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聖剣教会の《異端者》#1

 俺は世間の常識というものをあまり知らずに育ってきた。


 それは止むに止まれぬ事情――俺が幼い頃に両親が揃って病に倒れてしまいまともに教育を受けられなかった――があったからであり、両親に責があったわけではなく、また俺に学ぶつもりが無かったからでもない。

 たまたま、そういう機会に恵まれなかっただけだ。


 俺が「世間には自分の知らない暗黙の了解、常識と呼ばれる共通認識があるらしい」という事実にいつ気づいたかというと、それは遅いものであり、なんと冒険者になってからだった。


 それから色々と学習してきたが、中でも「他人に何かを頼む場合には代償が求められる」は一番早く学んだ気がする。


 冒険者は依頼を受ける。そして依頼内容を正確に理解して達成条件を満たし、報酬を受け取る。

 これが冒険者の基本、常識だからだ。


 冒険者の常識が世間での常識などとは、口が裂けても言えない。しかし、仕事で成果を出す者と、成果に対して報酬を支払う者の関係は街でも通用する。


 宿屋や道具屋、冒険者ギルドや商人ギルドの職員たちは、その職場での仕事の成果に応じて金銭を受け取って生活している。


 『何かしてあげたら何かで報いる』のは常識であり良識であるわけで、それを言い換えれば、『何かしてほしいなら何かを差し出さなければならない』ということである。


 だというのに、なぜ聖剣教会の聖女ともあろう人物が、他人に未成年の少女――しかも世界にただ一人の勇者――を一方的に預けておきながら、それに報いようとしないのか。


 もっと直截的に俺の心情を言い表そう――「俺にオリーの面倒を見させておいて、なぜあの聖女は一か月過ぎても連絡ひとつよこさないのか」。


 いや、聖女に報いてほしいとは言っても、金が欲しいわけではないのだ――もらえるなら欲しいが。


 冒険者稼業は順調である。

 俺の剣の腕は、師匠やオリーとの鍛錬によって大きく向上している。まだまだ師匠には敵わないが、それでも訳も分からないまま倒されることは無くなってきた。


 俺が指輪を贈ってからというもの、相棒の攻撃魔法の威力と精度は以前より増した。

 段違いに威力が増したため、その破壊力と制圧力を見誤った俺の身が危うく巻き込まれそうになるほどに。


 戦力向上に伴い、限られた高難易度高報酬の討伐依頼のみ受けるスタイルに切り替えてなお、多少の余裕ができるぐらいに金には困らなくなった。


 今は金品ではなく、聖女からの情報が欲しいのだ。

 主に、勇者であるオリーに関する情報が。


 同居人となり、日々一緒に剣の鍛錬で汗を流し、「兄さん」と呼ばれる程度に親しくなれた気はするが、まだまだ心を許せる関係にはほど遠い。


 街の酒場で誘ってくる遊女みたいに他人に心を許していない――と言うと語弊があるが、あながち外れでもなく、未だにオリーと接していると、彼女の心情に濃い陰の部分があるように感じ取れるのだ。


 確かに俺とオリーは似た者同士だ。

 二人とも、頭を使うより体を動かすことが好きな肉体派だ。


 剣を交わしているだけで、次第に表情が活き活きとしてくるほど、剣に対しては情熱的である。


 しかしそれ以外となると、途端にオリーのことがわからなくなる。


 なぜ、彼女は自分の年齢さえ覚えていないのか。

 なぜ、剣以外に興味を示さないのか――オリーは好きな食べ物を聞かれても答えられない。

 なぜ、彼女は聖剣教会で育てられていたのか。


 日ごとに、このような『なぜ』が少しずつ積み重なってゆく。


 相棒には、オリーが勇者であることはすでに伝えてある。


 状況的にごまかしようがなかったからだ。

『聖剣教会に預けていた妹の身を木箱経由で受け取った』なんて嘘の説明が通じるほど、相棒は抜けていない。


 その事実を伝えたとき、「はあ、そうですか」と相棒は返事していたが、それについて何かの苦言を呈することはなかった。


「おはよう、オリー」

「おはようございます」


 という挨拶を交わす程度に付き合いはある。

 ……まあ、俺から見ても二人は親しくはないのだが、お互い嫌っているわけではなさそうだった。


 おそらく、相棒はオリーに対してどう接するべきか定めず、保留にしている。


 実は俺もそうなのだ――剣の鍛錬をする時以外のオリーについて、俺はあまりにも知らな過ぎたし、そのせいで会話に困ることも多々あった。


 この状況に身を置かないためにも、早いところ聖女からオリーに関する情報を開示してほしいところだった。

 そもそも、俺はいつまでオリーを預かっていればいいのか。このまま大人になるまで、というのはさすがに遠慮したい。


 そんなことを考えながら、いつものように冒険者ギルドに顔を出したから、驚いた。

 俺への指名依頼が届き、その依頼主が聖剣教会だったのだから。


 前触れもなく、突然だった。

 いや、冒険者ギルドへの依頼に、貴族みたいにわざわざ前触れや先触れを出す依頼主の方が珍しい、というか皆無であるので、突然であることについては別に良かった。


 人々からの好悪の感情はともかく、権勢に限って評価すれば王侯貴族に並び立つとされる聖剣教会が、俺のようなただの中堅冒険者を名指ししてくるのも妙な話であったが、それだって「たまたま近隣で活躍する冒険者の評判を聞きつけたのだろう」で済ませられた。


 指名依頼が出されるまでの経緯がなんであれ、その指名依頼の内容に比べれば、些細なことだった。


 指名依頼は、聖剣教会から冒険者ギルドのマスターを通って、俺の元へとやってきた。

 ギルドマスターのみに明かされた依頼の内容は、次のようなものだった。


『異端者の捕縛に協力していただきたい』

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