《聖剣預託の儀》#1
『ドラゴン駆逐の依頼など受けられるわけがない』と、俺が聖女に返事しようとした、まさにその時。
「聞こえるか、異端の冒険者ども、そして己の使命を忘れた恥さらしの《聖剣の巫女》よ!」という、男の大きな声が耳に届いた。
それは、宿の内側ではなく、宿の外から飛んできていた。
太く、そして通る声だ。
大勢に聞かせることを前提にした声の張り具合。聖女と同じタイプだ。
「その宿にいることはわかっている。今すぐに姿を現し平伏せよ! さすれば酌量の余地ありとみなしてやろう! さもなくば相応の措置を下すこととなる!」
窓に近づき、カーテンの隙間から外を覗く。
まず、ずらりと並んだ異端審問官が見えた。全員が槍を右手に持って、穂先を天へ向けて待機している。
彼らの前に立ち、こちらへ厳しい顔を向けている人物がいた。
白い法衣と帽子を身に着けた壮年の男だ。頬がこけているが、整った顔立ちをしている。身長は結構高く、周囲の異端審問官たちより頭一つ分上だ。
「ふむ、思ったより遅い到着でしたね」と聖女が言った。
「あの男、もしかして……」
「はい。聖剣教会の現教皇、実権を握っているのはあの男です。名前はクラウスと言います」
「……そうか、そういう名前なのか」
「剣王さまがご存じないのも無理はありません。教皇が表に出てくることは滅多にないことです。人前に立つのは《聖剣復活祭》に相当するレベルの重要な行事のみ、あとは内部の枢機卿との会議や国家の要人との会談といったときしか姿を現しません」
「いや、教皇の名前とか、単純に興味が無かっただけだ」
そもそも、聖剣教会に興味がない、そして知りたくもない。
「あら、まあ。それを自尊心の塊であるあの男に告げたらきっと激昂して、面白いことになりそうですね」
「……あんた、あの男嫌いだろ」
「教皇の地位にありながら、私はおろか枢機卿にすら剣の腕で劣り、その分際で私を異端者扱いする男です。剣を軽んじるなど、祖より受け継がれし聖剣を奉じる教会の幹部にあるまじきこと。好意を抱く価値もありません。あれよりも、入信したばかりの信徒の方が好意的に見られます」
聖剣教会のトップ同士がこの関係で、よく組織が存続するものだ。
……いや、他の役職にいる連中がそれだけ優秀ということの証左でもあるか。
背後で足音。続いて部屋がノックされる。
「剣王様、いらっしゃいますか?」
聞こえたのは相棒の声だった。いるぞ、と返事をする。
「索敵魔法で周囲を見ました。この建物は全方向を包囲されています。今のところ、中へ足を踏み入れた者は居ないようです」
「わかった。他に分かることはあるか?」
「……私の魔法によると、剣王様のお部屋に忍び込んだ不届きものの女性がいるようですが、心当たりは?」
いつもの声より一段か二段くらい低い声だった。
相棒の索敵魔法は優秀で、魔物討伐では何度も助けられてきた。
だが、今ばかりはその優秀さが俺に言い訳する余地を奪っている。
聖女と一緒にいることがわかったら、聖剣教会ぎらいの相棒は過剰反応する、確実に。
慎重に言葉を選んでいる間に、聖女に先手をとられた。
「お久しぶりでございます、魔法使いさま」
途端、部屋のドアが勢いよく開け放たれる。相棒と、オリーがそこにいた。
鍵をかけているのにどうやって……ああ、そういえば相棒は開錠の魔法も使えるんだった。
緊急時以外使わないよう言い含めていたのだが、どうやら相棒的に『聖女が俺の部屋にいる』ことは緊急事態にあたるらしい。
「なんであなたがここに――」
「どうかお静かに。今は大声を上げるのはよろしくありません」
「ぐっ……この、覚えていなさい……」
相棒は押し黙り、俺をにらみつけてくる。
長い付き合いなので、視線だけで相棒の意思は伝わってくる。
あれは説明を聞いても、意固地になって根掘り葉掘り質問を繰り返してくるつもりの顔だ。
「まあ、怖いですね。魔法使いさまは」と、全く怖がるそぶりを見せず言う聖女。
自身の身内によって追い詰められている状況で、よくこの態度をとれるものだと感心する。




