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聖剣教会の《異端者》#4

 聖剣教会との衝突もなく、聖都の宿の前に到着した。


 本当に、拍子抜けするほど簡単だった。


 相棒による遮音と認識阻害魔法の効果は、もちろんあったのだろう。だが、仮に効果が無かったとしても発見されることは無かったかもしれない。

 そんな感想が出てくるくらいに、聖都は静かだった。


 ひと月前にやっていた《聖剣復活祭》は終了しているので街が騒がしくないのは当たり前ではあるが――聖剣教会の異端審問官どころか、不審人物を探している素振りの者すら見当たらないのはどういうことだ?


 俺と相棒は、聖都外縁で異端審問官を相手に結構な大立ち回りをした。その前にも教会本部から聖都の外へ出るまでに、人ごみを掻きわけて連中から逃げているのだ。多少なりとも騒ぎになっていなければおかしいというのに。


 疑問を抱えつつ、宿の入り口から中へ入る。


「いらっしゃい……ああ、冒険者さん。お早いお帰りで」と、宿泊受付が声をかけてきた。

「戻りは夕方か、明日以降という話では?」


 その声には含むものが無いように感じられた。どうやら、こちらの事情は知らないようだ。


「ああ……急な用事が入った。すまないが明日からの宿泊はキャンセルだ。一泊分の料金は払う」

「それは助かりますが……泊まってもないのにいいんですか、いただいても?」


 問題ない、と言い残して取っていた部屋へ向かう。


 俺が確保していた部屋は二階にある。相棒とオリーは、同じ階の別の部屋だ。二人のためにベッドが二つあるツインルームを取った。


 相棒は「部屋割りがおかしいと思います」と言っていたが、女性を同室にすることになんら疑念を覚えなかったので、その意見を無視した。抗議を続ける相棒とは対照的に、オリーは普段通り無口だった。


 男一人分の荷物を置いているだけの部屋の扉を開ける。

 さっさと荷物を回収して出発しよう――などと考えていたものだから、扉を開けた先に広がる光景に対する反応が遅れた。


「あら、おかえりなさいませ、剣王さま」


 …………何事だ、一体。

 純白の修道服を着た、輝く金糸の髪の女性が居て、にこやかに挨拶してきた。


 見たことのある顔だったが、不意の事態に混乱した頭では、名前の照合にやたら時間がかかる。清らかな雰囲気を纏う美貌の修道女が安っぽい宿の一室にいる状況に、現実感を喪失しかける。


「早いお戻りで助かりました、こうして待っているだけでも危ないもので――」

「すまん、間違った」と、俺は慌ててドアを閉めた。


 部屋番号を確認する。

 さっき俺が開けたドアには《206号室》とある。手元にあるドアの鍵には《206》と彫られている。部屋を間違えたわけではないようだ。


 じゃあ、俺が間違えていないのなら――――なぜ、聖剣教会の聖女がここに?


 部屋に入るか、入らないか。


 入れば、聖女と話をすることになる。オリーに関する溜まりに溜まった質問をぶつけることができる。

 入らなければ、荷物を見捨てることになる。そして欲する情報を得る機会は失われる。


 冷静になれば『入る』一択なんだが、先程まで聖剣教会の連中に追いかけ回された後だったので、警戒してしまう。まさか、宿屋で攻撃を仕掛けてくることはないだろうが――――


 考えている間に、目前のドアが静かに開いた。

 拳ひとつ分だけの隙間から、白い手が手招きしているのが見える。入ってこいという意味だ。


 口内に溜まった唾を緊張と共に飲み下す。

 意を決して、聖女の待つ部屋の中へ足を踏み入れた。


「……会いたかったよ、聖女さま」


 複雑な思いの乗った一言に対し、聖女はたおやかな笑みで応えた。


「こちらこそ、お会いしたかったです。ふふ、こういうやりとりをしていると、まるで逢瀬を重ねているようですね」

「そうだったら、もっと気楽でいられたんだがな」

「全くです。このような緊迫した状況下では気楽に臨む方がかえって良い結果に繋がるのでしょうが……とてもとても。本来ならこうして話すのを許容できぬほど、時間がございません」

「なら、手早く頼む」

「わかりました。すみませんが、ドアを閉めて、鍵をかけていただけると助かります」

「……あんたが襲いかかってこないと信じさせてくれれば」


 聖女は両手を上げ、さらにこちらへ掌を見せた。


「なんなら、剣を突きつけていただいても構いません……非武装を証明するならこの法衣を脱ぐべきでしょうが、時間もありませんし、修道女が肌を晒すことは許されません。ご寛恕いただきたく」

「わかったよ。そこまでしてくれなくていい」


 聖女の言われた通りにドアを閉めて、鍵をかける。

 一瞬、不埒な思考がよぎるが、すぐに霧散した。今は聖女の裸身を見ても、おそらく俺は反応しない。

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