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名前負けの《剣王》の誕生

* * *


「剣王様が私を捨てようとしたときのことは決して忘れません。あの時が私の人生におけるどん底でした。魔物の住処に捕らわれていたときでさえ、あそこまで絶望していませんでした。せっかく掴み取った光を、幸せを、まさか与えてくれた当人が私から奪おうとしたのですから」


 あれから何年も経つというのに、未だに相棒はあの時のことを覚えている、というか根に持っている。


 彼女を魔法使いとして真っ当に生かすため、身元引受人を知り合いの魔法使いに変更するよう提案したのに、かえって俺は彼女を不安にさせてしまったのだ。


* * *


 ゴルドフォックスを討伐した後、俺はそれまでの人生で最も富んでいた。ほぼ無傷の金色の毛皮、しかもそれが大量に、俺の元にやってきたからだ。


 毛皮はすぐに買い手がつき、三日と経たずにすべてが金貨および銀貨になった。


 普通、珍しい素材であっても買い手がつくまでに十日はかかるのに、美しい毛皮は異例の速さでの換金されたのだ。


 それだけではなく、冒険者ギルドの俺への評価も大きく上がった。


 堅実に身の丈に合ったクエストを達成していくという俺のスタイルは、血気盛んな冒険者の中では珍しく、経験年数のわりにギルドからのちょっとした信頼を勝ち得ていた。


 それがいきなり大型の魔物をたった一人で討伐したというのだから、驚かれたものだ。


「あなたは下心が見え見えですが手堅く任務達成していく人間、と思っていたのですけど……たまには冒険するんですね」

「まあな、あんたも俺と一緒に冒険してみないか」

「それを口説き文句で言っているのでしたら、お断りです。言葉選びのセンスのなさに寒気がしますし、何のひねりも無いところも大きくマイナスです。今度言ったらギルド長に報告しますので」


 その報告内容は、制服の胸部の主張が激しいギルド職員をナンパしたことに対してなのか、口説き文句がへたくそなことに対してなのか、それともその両方なのか。


 それはわからなかったが、なんだかんだ言って冒険者ギルドから俺は大きな信頼を得ることができたようだった。


 しかし、俺自身はそれを誇ることができなかった。


 ゴルドフォックスを倒したのは俺ではなく、魔法使いに覚醒したばかりの幼い少女なのだ。

 だから俺は賞賛の言葉を受けてもいい気分がしなかったし、もっと言えば良心が痛んでいた。


 あの子が多くの人から歓迎されて生きてゆけるのならば、それはとても幸せなことではないだろうか――と考えているのに、彼女を賞賛する者は誰もいない。


 俺があの子を預かっている限り、それは続いてゆくだろう。

 彼女はその実力を誰にも認められないまま、歳月を重ねていってしまう。


 そんな未来への道を断ち切るため、俺は少女の身元引受人を辞めることをギルドに申し出た。


 ギルドには俺の意向をすべて伝えはしなかったが、そもそも『身元引受人になるクエスト』なんて長続きするはずがないと思われていたのか、依頼遂行の中断を申し出ても止められはしなかった。


 俺を止めたのは、冒険者ギルドでもなく、その組織に関わる大人でもなかった。

 少女は俺の提案を断った。絶対に嫌だ、と。

 

「お願いですから、捨てないでください、捨てないでください。私を捨てないで……ください」

「お前を見捨てるなんて言っていない。俺よりも信頼できる人間に預けるだけだ」

「いや、いや……嫌、なんです、私は、あなたがいいんです」


 俺は腰を落ち着けて少女に向かい合い説得した。


 お前が魔法使いであること。

 魔法使いは希少な存在であること。

 魔法使いの師匠の元でその才能を伸ばすことで、数えきれないほどの人々の役に立てること。

 そして、多くの人からほめてもらえること。


 俺の説得をすべて聞いたうえで、少女はこう言った。


「誰にもほめられなくても、いいんです。私は……あなたにほめてもらえなくても、それでもいい。あなたの傍にいられればそれだけで、全身包まれて守られているみたいで、心が暖かくなって、すごく、すごく嬉しくなって……だから、だから、傍にいさせてください。お願いします、お願いします……お願いします」

「――――ああ、もう。わかったよ」


 涙交じりに懇願されては、俺には引き下がるしか無かった。

 

 だが、俺だってただ引き下がったわけじゃない。

 交換条件として、彼女にこう告げる。


「魔法使いとして生きていかないというなら、これからは俺の仕事を手伝ってもらう。この間見た通り、俺の仕事は魔物を討伐することで、その対価に報酬を受け取る。言うまでもないが、危険な仕事だ……それでもついてくるか?」


 少女は素早く、かつ大きく頷いた。


 この瞬間、俺には相棒ができた。


 公私ともに、というと語弊があるかもしれないが、共に暮らして共に生計を立てる相手が出来たというところに焦点を当てれば、あながち間違いではない。


「なんでも言ってください。どこにでもついていきますから……あなたがついてくるなと言っても、追いかけていきます」


 相棒の言葉を聞き、俺は少し注文を付けることにした。


「あなたっていう呼び方はやめろ。むず痒い」

「じゃあ、何て呼べばいいんですか?」

「好きに呼べばいい。まあ、よほど変な名前じゃなければ止めろとは――」

「じゃあ、《剣の王子様》って呼びます、これからは」


 笑顔を浮かべる相棒にそう呼ぶ理由を聞いたところ、「ずっと昔に聞いた物語で、王子様はお姫様をピンチから救っていました。あと、剣を持っています」という答えが返ってきた。


 彼女の中では、魔物の巣から助け出してくれた俺は王子様であり、さらに剣を持っているから《剣の王子様》になるらしい。


「じゃあお前はお姫様なのか」と言ってやりたかったが、その質問をしたら彼女の夢を壊してしまいそうな気がしたので、それは言えなかった。

 だが、これだけははっきり主張した。


「俺は王子様みたいに上品な人間じゃない。いきなりメインディッシュの肉から食い始めるようなヤツだ。ワインだってグラスを使わずに飲む。さらに眠くなったらテーブルだろうが床だろうが、どこでも寝るような粗暴な男だぞ」

「でも、私にとっては王子様みたいにキラキラしてます」

「だからやめろというに……それに名前が長い、もう少し短くしろ」

「わかりました……じゃあ、これからは《剣王様》と呼びます」


 剣の王子様、略して剣王様。

 安直な名づけであったが、悪くはなかった。

 強そうな称号だし、なんならいずれ言われてみたいものだ――剣の王、なんて。


「これからよろしくお願いします、剣王様」

「ああ、よろしくな」


 ただ、あまり人前では言わせないように相棒を説得しておく必要があると、この時点で考えていた。


 なぜなら、名前負けもいいところだからである。


 ちょっと強いだけの魔物が《魔族》と呼ばれることに内心文句を言っておきながら、実力の伴わない自分が《剣王》と呼ばれるのを認められるほど、俺は図太くなかった。

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