魔法使いの《宝物》#3
「手紙、見たか? 出かける前にドアから入れておいたんだが」と聞く。
相棒は首肯した。手ぬぐいに顔を埋めたままで。
「悪かった、と思ってる……昨日、お前が俺に訴えた通りだ。俺は無神経だった。長く一緒にいたせいで、お前への対応が凝り固まっていることに気づけなかった……すまん」
「そんな、剣王様が謝ることなんてありっ…………うんんっ、ありません!」
相棒は顔を上げた。
急に大声を出したことで喉につっかえたが、その勢いはおさまらない。
「手紙、一字一句逃さずこの目で見ました! 完全に覚えましたから、もう絶対に忘れたりしません、剣王様のお気持ちは!」
手紙に書いた俺の真意、というか、正直な思い。
『お前のことはいつも大事に想っている』
『一度だってどうでもいいなんて考えたことはない』
『たぶんこれからも』
手紙にはもうちょっと長く書いたが、要約するとそんな感じだった。
「なのに、私は……冷たくされているなんて勘違いして、昨日は剣王様に対して、ひどいことを言ってしまって……理解していないのは私の方なのに! 本当に、ごめんなさい!」
「俺の態度にも問題はあったんだ。喧嘩両成敗ってことでいいだろ」
「でも!」
「でも、じゃない……お前と仲がこじれた状態っていうのは、俺にとってもよろしくないんだ。このあたりで手打ちにしてくれ」
「なにが、よろしくないんです?」
相棒が首を傾げる。
これから言おうとする言葉を、自分で振り返り――羞恥心から身の毛がよだちそうだった。
もしも相棒が昨日不満をぶつけてこなかったら、まず口にしようなんて考えなかっただろう。
しかし、相手に本音を出させておいて、俺だけが本音をさらさないのは、不公平だ。
だから、俺は恥ずかしさを我慢して言うことにした。
「お前とは、いつでも軽口を言える仲で居たい。俺は家族との思い出というものを知らないが、たぶん軽口程度はたたきあえる関係なんじゃないかと思う――家族ってヤツは」
「家族、ですか? 私と……剣王様が?」
「いや、悪い。変なことを言ってしまった――」
「全然、ぜんぜんです! ちっとも変なことじゃありません!」
相棒が身を乗り出して否定してきた。
勢いに押されて後退する。
「剣王様がそう思ってくださるなら、私は何一つ文句はありません……どうぞ、存分に、家族と思ってください!」
「……本当にいいのか? お前からすると、また冷たくされているように感じられるかもしれないぞ。またさっきみたいに落ち込むこともあるかも……」
「いいえ、前とは違います――――何せ思いの通じ合った二人なんですから、多少の冷や水はむしろ引き立て役です!」
相棒は俺の目を見据えて、そう言った。
まあ、なにはともあれ。
俺が想定していたよりあっさりと説得は成功し、相棒の機嫌は直ったらしい。
ひとまずのヤマを越えた気分でいる俺を前にして、「さあ、いつでもどうぞ、剣王様!」と言いつつ、相棒が腕を広げた。
ベッドの上でその体勢をとるのは、なんだか別のこと――近頃はご無沙汰だが、包容力のある女を抱くときのこと――を彷彿とさせた。
というか、どういうつもりだ。
俺に何を期待しているのだ。
相棒は手を広げたまま動かない。
目も閉じていて、言ってしまえば隙だらけの状態だった。
――好機。
俺は服のポケットから、街の魔道具屋で購入した品を取り出した。
指輪、である。
もちろんただの金属ではなく、魔法的な効果もある――と魔道具屋の店主は言っていた。
今朝方にギルドの女性職員から、「女性を喜ばせたいなら指輪一択です」と言われたので、それにつられて買ったものだ。
指輪をプレゼントに選ぶことは、世間的には『好意が重い、呪われそう』とされるほど避けられているのだが、「素っ気ない男はそれぐらいの好意を見せた方がいい」というアドバイスがあったので、これを相棒への贈り物に選んだ。
俺から女に物を贈ること自体が初めてだったので、これが正しいのかよくわからなかったが――まあ、好意云々はともかく、相棒には『魔道具をもらった』とでも捉えてもらえればそれでかまわない。
相棒の左手をとる。
指輪の大きさからして、小指もしくは薬指なら付けられそうに見えたので、戦闘時に邪魔にならなさそうな薬指を選び、すっと指輪の内側へと通した。
見立て通り、ぴたりとはまった。
「あの……剣王様?」と、相棒。
彼女の視線は、俺の顔と自分の左手の間をさまよっていた。
「今回のお詫びだ……俺にはよくわからんが、その指輪は魔力を一定量溜めこんでおけるとか、魔道具屋の店主に聞いた」
「ええと、そのう……魔道具のことは嬉しいんですけど。剣王様は、その指に着けることの意味を、ご存知なんでしょうか?」
疑問符が浮かぶ。
危険性の無い魔道具であればどこに着けてもいい、と店主からは聞いている。
それに、俺が贈ったものは危険なものでないことも確認済みだ。
「ああ、ちゃんと確認してる」
「あぅ、うう……そう、そうなんですね。つまり、分かってやっているんですね…………わかりました、私も覚悟を決めます」
……覚悟?
「剣王様、その……私は不束者で、こんな泣き腫らした顔で言うことではないかもしれませんが……どうかよろしく、お願いします!」
「ああ」
「私、頑張りますので! まだ未成年ですけど……その、剣王様が望むなら夜通しでもお応えします! なんなら今夜から――」
「いや、今夜はちゃんと寝ておけ。というか、早く顔を洗って夕飯にするぞ。その様子だと朝飯どころか昼飯も食べてないんだろ?」
かく言う俺も昼飯は抜いているので、結構空腹だ。
「はい、わかりました! 一緒に食べましょうね、剣王様――なんたって、私達は家族なんですから!」
この日の夕食中、相棒は終始笑みを浮かべていた。
そして、時折魔道具の指輪を見ては、顔を手で覆い隠した。
それとは対照的にオリーが普段以上に無表情だったため、二人の温度差が非常に印象的だった。
* * *
これは、相棒に指輪を渡してからだいぶ後に分かったことであり、もはや手遅れなのだが。
魔法使いにとって、左手の薬指というのは特別らしい。
左手の薬指は体内の魔力との繋がりが強く、そこに魔道具や貴金属を装着すると、相性が良ければ飛躍的に魔力量が上がるが、逆に相性が悪ければ大きく下がるらしい。
さらに、その影響は長続きするらしく、お試しでやることすら魔法使いは避ける。
数ある魔道具の中で相性の良いものに出会える確率より、相性の悪いものを引く確率の方が遥かに高いからだ。
左手の薬指に指輪を装着した者のうち、運の良い者に限り、魔法使いとして大成するという。
しかしそうでない者たちは、魔法使いとして生きることを諦めて引退し、家族を築く。
古くからその流れが繰り返されてきたため、魔法使いたちの中で共通認識となっていった――という経緯がある。
しかし、歳月を経てその認識は歪みはじめ、揶揄されるようになってゆき、形骸化したただの噂話と成り果て、ついには魔法使いの間でこう囁かれるようになった。
『魔法の深淵に挑む覚悟が無くば、左手の薬指に指輪をはめ、家族に入り凡人として生涯を終えよ』、と。
翻せば、『左手の薬指に指輪をはめている魔法使いはほぼ確実に既婚者である』、ということだ。




