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剣王と《自然災害》#4

 ドラゴーヌとの闘いでの傷が癒えるまで、およそ六十から九十日。


 その間にやることは大体決まっていた。

 それは怪我の治療、そして戦闘技術の向上だ。


 正直なところ、俺はドラゴーヌへリベンジしたいと思ってはいなかったのだが、どうにも相棒が乗り気だった。


「剣王様、今日は討伐依頼をこなしてきました。オルグボアの素材と肉を確保してきましたから、今夜はお肉にしましょう」


 オルグボアとは温暖な季節によく見られる猪の魔物である。

 個体差にもよるが、その多くは駆け出し冒険者でも仕留められるほどの強さでしかない。


「まさか一人で狩ってきたわけじゃないだろうな」と俺は言った。

「いいえ、剣王様の『必ず誰かと組んで討伐すること』という言いつけは破っていません。ちゃんと三人で組んで狩りましたよ」

「……その割には報酬が多いが、何頭狩ってきたんだ」

「五頭です! 他の冒険者に囮役を務めてもらったおかげで、魔法で効率よく仕留めることができました」


 即興で組んだパーティで、一日に五頭仕留められたなら冒険者としてはかなり効率よくやった方と言える。


「よくやったな」と相棒を褒めると、彼女は嬉しそうにこう言った。

「えへへ、ありがとうございます! あと、魔物の肉を食べると回復が早くなるとギルドの受付の女性も言っていました。あの人は剣王様とよく話すからあまり好きではありませんでしたけど、思ったよりいい人で安心しました!」


 こんな具合に、相棒は動けない俺の代わりに依頼をこなしてくれるようになった。


 怪我をした冒険者は、稼ぐ手段を失って生活が苦しくなり、そのまま転落していってしまうことが多い。


 その点、個人で討伐依頼を受けられる年齢まで成長した相棒が俺には居たので、安心して治療に専念できるようになった。


 だが、この期間をただ治療だけにあてるわけにはいかない。


 相棒が進んで魔物討伐を引き受けるようになったのも、ドラゴーヌとの闘いに向けて実戦経験を積むためだ。

 俺に遅れまいと、俺に並びたてるようにと。


 相棒の心意気を無駄にしないために、俺は治療期間中も鍛錬を続けることにした。


 体力が下がってしまわないよう、杖をつきながらでも可能な限り街を歩き続けた。


 それから、歩き回っても痛みに喘ぐことがなくなった頃、剣を握るようになった。


 宿屋やその周囲で剣を触れる場所は無かったので、冒険者ギルドの鍛錬場――という名称で呼ばれているただの空地で、素振りを始めた。


 俺が剣の師匠に出会ったのは、この時、この場所だ。


 師匠は俺より年上の女性剣士であり、隻腕だった。

 左腕を失っていながら、重量的に扱いやすい片手剣ではなくてロングソードを、右手だけで振り回していた。


 重さに振り回される様子もなく、傍目には男のような剛腕が備わっているか、驚異的に軽い剣を持っているように見えた。


 しかし、彼女の腕には並の女性以上の筋肉がついていたものの、逸脱しているわけではなかったし、持っている剣だって稽古場に常設してある刃引きされた鉄製の安物だった。


 俺が師匠に興味を抱くようになったきっかけが、それだった。


「片腕でどうやってその長い剣を振り回せるのか」と俺から話しかけた。

 剣に集中していたらしい彼女は、一瞬俺をにらみつけて来たものの、相手してくれた。


「剣を体の一部にすれば、これぐらいは」と、ぶっきらぼうな答えが返ってくる。

「剣を、体の一部に?」

「なにも剣に限った話じゃないよ。槍でも槌でも杖でも、アタシは扱ったことがないけど、弓矢だってそんな感覚が大事だって、知り合いの弓使いに聞いたことがある」

「どうやれば……その感覚が得られるんだ」

「さっきからアンタがやっているようなやり方じゃ、十年経っても一歩も進まないよ。力任せに振り回すだけなら、トールベアーの腕に剣を括り付けて振り回させた方がよっぽど強い」

「まるで見てきたかのように言うんだな」

「見てきたさ、討伐対象だった。実際に相手してみたら、本当にそこらの剣士よりか厄介だったよ」


 そう言って、可笑しそうに師匠は笑った。


 この出会い以降、俺は体が動かせる日はギルドの鍛錬場へ足を運び、ほぼ毎日一時間ほど剣の鍛錬をする師匠と共に剣を振った。


「いいか、今のアンタは左側の手足が使えないけど、知っての通り実戦だとその状態でも戦わなきゃならない状況もやってくる。だから、そんな状態でも戦えるようにしておくんだ」

「いったい、どうやれっていうんだ」と俺は言った。


 体の右半分に無理させて剣を振ったせいで、疲労困憊だった。


「軸を意識して、こんな感じに振ればいい」


 そう言った後、師匠は俺の前で右足で立ち、右腕で剣を振った。

 一度、二度、三度と繰り返しても体幹は一切ぶれない。地面に根を下ろしているみたいに。


「実戦に臨むなら……最低でもこれぐらいは出来た方がいい。死にたくないのなら」


 師匠は剣を鞘に収めると、右足で前へ跳ね、右腕で着地し、また前へ跳躍した。

 耳に響く、短く力強い呼気。


 先ほど居た場所より三歩ほど離れた位置に着地し、剣を振り抜いた師匠が居た。

 宙返りからの抜剣だった。

 すべての挙動が無駄なく繋がり、一つの技となっていた。


「今のはなんていう技なんだ」と俺は聞いた。


 すると師匠は、目をしばたたかせた。

 それは普通の女性が困惑したときに見せるような仕草であり、かえって俺の方が惑わされた。

 師匠は右手で右の目元を掻くと、こう言った。


「あんなの技なんかじゃない、名前なんか無いよ」

「技じゃない?」

「魔法使いじゃないんだ、アタシやアンタみたいな剣士は。剣に技なんかないんだ。それでも技っていうものが欲しいなら……」

「欲しいなら?」

「もう、アンタは持っている。剣を振るうやつの、剣にまつわるすべてを合わせてたった一つの技だ。アンタの名前は知らないけど、アンタの名前がアンタの剣技になる」


 剣に名前を付けたら、それにこだわるようになる。

 戦いで振るう剣は、絶えず動き続けるべきだ。

 剣に《居つき》があってはならない。


 それが、俺の師匠が持つ、剣に対する心構えだった。


 この心構えが、この人との出会いが、後に待ち受ける修羅場を潜り抜けるための底力を与えてくれた。


 そのことを俺が自覚するのは、師匠との出会いより、もう少し先の話になる。

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