魔法使いの《宝物》#2
街で用事を済ませて宿に帰り着くころには、陽は落ちかけていた。
夕食にありつくには早い時間帯であったが、すでに宿の食堂にあるテーブルのうち、三組ほどの客が料理や酒を楽しんでいる姿があった。
ざっと見回したが、そこに相棒とオリーの姿は無かった。
部屋に戻り、リビングを確認する。
そこにも二人の姿は無かった――が、代わりに音が耳に届いた。
鼻をすするような小さな音が、時折聞こえてくる。
その音の源を辿ってみると、相棒の部屋の前に導かれた。
聞き耳を立てているつもりはない。
しかし、ドア越しでも相棒の声がわかる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
ただひたすら繰り返される謝罪の言葉。
なんというか――こんな状態になるまで相棒を構ってやれなかった、気遣ってやれなかった自分が情けなかった。
一応、部屋の扉をノックをしてみたが、相棒の謝り続ける声が止むことは無かったので、「入るぞ」と言ってから入室する。
まず目についたのは、本が山のように積まれた机だった。
それらが何であるのかというと、すべてが魔法関連の書物だった。
剣にしても魔法にしても、実力をつけるために技術の修練と研鑽が必要であるという点では共通しているが、それらを積みかさねていくうえで求められるものの種類は異なる。
剣は体験を、魔法は知識を求められる。
もちろん質が良く、量も多いに越したことは無いのだが、剣の鍛錬においては『量から質が生まれる』のに対し、魔法の修練においては『質が第一、量は第二』であるらしい。
剣は多くの体験――実戦経験や命のやりとりの量――が質へとつながっていく。
魔法は体験を積むよりも、むしろ正しい魔法の知識やひらめきやセンスといったものに触れることが大事である、とは相棒からの受け売りだ。
魔法使いに覚醒できる人間が少ないことからも分かるように、魔法というのは才能の世界なのだ。
その事実を知ってからは、相棒が魔法書を購入することに賛同の立場をとってきたわけだが、五年近くも経つと、幅広い机だけでなくその周辺の床、さらに壁際にある本棚に収まりきらないほどの量が積み重なるほどになる、という実例が目の前にあった。
そして、この積み重ねてきた書物が、相棒の研鑽の証でもあった。
書物だらけの部屋の中は、夕暮れ時でもう明かりを点けていい頃合いでありながら、部屋を照らす光源となるものは存在しなかった。
「剣王様、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい。私はひどい恩知らずです」
その暗がりの中、まるで寝床を拡張しているみたいに平積みにされた本に囲まれる形で存在するベッドの上に、相棒は膝を抱えて座っていた。
相棒は、俺が昔彼女を助け出した時に渡した外套をしっかと握りしめて、頭から被っている。
以前、相棒から聞いたことがある――これがあれば守られている気分がするので寂しくなることはない、と。
「何も分かっていなかったんです、知ろうとしなかったんです、優しさに慣れきってそれが当たり前だと思っていたんです……だからあなたの気持ちも知らずにあんなひどいことを……」
しかし、まあ、なんというか。
今の相棒を守るものは、むしろその外套だけだった。
弱すぎる、と感じた。
もしも、今の状態の相棒が討伐に出かけようとするなら、俺はきっと力でねじ伏せてでも部屋から出られないようにするだろう。
戦う人間の見せる姿ではない。
そう。
つい忘れていたが、相棒はまだ未成年の少女なのだ。
その魔法の実力から、俺は彼女を強い人間であると思い込み、優しくすることがむしろ失礼にあたる、と考えるクセがついていたが――戦っていないときの彼女を、ちゃんと見てやれていなかった。
いくつになろうと、どれだけ共に修羅場を潜り抜けようと。
俺は相棒の保護者であり、彼女はいわば保護される側の人間なのだ。
相棒の座るベッドに腰掛ける。
すると、びくりと相棒の体が震えた。
「――剣王様? あ、あの……あの、あの、わたし、わたしぃ………いつもいつも、たすけられてるのに、何も恩返しできてなくてっ……いつも大事にされてたのに、なのに、知らずに責めるようなこと言って……わたし、さいていで、ひどい人間でぇ……」
「ああ、もう。無理になにか言おうとしなくていい」
部屋の薄暗さは、相棒の尊厳を守ることに繋がっていた。
おそらく昼間に見ていたら、その顔は涙と鼻水でべとべとで、目が真っ赤になっていることがすぐにわかったことだろう。
常備している手ぬぐいを取り出して、相棒の顔に軽く押しあてる。
少々強引なやり方だが、これぐらいしてやった方がいいだろう――今の相棒に自分の顔に気を配れるだけの余裕や冷静さといったものは欠けている。




