プロローグ
悪役令嬢ものが書いてみたかったんです。
異世界へ転生なんて、空想の中の出来事でしかない。
その認識を、アラサーになった有森優花は疑うことなどなかった。
世にあふれかえる娯楽の中にあるコンテンツの一つで、もしかして自分にも――なんて空想することさえなかったのに、本当にありえるのだと身を以て知る。
ある日ふかふかの寝心地のいい大きなベッドの上で目が覚めたと思えば、アレクシア・ロシェット、公爵令嬢だった。
一人暮らしをしていたマンションの一室よりも遙かに広い部屋、見るからに高級とわかる豪華な家具たち、上は王族だけという高貴な身分。まったくもって、嬉しくない。身分には、それ相応の責任と義務が伴うものだ。
転生前は、他人からどう見られようとも気にせず、お一人様を満喫していた。
むしろ、今現在も強い未練が胸の中に燻るほどに楽しんでいた。
昨今ブラック企業という言葉をよく耳にする中で、かなりホワイトな、優良企業で優花は働いていた。残業がなかったわけではないが、業務に必要な残業に文句はない。賃金も発生するのだから、当然受け入れる。こつこつと真面目に働き、それなりに出世もした。
恋愛に関しては、向かないと悟ってすぐに、距離を取ることを選択している。合コン、婚活、取引先の誰々が格好良い、そんな話に花を咲かせる同僚が多い中、優花は適当に聞き流していた。
一人は、気楽だった。強がりではなく、本当に。
誰かの顔色を窺うことも、遠慮することもない。仕事を離れてしまえば縛られるものはなく、そのときの気分で行動できる。映画、読書、ゲーム、お腹が空けば自炊もするし、外食もした。
次の長期休みには海外旅行もいいな、一人で行っちゃう!? なんて考えていたのに、まさかの人生リセットだ。旅行には行きたかったけれど、異世界への転生なんて望んでいない。
手放したものの大きさに、目の前が真っ暗になる。第二の人生を謳歌しようなんて、すぐには気持ちを切り替えられなかった。
この悔しさを、何に、誰にぶつけていいのかわからない。娯楽に溢れた前世に、未練たっぷりだ。
残してきたものを思い出すと、頭を抱えくずおれたくなる。たとえこの世界が、プレイしたことのある某乙女ゲームの世界だとしても、まったくもって嬉しくなかった。