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《勇者》の簒奪#5

 聖都の出口となる石造りの門をくぐった辺りで、煩わしさから開放された喜びがこみ上げた。


 俺の相棒はというと、遠ざかっていく聖都を睨んでいた。


 どうした、と俺が問うと、相棒は言った。


「剣王様、もう二度と、絶対に、金輪際! あの街と教会、それとあのなんたらの巫女に関わらないようにしてくださいね!」

「《聖剣の巫女》だ……どうした、気に入らないことでもあったか。昨日は、聖都にまた来ることがあったら屋台のメシは食べたい、って言ってたのに」

「前言撤回です。これ以上あの教会に関わるとろくでもないことになります、剣王様も気をつけてください! 何が聖女だ、あの淫――」


 物理的に相棒の口を塞ぐ。


 だいぶ離れたとはいえ、どこに教会の耳があるかわからない。


 相棒が何を口走ろうとしたかだいたい察しがつくが、だからこそ黙らせておくべきだ。


* * *


 時すでに遅し、という表現。


 それは、この時の俺たちの置かれた状況を指すものとして正鵠を得ている。


 これ以上聖剣教会に関わったら、と相棒は言ったが、その見立ては間違っていた。


 なぜなら、この時の俺たちはすでに深みにはまっていたからだ。


 聖剣教会と、聖女と、聖剣。

 そして聖剣に選ばれた勇者。


 ただの冒険者に過ぎなかった俺たちが、それらにまつわる事情に絡めとられてから、すでに時が経ちすぎていた。


 そのことを理解したのは、馬車が俺たちの住む街に到着した後のことだ。


* * *


 馬車の御者は冒険者ギルドに付くと、教会で受け取った木箱を置き、去り際に俺に便箋を手渡した。


 何だこれは、と問う俺に向けて、御者は「聖女様からの手紙でさあ。必ず読んでくださいって言ってましたぜ」と言い残し、馬車を手際よく片付けて去っていった。


「剣王様、こんな手紙は破きましょう」と相棒が言う。

「いや……そうもいかないだろう」

「だって、絶対私たちにとって不利益なことが書いてありますよ、何となくわかります」

「それは俺もわかってる。だが……」


 おそらくは、すべてが手遅れだ。

 手紙を渡された時点で――いや、帰り際に聖女と会話した時点で、すでに。


 聖剣教会の封蝋でとめられた便箋の口を開き、中に収まっている紙を取り出す。


 そこには、普段見慣れない美しい筆致で書かれた文章があった。

 状況的に、これをしたためたのは聖女だろう。


「なんて書いてあるんですか、剣王様」


 手紙は相棒に見えない角度で持っている。

 無意識にやっていたことだが、この時はそれがいい方向に働いた。

 もしもこれを相棒が見ていたら、何をしでかすかわからない。


『あなたになら託せます。勇者の面倒を見てあげてください』


 背筋に走る嫌な予感。

 聖剣教会から運搬し、さっき馬車から下ろしたばかりの木箱が目についた。


 馬車で移動していたときから、荷台を占有していて邪魔だと思うくらいには、それは大きかった。

 相棒の小さい体どころか、足を曲げれば俺の体だって入りそうなほどに。


 木箱の大きさ、それに加えて、聖女の手紙に書かれた内容。

 この状況から逃げられるものなら逃げたかった――だが、おそらくはもう逃げられない。


 聖女との問答で、「逃げられないなら戦う」と俺は答えた。

 それに偽りは無い。

 無いのだが、せめて戦う相手は剣の通じる相手であってほしかった。


 いや、わかっているのだ。

 実戦で戦う相手を選ぶ余裕などない、ということなど。


 木箱の蓋を止めている固定用金具は、引っ張ればあっけなく外れた。


 蓋を開けずにこのまま立ち去ってしまおうかと逡巡するも、結局諦めて蓋に手をかけ、内容物を確認した。

 そして――そっと蓋を閉じる。


「剣王様、何が入ってたんです?」


 自分で見てみろ、という合図を送ると、相棒はその通りに動いた。


 この時に相棒が声を上げなかった理由は不明だ。

 中身を見てもよくわからなかったのか、驚きのあまり声が出なかったのか。


 俺はというと、後者の理由から何も言うことができず、木箱を背にして地べたに座り込んだ。


 天を仰ぐ。

 考えうる限りで、これ以上の厄介ごとは無いと言える。


 相棒を魔物の巣から連れ出したときだって、子供を助けるなんて柄じゃないと考えつつも、厄介ごとを抱え込んだとは思わなかった。


 しかし、今回ばかりは状況が違いすぎる。

 俺に荷物を預けたのは聖剣教会の聖女、さらには彼女からの手紙で俺をご指名だった。


 手紙に名前までは書かれていない。

 しかし、聖女は手紙の送り先である俺の顔を覚えている。


 つまり――完全に逃げ道を塞がれている状況だ。


 さっき蓋を開けて見た木箱の中には、眠りこけた少女が居た。

 ちゃんと観察していないが、年の頃は今の相棒よりは下。


 冗談であって欲しい、と現実逃避する。


 ――ああ、もちろんわかっている。


 聖剣教会の聖女が、ただの冗談でこんなことをしでかすわけがないってことぐらい。


 はめられた。

 特大の厄介を抱え込まされた。


 聖女の手紙に書かれているとおりなら、この木箱の眠り姫は――この時代の勇者だ。


 本来なら今頃、聖都で《聖剣復活祭》の主役として扱われるはずの人間が、ここに居る。


 華々しさなんて欠片もない、安っぽい木箱の中に。

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