《勇者》の簒奪#2
今回の依頼元は聖剣教会であり、その本部は聖都と呼ばれる街にある。
街の住人はすべて教会の信者と言われている。
例外は、冒険者や商人の家族などの比較的短期間に住む人々。
調べていないのでわからないが、もしかしたら教会の教えから離れた人も一定数いるかもしれない。
聖都は祭りを匂わせる空気に包まれていた。
開かれていたのは、《聖剣復活祭》の前日祭というものだった。
この前日祭の間に観光客や商人などの外からやってくる人々を聖都で迎え入れる。
聖都に何度も通っている馬車の御者曰く、普段の聖都はもっと静かなものらしい。
年に一度、過去の勇者たちを讃えるお祭りが行われるが、それでさえ俺たちがやってきたときの盛り上がり具合に比べれば大人しいものだという。
「冒険者のダンナも、ちょっとだけ楽しんで行かれては? ダンナが聖剣教会を嫌ってそうなのは見てりゃあわかりますが、お祭りの間だけは信者以外も楽しめますぜ。聖都の水は質が良いから、屋台の料理も他の街に比べて美味い」
「気が向いたらそうするよ。ところで、《聖剣復活祭》ってのは一体何なんだ?」
「あっしも詳しくは知りませんがね、どうやら聖剣を託せる勇者様が現れたってんで、教会が聖剣を勇者様に託すらしいです。で、それを祝してお祭りをやるんだとか」
勇者の象徴となる聖剣は、聖剣教会が授けるものだ。
聖剣はこの世に一つだけらしく、聖剣を託される勇者も一人だけ。
一度勇者に聖剣が託されると、その人間が生きている間は新たな勇者が出現することはありえない、ということになる。
いつの時代でも勇者が必要とされるわけではないため、勇者が居ない期間もある。
勇者が必要とされる状況、それは聖剣をもって倒す《魔王》が出現したときだ。
聖剣教会が聖剣を託すということはすなわち、《魔王》の出現を教会が公表したということだ。
そのような見方をすれば、「祭りなんかやっている場合じゃないだろう」と思ってしまうが……これは単に俺が教会に対していい印象を持っていないからそう思えるだけだろう。
実際、俺が教えていないせいで聖剣教会のことをほぼ知らない相棒は、純粋に初めて来た聖都の祭りの雰囲気にはしゃいでいた。
「見てください、剣王様。セプトボアの串焼きと、オルグボアの肉巻きを別々の屋台で売ってますよ。珍しいというか、同じ時期に狩れるんですね」
「ああ、聖都近辺は魔物の生態系が特殊でな。他の地域だと冬季と夏季で活動時期のはっきり分かれるボア種とかの魔物でも、この辺りだと季節関係なく出てくるんだ」
「地域で差があるものなんですね。興味なかったのでどこでも同じだと思ってました」
相棒は魔法に関する研鑽は欠かさない。
代わりに、冒険者としての知識量は表面的な部分しか知らない。
そういった知識は俺が押さえておけばいい、と思っている。
相棒には魔法使いとして少しでも実力を伸ばしてほしい――魔法の扱いが上手くなれば、俺が巻き込まれることも減るだろうから。
その後、馬車は聖剣教会本部の裏口に到着、魔物たちを閉じ込めた檻を大きな事故もなく引き渡し、拍子抜けするほどあっさりと依頼の達成条件をクリアした。
復路は同じ馬車を利用するつもりだったので、翌日出発するという御者の言葉を信じ、俺と相棒は祭りで屋台の食事を堪能し、宿をとって寝た。
* * *
人生を変える選択肢があるとして、それがこの日の行動によって変わるものだとしたら、俺はこの日聖都に一泊しただろうか。
もしも、依頼を達成してすぐさま聖都から離れていたら、どうなっていたのか。
だが、こんな仮定は意味をなさない。
すでに選択は済んでいるし、後になって人生を振り返っているから、『もしも』を想像してしまうのだ。
その日の俺は、自分の人生における大きな転機を通り過ぎていたことなど知らず、旅の疲れを宿屋のベッドで癒していた。
このようにして、俺は知らず知らずのうちに重要な選択を選び取っていくのだろう――と言えるのも、ジジイになるまで時間が過ぎたからだ。
まだ若かった俺には、人生の大きな転機がこの日に訪れていたとは予想できなかったのだ。




