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深夜、異音、悲鳴 それとたわわ

――んん。

 もぞもぞとした感覚を下腹に感じる。浅くなっていた眠りが、徐々に覚めていく。

 じんわりと瞼を開いた俺は、そこが柔らかなベッドの上だということを認識した。ブランケットを巻き込むように、丸くなってベッドに横たわっていたのだ。

 昨夜は……えーと。どうしてたっけ。

 ああ、樹音とスキー場で迷って、雪道をずっと歩き続けて、その先には山小屋があって。

 そうだ、そこには、たわわな美女と美幼女……ネージュとコユキが居たんだっけ。

 そうして……あ!

 俺は樹音と同じ部屋で寝ていたことを思い出した。ばっと、上半身を起こす。


――ぎぃ。

 扉のきしむ音。半開きになった扉が動いて、音を立てたようだ。

 ふと目の前にある窓を見る。そこにかかるカーテンが揺れ、その隙間からは、まだ夜の闇が覗いていた。

 部屋の中は薄暗い。ランプの灯りが小さく絞ってあって、ぼんやりと周りが見える程度になっている。それは星明りの夜道くらいに。ネージュが調節してくれたのだろうか。ぐっすり眠れるように? それとも、起きないように? なぜか一瞬、そんな考えが浮かび。

「んっ」

 またしても下腹に走る、もぞもぞとした感覚。そういえば昨日は、山小屋に着いてから一度も致していなかったことを思い出した。

「トイレはどこだ?」

 そう呟いて、ベッドから抜け出した。隣のベッドではブランケットが静かに上下している。樹音はぐっすりと眠っているようだ。

 起こさないようにと、静かに立ち上がる。俺は、ベッドの脇に用意されていた上履きを履いて、部屋に一つだけの扉をゆっくりと開けた。

 廊下は部屋よりも、もう一段暗くなっていた。ところどころに掲げられたランプがほのかに行く先を教えてくれる。


 ランプの灯りに導かれるように俺は進む。階段を下り、灯りが続く方へと向かっていると。

――しゅっ。

 何だろう? 何かをこするような音が、小さく聞こえた。

――しゅっ。しゅっ。

 歩みを進めるたびに、その音は俺の耳にはっきりと届くようになって。

――しゅっ。しゅっ。しゅっ。

 もう、しっかりと認識できるようになっていた。まるで刃物を研いでいるような、その音を。

「……まさか、ね」

 脳裏に浮かんだのは、大きな包丁を研いでいる鬼婆の姿。……いや、そんな和風なお話じゃないでしょ。どう考えても、この異世界は洋風なはず。そう自分の考えを打ち消すように呟く。

 不安を掻き立てるその音を感じながら、一歩一歩進む俺。どきどきと響く鼓動が、その音と混じって、一段と心が騒ぐ。

――しゅっ。しゅっ。しゅっ。しゅっ。

 立ち止まり、壁の方を向くと。その音は、目の前の扉から響いてきていた。


 そっとドアノブに手をかけ、回す。音を立てないように、ゆっくり、ゆっくりと扉を押していく。少しずつ開くその隙間から、うっすらとした光が漏れ、廊下に帯を描く。

――しゅっ。

 扉の隙間から響くその音は、一段と鋭く俺の耳に届いた。びくりとして、俺は思わず、扉を開く手を止めた。

 この先にいるのは、いったい……

 いや、と俺は考えを巡らす。この家にいたのはネージュとコユキだ。幼いコユキがこんな夜半に何かしているとも思えない。であれば、ネージュが料理道具の手入れでもしているのだろう。すっと扉を開けて『お手洗いはどこですか?』と訊ねる、それだけでいいはずだ。

……いいはず、なんだけれど。

 何故だか、扉をすっと開く、その一押しができなかった。

 仕方なく俺は、ほんの少しだけ開いた扉の隙間から、その中を覗き込む。


 まず見えたのは、板張りの床に落ちる影。テーブルの形をその床に映している。そしてそのテーブルの影には、何か動く影が重なっていて。

――しゅっ。しゅっ。

 あの音に合わせて、ゆらり、ゆらりと動いていた。


 さらに覗き込んでいく俺の目に入ったのは。

 鈍く光る刃物の切先だった。

――しゅっ。しゅっ。

 音に合わせ、その切先が現れ、隠れする。

 隙間から窺えるかぎりでも、その刃物の大きさは、料理に使うようなものではなかった。

 形こそは、俺がよく知る包丁と似ているのだが。

 その刃はまるで刀のように長く伸びていた。


……ごくり。

 つい息を呑む。この先に居るのは、あの、たわわな美女なのだろうか。

 俺は覚悟を決めて、さらに奥を覗き込む。


 そこには。

 がりがりに痩せて筋張った浅黒い手が、巨大な包丁を砥石に擦りつけていた。

 色褪せた赤い三角帽子。大きく曲がった鼻。そして皺だらけの顔に、落ち窪んだ眼窩。

 そこに居たのは……たわわな美女、ではなく。


 ちっさいおっさん、だった。


 瞬間、ちっさいおっさんと俺の目が合う。

「うわーーーー」

「ぎゃぁーーーー」

「がっしゃぁーーん」

「きゃぁぁぁーーーー」

 幾つもの大きな声が、大きな音が、そして大きな悲鳴が、ひと時に重なった。


 俺はとっさに廊下へと取って返し、そして大きな音と悲鳴がした方へと振り向く。

 それと時を同じくして、ネージュと樹音、二人が各々の部屋から飛び出してきた。


 薄暗い階段を駆け下りてくる美女が二人。

 先に降りてきた美女は、赤みがかった金髪を軽やかに揺らし、素早く駆け寄ってきた。俺の姿を認めると、その足を止める。

 足元から膝、すらりとした太もも、柔らかな曲線を描く腰へと視線がたどる。黒いタイツがぴたりとその脚を覆っていた。そして引き締まったウエストと。

 タイトな長袖の機能性インナーウェアが、慎ましやかながらも美しい胸元のラインを描き出している。樹音だ。


 もう一人、少し遅れて階段を降りてくる美女。

 その赤みがかった金髪は、ゆらり、ゆらりと揺れ。纏っているのは寝間着だろうか、ゆったりとしたワンピースのスカートがゆらり、ゆらりと揺れ。そして、特に目立つそれもゆらり、ゆらり……いや、違うな。ばいん、ばいんと盛大に弾んで。

 辿り着くまで待つまでもない。ネージュだ。

 俺と樹音の元に駆け寄るネージュ。

「はぁ、はぁ」

 両手を膝に着くように前かがみになって、荒い息を吐く。酷く慌てていたのだろう。胸元が開いて深い谷間が覗いている事にも気づいていないようだ。

 と、樹音はそっと俺とネージュの間に入って、視線を塞いだ。

「……」

 ジト目でこっちを見てくる樹音。俺は静かに後ろを向くのだった。


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