居酒屋作戦会議
それからというもの、事あるごとに雪山のすばらしさを語られるようになった。
やれ、山頂からの景色を見ないと人生損しているだとか、朝一に刻むシュプールは至高の瞬間だとか、新雪の中の浮遊感はまるで異世界だとか。
樹音だけでなく、翔太も、あゆみも、顔を合わせれば何かしらの誘いをかけてくる。
……仕事しろよ。
そう思いつつも、あいつらの話を聞くたび、また確かに、まだ見ぬ雪山へと興味をそそられている自分がいるのだ。自分では気づいていなかったが、雪と無縁の世界で育った俺には、やはり雪への強い憧れがあるようだ。
そんな表情を見て取ったのか、にやにやと含み笑いを浮かべた樹音が駄目を押してくる。
「ほれほれ、まだ雪山童貞のままでいるのかい? ハルアキくん」
「あー、もー。わかりましたよ。降参です。オレも参加させてください」
「オーケー。素直でよろしい」
「じゃあじゃあ、今夜にでも打合せましょう。僕が場所押さえときます」
やけに段取りよく、翔太が話を進める。有能だな、お前。
「期待しててよ。ほんとに異世界なんだから」
楽し気な笑みを浮かべて、樹音が告げる。その面差しは、やけに魅力的に見えた
「かんぱーい!」
定時で仕事を切り上げた樹音、翔太、俺の三人は、とある居酒屋に居た。
漆喰塗りの外壁、こぢんまりとした和風な作りの店で、手ごろな割にうまい料理を食わせてくれる。啓介チームの他にも、わが社の面々が贔屓にしている店である。
聞けば、大将は京都の有名料亭で腕を磨いた本格派らしい。以前、給仕のお姉さんが教えてくれた。
カウンター席に俺を挟んで、右手に樹音、左手に翔太。
並んで、ごくりごくりっとジョッキを傾ける。
「「「ぷはぁ」」」
「で」
流し込まれる、とりあえず生。のどが充分に潤ったところで、翔太が切り出した。
「Ⅹデイは来週土曜、集合までだと、あと七日しかありません」
「はじめてだったら、何も持ってないよね?」
樹音が問いかける。
「もちろん。っていうか、何を用意すればいいんですか?」
突き出しのサトイモの煮っころがしをつつきながら、俺は答えた。
……うまいな、これ。
「まず、スキーとスノーボード、どっちをやるかですけど。あふっ」
さっそく届いたワカドリのから揚げを頬張りながら、翔太が問う。
「わたしが教えるなら、スキーになるけど」
「僕もはじめてはスキーがいいと思いますね」
なんだ、すでに決まってんじゃないか。
「オレはやったことないから。おススメに従いますよ」
「じゃぁ、必要なのは……」
話についていけてない俺だったが、樹音と翔太の話をまとめると、
・スキー、スキーブーツ、ストック
・スキーウェア
・アンダーウェア、ミドルウェア
・グローブ
・ヘルメット
・ゴーグル
・その他の着替え(靴下は多めに)
これらが必要なんだそうだ。
「う、随分いろいろ要るんすね。大変だなあ」
懐具合を心配して、ふとつぶやきの漏れた俺へ、樹音と翔太がすかさずフォローを入れる。
「スキーとブーツ、ストックはレンタルでいいよね」
「スキーウェアは、僕の持ってるのを貸すよ。ハルアキ」
「いいのか? ショータ」
「長くやってると、何着もウェアあるんだよ。グローブもセットであるから」
「ありがとう。助かる」
続いて、樹音が聞いてくる。
「アンダーウェアはスポーツ用の速乾素材のがあるといいけど」
「それなら、オレ持ってます。ミドルウェアって何ですか?」
「スキーウェアとアンダーウェアの間に着る保温着ね。フリースのジャケットとかなんだけど」
「今着てるソレでいいんじゃない?」
俺がスーツの下に着ていた、ラウンドネックの薄手ダウンを指して、翔太が言う。国産アウトドアブランドの製品で、薄くて軽いのに温かい、お気に入りのモノだ。
「うん、いいと思う。ちょっと首元が寒いかもだけど、ネックウォーマーすればいいから」
樹音からもオーケーが出て、俺は少し安堵した。
「ヘルメットは頭に合ったのがいいんだけど」
「ジュネさん、それはオレ買いますよ」
思っていたより出費を抑えられそうで、少し気の大きくなっていた俺が言う。
「この週末しか用意する時間ないよ。明日の土曜は時間ある?」
「オレは大丈夫です」
と樹音に答える。
「よし。じゃあ足りないもの買いに行こう。十時に寮の前まで迎えに行くね」
「え、」
店でも、駅でもなく、寮で待ち合わせって。樹音は車で迎えに来るつもり?
「あ、僕は用事あるんで。ジュネさん、明日はお任せします」
すかさず答える翔太。……くそ、逃げやがった。
ほろ酔いで、にこにこと微笑む樹音に、俺は断る言葉を思いつくことができなかった。
連続投稿。続きます。次は、はじめてのお買い物だ。