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《魔法使い》の覚醒

 俺と相棒が出会ってから、彼女が人並みの日常生活を送れるようになるまでに色々と……それはそれはまあ、色々とあったわけだが、わざわざあいつの過去をほじくって恥部を晒すこともあるまい。


 だが、幼い頃の相棒――正確な年齢を本人が覚えていないのでおそらくは十歳未満の頃の彼女――について語るならどうしても外せないことがある。


 それは、魔法使いに覚醒した日のことだ。


 この世界には魔法というものが存在し、それを扱える人間が居る。


 街のいたるところで魔法が活かされているから、小さい子供だってなんとなく魔法がどんなものか理解する。


 ただ、戦いの場においては魔法への理解の深さが生死を分かつひとつの要因であると、己の実体験を元に語れるヤツはそう多くない。


 なぜなら、魔法を使えないヤツが魔法使いと戦ったら、大半は敗れ去ってそのまま土へ還ることになるからだ。


 彼我の実力差が大きく開いていない限りは、正面切っての戦闘ならほぼ確実に魔法使いが勝利する、と言われるくらいには攻撃魔法とは強力なのだ。


 相棒と出会った時点の俺は、既に魔法使いと戦った経験があった。


 生き残れているのは多分に運があったからだろう。

 それは間違いない。


 だというのに、俺は少しばかり調子に乗っていた。


「魔法使いなど、分かりやすく派手な攻撃をしてくれる易しい敵だ」とまで考えていたかもしれない。


 しかしその認識は、あっさり覆される。

 相棒が初めて使った魔法によって。


 相棒が魔法を初めて使ったのは、俺の受けた魔物討伐のクエストでのことだった。


* * *


 俺の住む街と、隣街を結ぶ街道。

 その道沿い近くにゴルドフォックスが棲み着いたため、行商人に被害が相次ぎ、商業ギルドが討伐依頼を出した。


 ゴルドフォックスはキツネだ。

 だが、かなりレアな個体だ。

 よく見かける茶色のキツネより美しい毛並みをしており、状態の良い毛皮は富裕層に高く売れる。


 ちょっとしたコネでその依頼を先取りすることができた俺は、ゴルドフォックス退治に乗り気だった。


「あの……どこかに行くんですか」


 装備を整えて宿屋から出かけようとしたところで、同じ部屋に住まわせている少女が話しかけてきた。


 先日俺が魔物の住処から救い出し、今は一時的な身元引受人として預かっている年端のいかない子供だ。


「少し出かけてくる。夕食は出すようマスターに言っておくから、勝手に食べろ」

「私も、一緒に行っても……」

「ダメだ、おとなしくしていろ」


 そのあと、少女を置いて出発した俺は、あっさりと討伐対象のゴルドフォックスと遭遇した。


 そして、すぐさま後悔することになった。


 そいつは――べらぼうにデカい狐だったのだ。

 人づてに聞いていたゴルドフォックスの大きさの、ゆうに四倍はあった。俺の背丈などあっさり追い抜いている。


 街道に並んでいる木々に並ぶほど大きい体と、黄金色の毛並みを持っている魔物がそこにいた。


 当然苦戦した、というか完全に力で負けていた。


 俺には体力はあっても、総合的な戦闘力というものが低かった。剣術だって腕力と直感に任せた我流で、素人に毛が生えた程度に過ぎない。


 巨体から想像できない俊敏な動きに翻弄され、とうとう俺はゴルドフォックスに組み敷かれた。


 かろうじて、俺の頭部を丸ごとかみ砕こうとする顎を剣で食い止めた。

 しかし、絶対的に不利な状況は変わりなく、とうとう俺が《死》を覚悟した――その瞬間に、それは起こった。


 最初に聞こえたのは、人間のする咳のような音だった。


 それはゴルドフォックスの口から出ており、すわ何事かと俺が観察していると、奴は何度も咳こみ、それは次第に空気を伴わない掠れたものへと変化していった。


 とうとう奴は――呼吸を完全に止めた。


 魔物は、元は動物だ。

 大気中に混ざる魔力と高い融和性を得た個体が魔物となりやすいのだが、元はただの動物で、ゴルドフォックスも元は狐に過ぎない。

 呼吸が止まれば当然、窒息して苦しみながら死を迎える。


 地面に尻もちをついた俺の前に、討伐対象の魔物の巨体が横たわっていた。


 その毛皮はきれいなものだった。ほぼ無傷と言ってよい。

 俺の剣は奴の体毛の一部を刈り取ったぐらいで、それだってその巨体からすれば微々たるものだった。


 思わぬ収穫が得られたと喜びたいところだったが、それよりも気になったことがある。


 なぜ、ゴルドフォックスが苦しんだ末、死に至ったのか。

 水中でもないのに、同じ場所にいた俺は空気を吸えているのに、なぜ奴だけが窒息したのか。


 ほどなくして、その答えは明らかになる。


 少し離れた木の陰でへたくそなかくれんぼをしている子供がいた。

 後に、俺の相棒になる少女だった。


 俺が近づくと「ごめんなさい……ついてきて、ごめんなさい」と小さく謝ってきた。


 縮こまる姿を見て、こっそりついてきたことを強く怒ることもできず、俺は彼女に事情を聞いた。

 一体ここで何をしていたのか、と。


「あなたが……死んじゃいそうだったから、それが嫌だから……あの金色のヤツの邪魔をしたんです」

「邪魔、だと?」

「生き物は空気を吸えなくなったら死んじゃう……私はそれを知ってたから、アイツがそうなればいいと考えて。そうしたら……本当にそうなって、アイツは死んだんです」


 ふと思い出した。

 以前臨時パーティを組んだ魔法使いから、『初めて魔法を使った時の感覚』を聞いたことがあった。


 彼曰く、「現実が思った通りになるんだ。どれだけ突拍子のないことでも、強く願ったらその通りのことが起こった」というのが、魔法使いの覚醒の瞬間であるらしい。


 まとめるとこういうことだ。

 頭を抱えて縮こまる少女は、実は魔法使いの適正を持っており、俺の危機を目の前にしてその力に目覚めた。


 結果として、俺は命拾いした。彼女に命を救われたのだ。


 そして、俺が抱いていた「攻撃魔法は目に映るものだ」という、魔法に対する偏見は崩れた。


 狙った敵を窒息させて殺す魔法など聞いたことすら無い。気づかれず相手を仕留めるなど、魔法というよりは暗殺の技術だ。


 俺は少女に礼を言った、助けてくれてありがとう、と。

 その後、目を丸くする彼女の顔を見ながら、決意した。


 ――もう、この子の面倒を見るのはやめにしよう。

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