魔法使いの《宝物》#1
「おはようございます、兄さん。今日はいつ鍛錬に出かけますか?」
冒険者ギルドから宿屋の部屋に戻ってすぐ、オリーがてくてくと近づき、話しかけてきた。
ここ一か月ほど、ほぼ毎日こうして剣の鍛錬に誘ってくる。
今から行こう、と返事したいところだったが、今日ばかりはそうもいかない。
「すまん。今日は一緒に鍛錬行けないんだ」
「え……」
断られるとは思ってなかったのか、オリーは気の抜けた顔をした。
俺だって、本当は断りたいわけではないんだが。
「今日は用事がある。行きたいならギルドまでは送るが、一緒に鍛錬はできない」
「……わかりました、それなら家にいます」
「ああ、悪いな」
「気にしないでください。巫女様も時には休養も必要と言っていましたので、今日はお休みします」
そうオリーは言ったが、背を向けて去る姿には少しの落胆がみてとれた。
後ろ髪を引かれる気分が無かったわけではないが、そのままいくと今日やろうとしていることはできなくなってしまう。
――すまん、オリー。
心の中で謝罪したが、口にまでは出さないでおいた。
相棒の部屋、その扉の前。
そこで立ち止まり、ノックする。
俺は何か言おうと口を開けた――が、すぐに言葉を紡げなかった。
思考停止したと言ってよいかもしれない。
多分、俺はこれまでに無い状況に困惑しているのだ。
俺の方から、相棒へ「二人で出かけよう」と誘ったことは、これまでにも何度もあった。
それらは、自然にやれていた。
食料や日用品の買い出しが多かったが、二人でやった方が早くて効率的という事情があり、気負うことなく誘えていた。
それ以外にも、なんとなく暇だからという理由で二人揃って外出して、歩き回って街で気になったものを見たり買ったりすることもたまにあった。
しかしこれらの行動の動機は、流れとか雰囲気とでも言えるものであり、今の俺を動かすものとは違う。
俺は今、目的を果たすため能動的に相棒を街に誘おうとしている。
これは未知の行動だ。
だから、俺はノックしても何を言ったらいいかわからず、しばらく沈黙してしまったのだ。
再度、ノックする。
「……いるか?」と、どうにか短い言葉を口に出すことができた。
時間的に相棒は部屋にいるはずだ。
それに、彼女が黙って外出するとも考えにくい。
……いや、今の俺と相棒の関係なら、黙って外出される可能性もあるが。
部屋に相棒が居て、こちらの声を聞いていると想定して喋る。
「色々と伝えたいことがあるから、直接話したい。顔を見せてくれると助かる」と言っても、反応は無い――いや、かすかに木製ベッドの軋む音が聞こえた。
部屋に相棒は居る。しかし、返事は無い。
それでも、こちらの声かけに反応した風ではあったので、まだ救いはある。
ドアの下と床にある隙間から、二つ折りの紙を差し込む。
紙には――まあ、色々と書いてある。
普段の俺ならまず言わない種類の言葉とか。
相棒に対する、あれやこれやとか。
いつもなら、手紙なんて回りくどいことはせず、言いたいことは口で伝える。
しかし、ギルドの女性職員が言うには「言葉だけが気持ちを伝える手段じゃない」ということらしく、さらに「手紙の方が恥ずかしさは少ない」らしいので、もしかしたら今の状況には適しているかもしれない。
「今、手紙をそっちの部屋に入れたから、見てほしい……あと、無理強いはしないが、出てくる元気があるなら、街の広場にある大樹のところまで来てくれ。昼飯でも食おう」
言い残し、俺は相棒の部屋から離れて、外出することにした。
街の広場には《雨宿りの大樹》という巨木が鎮座している。
なぜ《雨宿り》という二つ名がついているのかというと、その名の通り、雨宿りに使えるからだ。
相棒が言うには、この木はイチイという種類で、樹齢は軽く三千年を超えているという。
長い年月で魔力を蓄積する性質をもったらしく、それを知った過去の魔法使いが、大樹の幹に微弱な風の魔法を放つ魔法陣を刻みつけ、以来この大樹の周囲五メートルは常に風が流れ続けている。
この風の影響で、ちょっとした雨程度ならこの木の周囲には落ちてこなくなり、誰が言ったか《雨宿りの大樹》と呼ばれるようになったのだ。
なぜ雨を遠ざける大樹が、雨を浴びずに生長していられるかというと、必要量の水分は風魔法でも弾かない仕組みになっているからでしょう、と相棒は教えてくれた。
その大樹の傘の下に設えられたベンチで、俺は相棒を待った。
しかし、彼女はお昼時を過ぎてもやってこなかったのだ。
「こんにちは。隣、いいか?」
と言ってやってきたのは、ここの大樹を始めとした広場全域の管理を任されているラウルじいさんだった。
腰の位置を右にずらすと、ベンチの空いたところにじいさんは座った。
そして、おもむろに話しかけてきた。
「今日はどうした、いつも一緒にいる魔法使いの嬢ちゃんは?」
「家で留守番だよ」と俺は嘘を言った。
「そうか。わしはてっきりあの子と待ち合わせでもしてるのかと思ったよ」
思わぬ言葉に、少し驚いた。
「よく当てられたな、年の功か?」
「なんだ、留守番じゃなかったのか。ということは、アレだな。デートの待ち合わせ」
「……否定はしない」
デートという単語は否定したいところだが、待ち合わせしているという点では合っているので、否定できなかった。
「まあ、年の功というよりかは、ただの観察眼と言うべきかもなあ。広場、しかも大樹の下なんて、待ち合わせるにはうってつけだ。《雨宿りの大樹》があるから、雨具を忘れても待ち続けられる。それにお前、誰かを探す目をしてるからわかりやすかったぞ」
「待てよじいさん、そこまでわかりやすくなかっただろ」
「いやあ、どうじゃろうなあ?」
ラウルじいさんのしわまじりの笑みがうっとおしく感じられたので、広場から離れることにした。
あのまま待ち続けていても、おそらく相棒が来ることは無かっただろうから、じいさんがやってきたあたりが引き上げ時としてキリのいいタイミングだった。
さて、相棒とサシで話すことはできなかったわけだが、これからどうするべきか。
誘っても乗ってこなかったということは、相棒は怒っているかもしれない。
説教してきたギルドの女性職員によると、その怒りを生み出した原因は俺の態度にあるらしいので、謝った方がいいのだろう。
「……けどなあ」
謝るといっても、どうしたものだろう。
これまでの人生で、もちろん他人に謝ったことはある。
たった一人で山にこもって生活しているわけでないかぎり――言い換えれば、他人とどうしても関わることになる街で生活しているかぎり、他人に謝ったり謝られたりすることはある。
けれど、そう言った謝罪はほとんど即応するものであり、後になって謝罪するというケースはなかなか無い。
謝罪の対象が同居人となれば、今回が初めてのことだ。
いっそ普段通り、かしこまらずに軽く謝って済ませようか――と思ったところで、ギルドの女性職員からのアドバイスを思い出した。
『普段と違うことをしてみましょう』
いつもの俺がやっていること、そして、いつもの俺ならまずやらないこと。
相棒に手紙を渡して気持ちを伝えた時点で、すでにいつもの俺ではないのだが――どうせならもう一つばかり、違うことをやってみようか。
広場で待ちぼうけしている間に、ふと浮かんだことがあった。
魔物討伐で相棒を救い出して、同居をはじめておよそ五年。
この間に、一度もやったことの無いイベント――というか、やったことの無いモノがある。
思いつきをカタチにするべく、人通りの多い方へと足を運んだ。




