教皇派との《衝突》#1
宿屋の部屋から飛び降りて着地する。
まず、相棒と聖女の背中が見えた。
二人の肩越しに、聖剣教会の教皇と異端審問官の姿がある。
聖都の街道を、ずらりと並ぶ白衣の人間が埋め尽くしている。
目視できる範囲で、最前列に十人以上、後方二列も同じくらい。
いずれも槍と剣を携え、急所を鋼鉄製のライトアーマーで覆っている。
森の中や洞窟ならともかく、開けた場所で相手するとなると絶望――するほどではないが、かなり厳しい戦いを強いられる戦力差だ。
「ようやく投降する気になったか、《聖剣の巫女》」
「これは異なことを。降参するのはあなたの方でしょう、教皇クラウス」
聖女と教皇の舌戦はすでに始まっていた。
聖女の顔は見えないが、教皇の顔は俺の位置からでも見える。
教皇は冷静さを装った風ではあるが、目の鋭さからして相当の敵意を向けてきている。
「降参だと……この状況が理解できていないのか? 貴様は聖剣教会の教義に反する異端者なのだぞ」
「ほう……この私が? その根拠を述べてみなさい」
「よかろう。ならば教えてやる……我々聖剣教会の役割は、聖剣の力を至高の領域にまで高めること、そして勇者が《魔王》をはじめとした魔族を滅ぼす役目を果たせるよう、あらゆる手を尽くすことである」
教皇が腰に佩いている剣を抜き放ち、聖女の方へ向けた。
「聖剣教会の教義は『聖剣を支え、人類を守護せよ』だ! その程度のことすら失念したのか、巫女よ! 《聖剣復活祭》にて勇者を聖都から遠ざけ、聖剣の力を託す機会を無駄にした貴様は、教会の教義に反している!」
その時、ふっと聖女が笑った。
「貴様、何がおかしい」と教皇が言う。
「どうやら、聖剣教会の教義まで忘れたわけではないようで、安心したのですよ……ええ、確かに今あなたが言った通り、教義はそれで合っています。ですが――」
聖女はローブの内に隠していた、鞘に収まったままの剣を静かに取り出した。
続けて、剣の柄を握り――――ひゅん、という音と共に剣を抜いた。
左から右へ、横一文字に切り裂く剣閃が奔る。
美しささえ感じさせる、聖女の堂々たる立ち姿。
それを真正面で捉えた教皇と異端審問官たちが、わずかに怯むのが見えた。
退くのも無理はない――聖女の後ろにいる俺でさえ、一瞬『斬られた』と錯覚した。
左手が動くこと、左側の首筋から血が噴き出していないことが、とても奇妙に感じられる。
五感に錯覚を引き起こすほどの剣圧――それが《聖剣の巫女》の圧力の正体か。
「教皇……これまで暗に伝えてきましたが、今ここではっきり指摘して差し上げましょう」
「指摘だと……私が誤っているとでも言いたいのか」
「そう、巫女として『教義の誤った解釈』を正さぬわけにはゆきません……一体何者が、聖剣の勇者に《魔王》や魔族を討たせよ、と言い出しましたか? 聖剣の力を至高の領域へ? 我々はただ、ありのままの聖剣の力を信じるのみ」
聖女が、柄尻に聖剣教会のシンボルが刻まれた細剣を教皇へ向けた。
そして言い放つ。
「聖剣は決して、『人類の破壊兵器』ではない。ましてや貴様のいいように使われるほど軽い存在では、断じて無い! 己の分を弁えよ!」
剣を突きつけあう聖女と教皇の間合いは、だいぶ空いている。
もしもそうでなかったら、聖女は一足飛びに斬りかかったかもしれない。
肌のひりつくような濃密な殺気が、この空間には漂っている。
「……黙れ、黙れい! この異端者めが!」と教皇が叫んだ。
聖女は何も言わず、ただ剣先を向け続けている――怒りで顔を歪めた教皇の額へと。
「聖剣そして勇者は、《魔王》と魔族を滅ぼし、食らうためにあるのだ! ヤツらを滅ぼさねば、人類はいずれ滅ぼされてしまう! 貴様の姿勢は、人類を滅びへ導くものだぞ、巫女よ!」
「……それでも聖剣を信じなさい。平和を願う真摯なる想いに、必ずや聖剣は応えるでしょう」
「我々は聖剣の力をより強大なものとする! 邪魔はさせぬぞ!」と教皇が言った。
ふと気になり、聖女から少し離れて立つ相棒の顔を見た。
……全然興味なさそうな顔してるな、あいつ。
宗教の講義を聞きに来たんじゃないし、見苦しい内輪もめなんかどうでもいい。
たぶん、俺と同じこと考えてそうだ。
しかし、聖女と教皇のやりとりを聞いて、ようやく分かった。
聖剣教会の頂きと、その下にいる人間の確執。
それは教義の解釈の違いからきているのだ。
聖女が言っているのは、おそらくは伝統ある解釈。
教皇は、教義を独自に解釈している。
そりゃあ、二人が反発するわけだ――どちらも同じ聖剣を信じているのに、それに対する捉え方が異なっているのだから。
捉え方が異なれば、別のものを信じていることと大差ない。
互いに、相手を異端として見ているのだ。
それぞれ信仰の対象が異なっているのに、同じ聖剣教会の信徒だというのだから、それはまあ、気に入らないのも無理からぬ、というものだろう。




