番外編 同じ歩幅で
悪役令嬢なので、溺愛なんていりません!2巻
本日(5月2日)発売です。
書影は活動報告にあげてあります。お迎えしていただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
時間にすればわずか数ヶ月、けれどアレクシアの世界が変動するには充分だった。
前世の記憶が甦るなんて荒唐無稽な出来事があり、恋心が黒歴史に変わり、自他共に認めるジェフリーのストーカーをやめて王太子妃候補から辞退した。
掲げた当初の目標は達成し、後は実家の公爵家で悠々自適なおひとり様生活を謳歌するだけ――のはずだった。
すでにこれも過去形だ。本当に人生何が起こるかわからない。
「街は今日も人が多いわね」
すっかり目に馴染んだ市井の街並みを眺め、アレクシアは足を止める。客引きの店員に値切る客、快晴で絶好のお出かけ日和のせいか、辺りいっぱいに楽しげな喧騒が広がっていた。
「お嬢、あまり離れないように」
「わかっているわ。エリック」
本当ですか? と確認するマリッサの目に気づいたが、アレクシアは受け流す。
こうして三人で市井にお忍びで出かけるのもすでに慣れたものだ。
いつもならここにフェルナンドが加わる。今日は珍しくも留守番だ。
いわく、プリンのやつに会うならブレスレット姿で着いていってもメリットがない、甘ったるい空気で胸やけはしても腹は満たされないからいかない、だ。
――土産はたっぷりよろしくな。
ソファに置かれたぬいぐるみに猫の姿でもたれかかり、右の前足をゆらゆら振っていた。
「お嬢様、もうお待ちです」
「そうね」
周囲にいる女性の視線をこれでもかと浴びている。慣れているのかどうでもいいのか、イアンは我関せず涼しい顔だ。
ふっと視線を上げて、アレクシアの姿を認めた途端、デフォルトとも言える仏頂面を緩ませた。
長い足であっという間に距離を詰めてくる。
「アレクシア嬢、会えて嬉しいよ」
笑顔とまではいかないけれど、常日頃のイアンに比べると充分感情が窺えるどころではない。反則! と何かをたたきたくなるときめきをアレクシアは感じた。
「おおげさではありませんか?」
なによその台詞! と心の中で叫びつつ、必死で平静を装った。
私とイアンで甘い空気? と、フェルナンドの台詞をアレクシアは鼻で笑いたいが笑えない。あんなに無愛想で、他人に興味がないようだった今までのイアンとのギャップにどうしても鼓動が跳ねた。
「いつ妨害されてもおかしくないからな」
「……そうですね」
愛の重い家族二人の顔がアレクシアは浮かぶ。誰と会うかを正直に告げれば、阻止しようとしていたかもしれない。
「ですが、私はおとなしく箱に入っているようなお嬢様ではありませんので」
約束があるならば、どんな手を使ってでも出かける。最終手段は泣き落としだ。
更に奥の手として、嫌いになります宣言も二人には有効だろうと想定している。今のところまだ両方使ってはいないけれど。
「頼もしいな」
軽く口角を上げ感心するイアンに促され、本日の目的地であるカフェへ移動する。今日はいわゆるデートだ。面はゆい響きで、関係が変わったことにまだ慣れない。
笑顔の店員に窓際の席へ案内され、不意に目に入った日差しにアレクシアが目を細めると、イアンがさりげなく位置を変えて影を作る。そのせいで距離が近くなった。
「アレクシア嬢、こちらの席へ」
反対側の席へ促される。どちらかといえばイアンは鈍感で、女心には疎いはずなのに紳士的な行動はさらりとするからずるい。なんて思ってしまうのは、自分でもどんな心情なのかアレクシアは正しく理解できなかった。
「お気遣いありがとうございます」
向かい合って座り、アレクシアは気を取り直してうきうきとメニューを眺める。
初めて入った店だ。あれも気になるこれも気になる。真剣に悩み、時間を取り過ぎかと窺うように伏せた視線を上げるとイアンと目が合った。
「イアン様、決まりました?」
甘い物が苦手ではないのは知っているが、このメニューの中からイアンが何を選ぶのか気になる。想像するとなんだか可愛く思えて楽しいが、飲み物だけの可能性もあった。
「アレクシア嬢と同じ物を頼む」
思わぬ返しだ。イアンが選んだものから好みを探ろうと考えていたのだが、それではわからない。
「ご自身で選ばなくていいのです?」
「同じ物を食べて、感想を共有したい」
ストレートな愛情表現に、アレクシアは動揺する。なんとなく負けた気分になっていると、イアンが言葉を継いだ。
「俺はまだ、アレクシア嬢について知らないことばかりだ。だから好むものを知りたい」
同じことを考えていたらしい。
一緒に過ごす時間は増えたが、互いに知らないことはまだまだ多かった。
じんわりと心の中があたたかくなる。くすぐったくもあった。
以前は完全に一方的だった。婚約者候補として知ろうと努力したのも、好かれようと努力したのも全部独りよがりだった。
「もちろん、苦手なものも教えてほしい」
妙に真剣な表情で告げるイアンに、アレクシアは笑いたくなる。
「では、私にも教えてくださいね」
前世でイアンのプロフィールを見たはずなのに、見事なくらいまったく思い出せないことが悔しくもどかしかったが、そんな反則技を使わなくても本人がいる。
差し出された手を取って、一緒に生きて行くと決めたのだから、少しずつイアンを知っていくのもアレクシアは楽しく思えた。




