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聖剣教会の《異端者》#5

「剣は抜かないが、一応警戒はさせてもらうぞ」

「ええ、そうしていただけると助かります……いえ、是非ともお願いします。一応の警戒では、対処が遅れるおそれもあります」


 含みのある言葉だった。

 聖剣教会の頂点に、『是非とも警戒を』という言い回しをされて、聞きとがめないはずがない。


「今の言葉だと、聖女さまじゃない何かに警戒しろと言われているようだが?」

「はい、その通りです。剣王さまには、これから高い確率で起こるであろう事態の方に警戒していただきたいのです、私などに警戒するよりも」


 ……高い確率で起こる事態、それに警戒だと?


 端的に申し上げます、と前置きしたうえで、聖女は言った。


「魔物討伐――いえ、駆逐に協力していただけませんか。もちろん報酬はお支払いします。唐突なお願いで申し訳ありません」

「駆逐……追い払うだけか?」

「ええ、駆逐です。その魔物はこれから聖都の近辺、もしくは聖都の内側に現れると私は予想しています。しかし、その魔物の出現を予測するには材料に乏しく……そのため、いつ出てきてもいいように警戒していただきたいのです」


 出現を予測できず、かつ聖女が警戒するほどの魔物。

 それが本当に現れるというなら、確かに俺も警戒すべきだ。


「もちろん、剣王さまとパートナーの魔法使いさまの活躍は聞き及んでおります。ですが……確信を持って、この魔物とお二人は戦ったことが無いと、私は考えています」

「希少な魔物なのか?」

「希少ですし、仮にその魔物と人が戦った場合、大変な事態となりますので、すぐに人里へ情報が届きます……それほどの存在です」


 希少で、戦ったらすぐに情報が伝播するほどの魔物。


 ドラゴーヌは違う。希少といえばどちらかというと希少だが、冒険者数人がかりで倒せる。


 オーガ……は、一年に一度は目撃情報はあるし、俺と相棒を含むパーティーで過去に討伐したこともある。


 なら、十年前に出没した、《海洋の暗殺者》と呼称される不可視の怪物、アイビスクラーケンか? ……違う、聖都は海に面していない。


 その他、希少とされる魔物を思い浮かべていくが、ほとんどは民間に情報を秘匿されるか、聖都近辺に出没しないと考えられるものばかり。


「思い至りませんか?」と聖女が言った。

「魔物とひと口に言っても、種類が多い。他にヒントはないか」

「そうですね。では……《魔法生物》と言ったら、該当するものがあるのでは?」


 ――――《魔法生物》。


「ご存知ですか?」

「……『人では到底及ばぬ程の大量の魔力を蓄える臓腑を持ち、魔力を喰らい、魔力を放出し、世界に魔力を循環させる役割を担う魔物』のことだ」

「はい、書物にはそう記載されています」

「いや、しかし……」


 あり得ない、というのが感想だ。

 《魔法生物》に分類される魔物は、街や村といった人里を襲わない。空気中の魔力を食らうだけで生き永らえるから、他の魔物のように人間を捕食しない。


「剣王さま、私も同じ思いです。かような魔物が人の住む街に現れるなど、と。しかし……状況的に《魔法生物》が現れる可能性があるのです」

「数値化したら、どれくらいになる」

「十中八九、といったところです。低く見積もっても、五割を下回ることはありません」


 聖女が頭を下げた。金の絹に似た御髪が流れ落ちる。

 意表を突かれ、逃走の意思を削がれた――言い換えると、この状況から逃げ遅れた。


 《魔法生物》の相手なんてやってられない、いや、やれるわけがない。そもそも、人間が相手できるような生き物じゃないんだ。


「剣王さまには申し訳なく思っております。こちらから一方的にオリー……勇者を預け、面倒を見させておきながら、あまつさえ魔物の相手をしろ、などと」


 まったくだ、という言葉を抑え込む。


「ですが、ご理解いただきたいのです――《聖剣復活祭》の日、勇者を聖都に残していたら、この一帯は壊滅していたかもしれなかったということを」

「……その《魔法生物》のせいで?」

「補足するなら、『聖剣の力を扱いきれない勇者と魔物の戦い』によって」


 何を言っている、この女。


 勇者――オリーはまだ子供だから、聖剣の力を扱いきれないというのは、感覚で理解できる。だが、なぜ彼女が《魔法生物》と戦うことになり、それが街を消滅させることに繋がるんだ。


「剣王さま、勇者は未成年の少女です」

「知ってる」

「すでに察しておられるでしょうが、あの子に剣の手ほどきをし、戦う術を仕込んだのは私です。《聖剣の巫女》の役割のひとつは、『聖剣を託せられる器を持つ勇者を育てる』こと……しかし、聖剣を託す機会となる《聖剣復活祭》までに、私は勇者の器を育てきることができなかった」

「……オリーが成長しきってから聖剣を託すこともできたはずだ。それじゃいけなかったのか?」

「聖剣教会は一枚岩ではないのです……我が事ながら、情けない話ですが」


 聖女は悔しげに歯噛みしてから、話を続ける。


「《聖剣復活祭》の決行を決めたのは、私ではなく、聖剣教会の教皇です」

「教皇っていうのは、あんたよりも上なのか」

「いいえ、聖剣教会の聖人位である《聖剣の巫女》より上に位置する役職はありません……ですが、教会を運営するのはあくまでも人です。人は規則や理屈だけでは動かない。感情に縛られるものです。教皇の意見に賛同する者が、僅かに多かったのです」

「なるほど、それでか」


 要するに、聖女は権力争いに負けた。

 《聖剣復活祭》の日取りを決める権利を得たのは教皇派だった、と。


「《聖剣復活祭》の日は、聖剣の力が最も高まる時期にあたりました。聖剣は周期的に強まる特徴を持っています。教皇はその周期を把握しており、何十年ぶりに訪れたその日を逃すまいと動きました。未熟な勇者では、聖剣を御しきれずに暴走させてしまうでしょう。魔物だけでなく、人や街を破壊して……破壊し尽くして、壊す対象が居なくなってはじめて止まるはずです」


「なぜ、その《魔法生物》が出現するとわかる?」


「聖剣を勇者に託す際に、大量の魔力を消費します。聖都とその外苑に漂う大量の魔力をすべて飲み込むことでしょう。それにつられて、魔物は姿を現します。魔力を生命力とする魔物は、魔力を奪われまいと勇者に襲い掛かる……そう予測しています」


「それがわかっていたから、オリーに聖剣が渡らないよう、彼女を外に連れ出すことをあんたは画策した。冒険者ギルドの依頼が終わって帰路に着く直前の俺は、その計画に巻き込まれた、ってところか」


「はい、その通りです」


 今すぐ剣を抜いて聖女の首に突きつけようか――と考えて、止めた。そんなことをしても意味はない。


 複雑で厄介な事情があることは覚悟していたが、明かされてみるとやはりその通り。

 まさか、関わり合いになりたくない組織の内輪もめに巻き込まれているとは。

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