《聖剣》のおとぎ話
有名なおとぎ話の中に、《魔を断つ聖剣》というものがある。
どのような話かざっくり言うと、剣を携えた勇者が魔王を倒す、というものになる。
ひねりも何もないから子供にもわかりやすく、小さい子供たちのごっこ遊びの題材に向いている。
そして、魔王を倒すその剣というのが《聖剣》である。
この話では、聖剣を扱う勇者や、倒される相手は世代をわたっているのに、聖剣そのものは不変であるという設定になっている。
それはまあ、そうだろう。
なんたって聖剣というくらいだ。とてつもなく鋭い切れ味を持っているだろうし、いくら激しい戦いであっても折れるなんてことはなさそうな印象がある。
しかし、大人になってからこのお話を読み返すと、別の印象を受ける。
足りないのだ、この剣に関する情報が。
物語の中で勇者が聖剣を手に入れるという点は共通している。
けれども、この剣が実際に何かを斬ったとか、攻撃魔法的な何かを放ったという描写が一切無い。
徹頭徹尾、他の解釈の入る余地もなく、それが貫かれているのだ。
『勇者が魔王を倒した』と表現されているが、『勇者の聖剣が魔王を貫いた』とは描かれていない。
あえて子供が理解しやすいようにそれらを削ったという見方もできるが、お話の題名でもあり、勇者の強さの象徴とでもいうべき聖剣への扱いとしては相応しいとは言えない。
そのため、物語に親しみのある人間は、《魔を断つ聖剣》を英雄譚としてではなく、毛色の異なる物語として読む。
この剣は魔王を倒し続ける《呪い》であり、それに取り憑かれた勇者は強制的に魔王とその配下と戦い続けることを強いられる――そんな、薄ら寒くなる血みどろの背景を持つ話なのだと。
そして、その見方は正しい。
ジジイになるよりずっと前に、俺は聖剣の正体を知った。
あまつさえ、それのとんでもない力と対峙したからわかるのだ――あれは英雄譚なんかじゃない、誰かが残した教訓だ。
《魔を断つ聖剣》は、誰かが間違って聖剣を手にしないよう教えてくれているのだ。
それにしては、伝え方が遠回しではあるが。




