魔法使いの《不安》#2
「あなたは倦怠期というのをご存知ですか?」とギルドの女性職員が言った。
倦怠期。
聞いたことのある言葉だが、誰かとの会話で使ったことのないものだ。
触り程度の知識しか知らない。
「倦怠期って、あれか。長年連れ添った夫婦がなるっていう」
「未婚の男女にも倦怠期はおとずれるんですよ、これが……長く一緒に居ると、相手のことを知ったつもりになってしまい、対応が決まり決まった、おざなりなものになっていくんです。すると、親愛の心が少しずつ弱くなってゆき、並行して二人の仲が少しずつ冷めていく。そうやって別れる男女がどれだけ多いことか」
「男女って……俺とあいつは別に交際しているわけじゃないんだが」
はあ、とわざとらしくため息をつかれた。
「こんなのは受付の職掌の範囲外なんですが、言わないままにしたらギルドの討伐成績に影響しますし……仕方ありません、お二人のために、相棒さんの言葉を代弁してあげます」
「わかるのか、なら頼むよ」
「まったく、朴念仁が……」
女性職員は周りに目配せをして、誰も聞いていないことを確認し、こう言った。
「いつも冷たくあしらわれて、辛いです……やっぱり若い子のほうがいいんですね」
「若いって……お前も十分若いだろ」
「それは男の見方です。多くの女は年齢を気にするものなんです……というか、せっかく代弁してるんですから邪魔しないでくれますか」
注意されてしまったので口を噤むことにした。
「もう私に飽きてしまったんでしょう? だからそんな味気なくあしらうんです、きっとそうです」
なんだこれは。
なぜ痴話喧嘩みたいな台詞が出てくるんだ。
「――私のことなんて、もうどうでもいいんじゃないですか?」
「待て、流石にそれは待て」
黙っているつもりでいたが、これは聞き流せない。
「俺は、一度たりとも相棒をどうでもいいとか、居なくてもいいとか考えたことはない」
「……あのですね、それを私に言っても意味ないんです。その言葉を相棒さんに聞かせてあげないから、あの子は不安になっているんですよ? どれだけ長い付き合いであっても、伝える努力をしないと理解されないんですから」
「いや、こんなこと改まって言うのも…………あれだ、気恥ずかしい」
「それはまあ、気持ちはわかりますが」
私も夫にはなかなか正直に気持ちを伝えられません、と女性職員は言った。
「ですがこのままだと、魔法使いの相棒さんとの関係は悪化したままですよ」
「……それは困る」
切迫した問題だ。
昨日だって、相棒との連携がガタガタなままでヘルドウルフを狩り、そのせいであわや負傷するところだったのだ。
あの程度の魔物だからそれで済んだが、より強い個体――人間サイズの武器を振り回して襲い掛かってくるオーガとか、岩を食い破る顎を持つロックワームとか、敵対すること自体がまずありえないが真性のドラゴンとか――を相手すれば、二人揃って全滅するに違いない。
「ええ。当ギルドとしても、あなたたちが仲違いしたままでいるのは望ましいことではありません……よって、私が関係改善の手助けをします」
「いいのか、そこまでしてもらって」
「あなたに任せきりにしていたら、さらに悪化する可能性もありますから、致し方ありません」
そう言うと、女性職員は耳打ちしてきた。
この時、彼女から聞かされた改善策というのは、俺からすれば全身が震えるほどに恥ずかしいものであったが、「相棒さんと仲が悪いままでいいんですか」という言葉に、結局折れた。
正面から向き合うこと。
自分の思いを伝えること。
そして、いつもと違うことをしてみること。
……ハードルが高いな、どれもこれも。




