息子である、イアン・キャフリーは欠席だ。

 いないのが当たり前なので、誰も気にしない。


 そして攻略対象ではないが、伯爵令息のラウル・ファールがこの場にはいる。個性の強い人たちの間に入る、常識人で苦労人だ。


 そんな彼の傍らには、伯爵令嬢のディアナ・レーマンがいる。ここは確定かな、とアレクシアは予想した。


「アレクシア様、あの……」

「なあに?」

「その、ジェフリー様がこちらを気にされているようですが」


 囁くような声で、ジェイニーにこっそりと耳打ちされる。つい眉をひそめそうになっていけない。時々視線を感じるのは気のせいじゃなかったのかと、アレクシアはため息をつきたくなった。


(えー、なんでこっち気にしてるんだろ)


 交流の邪魔などしていない。無駄に視界に入ろうともしてない。

 記憶が甦ってからは、追いかけ回して柱の陰から眺めてもいなかった。


 昨日細マッチョの身体を見てみたい好奇心に負けて、エリックを脱がせたのを――いや、アレクシアの自室でのできごとを知るわけがない。だいたい、アレクシアのことをジェフリーが知ろうなどとは思わないはずだ。


(何か気に障ることした?)


 と考え、はたと気付く。

 何もしていないからか――と。


 今まで、それはもう毎日毎日つきまとっていた女が、急にまとわりついてこなくなったら不気味かもしれない。急な方向転換は、安堵よりも警戒心が強くなるようだ。


「ジェイニー様」

「はい」

「ちょっと、遠慮なく食べ過ぎたかしら?」

「……違うと思いますわ」


 呆れたような眼差しを、ジェイニーに向けられる。けれどジェフリーがアレクシアを、なんて妙な誤解され、期待を持たれるよりもその方がよかった。


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