聖剣教会の《異端者》#6
「事情をお伝えできず、申し訳ありません」と、聖女が頭を下げる。
「本当にな。迷惑料を請求したら払ってくれるか?」
「ええ……今後、私どもにそのような雑務ができるだけの余裕を与えてくださるならば、言い値でお支払いしてもかまいません」
もう、こういう言い方をされる時点で、期待できそうにない。
そんな状況が来ないと確信しているような言い方だった。
「剣王さまに勇者を託すことができて幸運でした……ただの冒険者であれば、いくら切迫した状況であっても私は託すようなことはしなかったでしょう」
「冒険者なんか、大体同じようなものだぞ。誰に預けても変わらない」
「剣王さま、自己評価の低さは卑屈に近いですよ?」
「そっちこそ買い被りすぎてるんじゃないか、俺のことを」
「はて、なんのことでしょう」などと言う聖女さま。
……まあいい。
今は俺の評価などどうでもいいのだ。
「その《魔法生物》とやらについて教えてほしい」と聞く。
聖女の顔から微笑みが消え、代わりに真剣さが宿った。
「先程、私は駆逐していただきたい、と申しました。なぜその言葉を選んだか、おわかりになりますか」
首を振って否定する――理由は想像がついているが、聖女の口から言わせたかったのだ。
俺の勘では、おそらくはその魔物は《アレ》だ。
もしも当たっていれば、確かに追い払うことで精一杯――いいや、死力を尽くしたうえでようやく追い払えるかどうかだろう。
だが、俺はそれを認めたくない。故に、わからないふりをしたのだ。
「ふむ……わかりました。剣王さまがおわかりにならない、とおっしゃるならば、私からご説明させていただきます」
聖女には俺の思考など筒抜けらしい。
まったく、ありがたいことだ。さすがは、『我々のために死ぬつもりで戦ってくれ』と言外に頼んでくる胆力の持ち主だ。
「まず、その魔物の戦闘能力が未知数だからです。しかし、語り継がれている通りなら、その力は人を遥かに凌駕しています。討伐はまず不可能と言ってよいでしょう。よって、駆逐という言葉を選択しました」
丁寧な説明だった。
おかげさまで、嫌な想像がますます悪い方向へ膨らんでいく。
「そもそも、伝承に残るほどの生物と交戦する機会など、どれほどありましょうか。その魔物が実力を見せたことなど、本当にあったのでしょうか……私は無かったと考えています。その生物がお遊びで振るった一撃で過去の勇敢な戦士たちは皆等しく命を失い、結局は誰も実力をはかれなかった、というのが私の見立てです」
やめろ。確信を持たせるな。
聖女自身も相当な実力者だろう。なんたってオリーの師で、聖剣教会のトップに立つ人物だ。
聖剣教会による魔物の討伐や捕獲の件数は、冒険者ギルドの実績に引けを取らない。連中は、ただの非力な宗教団体ではない。搦め手で攻める姑息な人物の集まりでもない。
直接的武力を所有する聖剣教会――そこの頂点に居る聖女に、ここまで言わしめる魔物。しかも、分類される数自体が極少ない《魔法生物》。
候補など――ひとつしかない。
「剣王さま、お顔に出ていらっしゃいますよ……早く戦いたい、と」
「この引きつった顔を見て言ってるんだとしたら、あんたはいい性格してるよ」
「ええ。過去にもそう言われたことがあります。だいぶ昔、共に育った友に」
もう彼女に会うことはないでしょうが、と聖女は言った。
ため息を吐き出してから問いかける。
「聞きたくないが……本当に聞きたくないが。教えてくれ、その魔物の名前を」
「そうですね、答え合わせをいたしましょう」
聖女は、ふっと笑った。
まるで冗談でも口にするみたいに。
「その魔物は、ドラゴンと呼ばれています」
案の定、笑えない。
こんな、冗談ではすまない冗談、笑えるわけがない。
ドラゴンが現れるだけでもありえないのに、あまつさえ、それと戦え、などと。
笑えなさすぎて、逆に笑えてくる。
こんな馬鹿な話、絶対に笑ってやらないが。




