かぐや姫(高一男子)は月に帰りたい……って言ってるのに難題クリアしないでよ!
「ルナちゃん好きです!僕と付き合ってください!」
「ごめん。私、男らしい人が好きなんだ。輝夜ちゃんはちょっと……」
「そんなぁ!」
この日、竹林 輝夜は幼馴染の兎田 月に振られた。
その理由は輝夜がルナのタイプでは無かったこと。輝夜は可愛い系男子であり、『漢』らしさや筋肉が好みのルナの守備範囲外だったのだ。
「うわああああん!」
その日の晩、輝夜はベッドに横になりひたすら泣いた。
輝夜は幼いころからルナのことが好きで、高校一年生になってようやく告白する決心がついたのに玉砕してしまったからだ。
『輝夜ちゃんはちょっと……』
ルナの申し訳なさそうな表情が輝夜の脳裏に蘇り、悲しみが更に深まる。
そもそも『ちゃん』付けで呼ばれている時点で恋愛感情が無いことに気付いてもおかしくなさそうなものだが。
「ぐすっ、ぐすっ、ルナちゃああああん!」
いつまでもメソメソと泣き続ける輝夜からはルナが好む『漢』要素が全く感じられなかった。
「学校に行きたくない!」
だがそういうわけには行かない。
ショックで一週間くらい引きこもって寝込みたかったが、両親がそれを許してくれなかったのだ。
悲しみオーラを隠そうともせず、真っ赤な目元に涙を浮かべ、肩を落として登校する。
「(もう何も考えたくない)」
しばらくは何も手につかないだろう。
学校に着いたら誰とも関わらず授業中以外はずっと机に突っ伏して心を休めよう。
殻に閉じこもろうとしていた輝夜だが、周囲はそれを放っておいてはくれなかった。
「輝夜くん、ちょっと良いかしら」
「ふぇ?」
学校に着くなり伏せようとした輝夜の元に予想外の人物がやってきたのだ。
「(なんで氷の乙女が!?)」
隣のクラスの有名人、氷室 彩冷。
竹取高校五大美女の一人。
同じ高一とは思えないくらい大人びた風貌の美人であり、誰に対しても冷たい態度で接するクールビューティー。その冷徹な雰囲気からアイスメイデンと呼ばれている。彼女が口を開くと漆黒の髪が真っ白に染まり教室中が氷漬けになる姿を想起させるとかなんとか。
「輝夜くんが兎田さんに振られたっていうのは本当かしら?」
「はいぃ!?」
そのアイスメイデンが無表情で唐突に輝夜の心の傷を抉って来た。
いくら美人に話しかけられたとは言え、輝夜が受けたダメージは大きかった。
「なんでそんなこと言うのさ!」
ゆえに反射的に輝夜は怒ってしまったのだが、アイスメイデンは眉一つ動かさない。
「気を悪くさせてしまったのならごめんなさい。お詫びに付き合いましょう」
「は?」
前半部分は分かる。デリカシーの無い発言を素直に謝罪したのだ。
だが後半はどういう意味なのだろうか。
「男と女の関係になりましょう」
「気にしているのは言い方じゃないよ!?」
「意図が伝わっていないのかと思って」
「意味が分かるだけで伝わって無いのは正しいから!」
付き合いましょうの意味は分かるが、何故その発言が出てきたのかが全く分からない。
何故なら輝夜とアイスメイデンは今が初対面なのだから。
「私、輝夜くんが好き、輝夜くんはフリー、だから付き合う、簡単なこと」
「あ~なるほど、ってだから何でそうなるの!?」
「私じゃダメ?」
「あなた本当にアイスメイデンですか!?」
ほんのりと照れる氷室の姿からはアイスメイデンと呼ばれる程の冷徹さは感じられない。クラスメイトの反応をちらりと確認すると心底驚いている様子だったため、輝夜が違和感を覚えたのは正しい反応のようだ。
とはいえ氷室がイメージと違うなど今はどうでも良い。
輝夜は今は誰とも関わりたくない気持ちであり、いくら相手が美人とはいえ振られた直後に他の人と付き合うことなど考えられるはずもない。男は女々しいのである。
「僕は誰とも付き合う気は無いから、帰って!」
結果、輝夜は氷室を拒絶し、耳を塞いで机に伏せってしまうのであった。
竹取高校に激震が走る事件であったのだが、傷心メンタルな輝夜にはどうでも良い事であった。
しかし輝夜は何故かこの後も様々な女性に声をかけられることになる。
「うふふ、あなたが輝夜くんね。兎田さんに振られたことを聞いたわ。辛かったでしょう。お姉さんがお話を聞いてあげるからね。そして私が輝夜くんの彼女になるわ」
竹取高校五大美女の一人、姉小路 優香。
包容力のある柔らかな雰囲気を纏い、『みんなのお姉さん』として愛されている生徒会長が輝夜を慰めにやって来たかと思いきや、何故か輝夜の彼女になろうとしてくる。
「かっぐやくーん!元気出してよ。私が彼女になるからさー」
竹取高校五大美女の一人、愛染 小乃実。
小さくて愛くるしく小動物系の元気っ娘。竹取高校の『アイドル』とも言われる絶世の美少女が輝夜の元へやってきて、これまた慰めのフリして彼女になりたいと迫ってくる。
「あんたが可哀想だから彼女になってあげるって言ってるのよ!」
竹取高校五大美女の一人、聾田 デーレ。
クォーターであり銀髪が似合うツンデレ美少女もまた、輝夜の彼女の座を求めて来た。
「あ、あの……輝夜くん大丈夫ですか?この本でも読んで落ち着いて下さい。そしてお付き合いして一杯ご本を読みましょう」
竹取高校五大美女の一人、卯図 書桂。
本好きで大人しい図書室の『妖精』。
休み時間の度に誰かが来ることに辟易した輝夜が図書室に逃げ込んだところ、図書委員の卯図からも付き合いたいと求められてしまったのだ。
「何がどうなってるのさ!」
竹取高校五大美女が全員輝夜と恋人関係になるためにアプローチして来る。
傍から見れば大層羨ましい状況なのであるが、輝夜は想い人に振られたショックから立ち直れていない。迫って来るのがどれほど見目麗しい相手であったとしても、傷心のこのタイミングでは邪魔にしか感じられない。むしろ好感度がダダ下がりである。
「輝夜くん、彼女になろう、早く」
「お姉さんと一緒が良いよね」
「ふふん、輝夜くんは私と付き合うんだもんね」
「べ、別にあんたが誰と付き合おうと知らないからね!でも本当は私と……」
「輝夜くん、この本を一緒に読もうよ」
だが輝夜がどれほど強く拒絶しても、彼女達は諦めることなく毎日輝夜の元へと訪れる。
「(うう……誰か助けてよー!)」
このままでは傷心を癒す暇すらない。
不本意ながら竹取高校五大美女に想われているという事で嫉妬の目線で晒されて居心地も悪くなっている。
そんな輝夜に止めを刺したのは、輝夜を振った想い人のルナであった。
「輝夜ちゃん、ありがとう!」
「え?」
「輝夜ちゃんに勇気を貰って私も好きな人に告白したの。そしたらオッケー貰えちゃった。全部輝夜ちゃんのおかげだよ!」
なんとこの女、よりにもよって振った相手に別の人への告白が成功したのだと報告してきたのだ。
しかも輝夜が意を決してルナに告白したことに触発されて行動を起こしたなどと、最悪な情報込みである。
「ルナちゃんの馬鹿ああああああああ!」
傷をスコップで力一杯抉られた輝夜は、捻くれてしまった。
それゆえ、人生最大の大失敗をしてしまったのである。
「それなら今から僕が言う事をクリアしたら付き合ってあげる」
しつこく付きまとう五大美女に、溜まりに溜まったストレスをぶつけようとしてしまったのだ。
最近では五人が同時に教室にやってきて、牽制しあいながら輝夜を奪い合おうとする始末。我慢の限界だったというのもある。
「「「「「どんな条件?」」」」」
普段の輝夜では絶対にありえない上から目線の台詞。
流石にドン引きするだろうと輝夜は想定していたが、なんと五人は速攻で食いついて来たのだ。
「(そこは引き下がろうよ。付き合うのに条件出す男とか、嫌でしょ……)」
しかし相手はノリノリである。
このまま中途半端な条件を出して付き合うことになったのならば何が起きるのか。輝夜はとてつもなく嫌な予感がした。
「(輝夜だし、難題吹っ掛けようっと)」
元からお付き合いはお断りしているのに無視されているのだ。
絶対に付き合いたくないことを知ってもらうために、絶対にクリア出来ない条件をあげることにした。
「ツチノコを見つける」
「インターハイ優勝」
「遊〇王の伝説のレアカードを手に入れる」
「徳川埋蔵金の発掘」
「ガンの特効薬を開発」
一つ一つ区切りながら条件を提示する。
聞いているクラスメイトはあまりの酷い条件にドン引きである。
「さぁ、好きな条件を選んで」
にっこりと悪魔の笑みを浮かべる輝夜。
悪魔と思っているのは本人なだけで、周囲からは可愛らしいと思われているが。
そう、輝夜は可愛らしいのだ。
ある意味女性よりも女性らしく『男の娘』と評されてもおかしくない人物だ。
恐らくは女子のブレザーの方が似合うだろう。
そして竹取高校五大美女の好みにドンピシャだったのである。
彼女達は輝夜がルナを想っていることに気が付いていた為、遠くから眺める事しか出来なかったが、輝夜がルナに振られたと知ったため行動に移したのだ。
フリーになった輝夜を何が何でも手に入れたい、と。
そしてその執念は難題を示された程度では揺らがなかった。
「私、インターハイ」
アイスメイデンはインターハイ優勝。
「うふふ、私は徳川埋蔵金かしら」
みんなのお姉さんは徳川埋蔵金。
「それじゃ私はツチノコもーらいっと」
アイドルはツチノコ。
「ガンの特効薬くらい簡単ですわ!」
クォーターのツンデレはガンの特効薬。
「遊〇王一択」
図書室の妖精は遊〇王の伝説のレアカード
迷うこと無く、各々難題を選び教室を飛び出して行った。
「「「「「クリアすれば輝夜くんと結婚!」」」」」
不穏なセリフを叫びながら。
輝夜の難題が御伽噺の通りに結婚の条件にすり替わっていた。
「え、冗談だよね?」
付き合うにしろ結婚にしろ、絶対にクリア出来ないはずの難題を出したからどちらでも良い筈だ。
それなのに輝夜はどうしてか嫌な予感がした。
それからしばらくして夏休みに突入する。
告白が成功していればルナとイチャラブ出来ていたはずの夏休み。
失意のどん底に落ちていた輝夜であったが、難題を出して以降五大美女に絡まれなくなったことと、長い夏休みを怠惰に過ごしたことで、メンタルがようやく復調してきた。
何もしなかった夏休みではあるが、二学期が始まるころにはどうにか普通の精神状態に戻ることが出来ていた。
そして二学期初日のこと。
「輝夜ちゃ~ん、聞いてよー!」
輝夜の元にルナがやってきた。
ルナを見ても以前のように心が大きくざわつくことは無い。少しだけ胸がチクリとはするが十分に耐えられるレベルである。
「どうしたのさ。彼氏とケンカでもしたの?」
自然と『彼氏』という言葉が出せる程度には吹っ切れたのだろう。
好きな女性が別の人と付き合っている事実を思い出そうとすると、以前の輝夜であれば吐いていたかもしれないのだ。
「あいつもう彼氏じゃないもん!」
「え?」
「あいつ酷いんだよ。五股してたんだよ!」
「五股!?」
草食系の輝夜には考えられない行為である。
そして、ルナが弄ばれたことを知り憤慨してしまう。
「だからあいつと速攻で別れたの。早く気が付いて良かったー」
ルナの言い方からすると、男女の関係が進む前に終わったのだろう。
そのことに輝夜は少し安心した。
「他に良い人探しなよ」
例えば僕なんか。
などとは流石に言えない。
ルナは輝夜が異性として好みでは無いのだ。彼氏と別れたからと言って、自分にチャンスが回ってきたわけではないと分かっていた。
「もうしばらくは恋愛は良いや」
「そうなの?」
「うん、こりごり。あ、でも……」
「?」
「やっぱり漢らしい人より安心出来る人が良いかな。……輝夜ちゃんとか」
「え?」
「あの時はごめんね。もしよければ」
ルナとは恋人関係になれない事実をようやく受け入れ始めていた輝夜だったが、流れが唐突に変わった。
まだ諦めるには早かったのだ。はじめての恋愛で痛い目を見たルナは安心安全な相手が良いと思い直し、輝夜を異性として捉えようとしていたのだ。
「輝夜くん、私やったよ!」
「わ!」
だがその会話は唐突にぶった切られた。
いつの間にかすぐ後ろに迫っていたアイスメイデンが声をかけて来たのだ。
「もう、今は重要な話……を……」
振り返ってアイスメイデンを見た輝夜は思わず硬直してしまう。
アイスメイデンは腕に大きなトロフィーを抱えていたからだ。
「(ま……まさか)」
アイスメイデンが選んだ難題は『インターハイ優勝』
五人の中にスポーツが得意な人が居なかったため考えた難題だ。
「ほら、見て見て!優勝トロフィーだよ!」
「性格変わってる!?」
万物を凍らせる冷徹な雰囲気は何処に行ったのか。
今のアイスメイデンは何処にでもいる明るい少女にしか見えなかった。
「ってそうじゃなくて、ちゃんと活躍しないとダメだよ」
スポーツが不得意な人がインターハイで優勝する方法など一つしかない。
サッカーやバレーなどのチームスポーツの部活に入部して、チームとして優勝すれば良いのだ。それならば例え試合に出ていなくてもチームの一員として優勝したと強引にこじつけられる。
「もちろん大活躍したよ!」
「!?」
だがアイスメイデンはそんな姑息な真似はしなかった。
トロフィーにはテニス個人戦優勝の文字が書かれていたからだ。
「はぁああああ!?なんで!?氷室さんってテニス得意だったの!?」
「ううん、人生で初めてやってみた」
「それでなんで優勝出来るのさ!」
「……愛の力?」
「なわけないでしょおおおお!」
テニス界に新星現る!テニス未経験者がインターハイシングルス優勝!
夏休み期間中、スポーツニュースで話題になっていたのだが、ふて寝していた輝夜は知らなかったのだ。
これでアイスメイデンは難題をクリアした。
これでは輝夜はアイスメイデンと付き合わなければならない。
ルナとの関係が進みそうになるタイミングで、自業自得とはいえ大きな障害が立ち塞がってしまった。
しかし、障害はこれだけではなかった。
「輝夜くん、はいこれプレゼント」
「え?」
またしてもいつの間にかやってきたみんなのお姉さんが、輝夜に何かを手渡したのだ。
「これって……小判?」
輝夜は思い出す。
みんなのお姉さんこと姉小路が何の難題を選んだのかを。
「いやいやいや、流石に無いでしょ!」
徳川埋蔵金。
一時期テレビで毎年のように取り上げられていた幻のお宝。実在するかどうかも分からないお宝が見つかったなど、簡単に信じられるわけが無い。
「確かに小判があればそれっぽいけど、これが徳川埋蔵金だって証拠は」
「はい、どうぞ」
「え?」
輝夜は姉小路からとある書類を渡された。
そこには『鑑定書』と書かれていた。
本文を流し読みすると、姉小路が見つけたものが徳川埋蔵金であることを証明すると書かれている。
「はぁああああ!?なんで!?どうやって見つけたの!?」
「あらあら、これまでに見つかった情報を全て集めてから考えただけよ」
「それだけで見つかるものじゃないでしょ!」
「うふふ、後は愛ね」
「なわけないでしょおおおお!」
徳川埋蔵金が発見される。
当然ながらこの歴史的な偉業も夏休み期間中に世間を賑わせており、連日のようにテレビで報道されてネットでも話題になっていた。知らぬは引きこもりばかりなり、である。
「わー!『てるよ』待って待って待ってー!」
未だ衝撃から抜けきれない輝夜の足元に何かがぶつかった。
「なにこれ!?」
それは胴が太いヘビのような生物だった。
「きゃあっ!」
「こないでぇ!」
氷室と姉小路が悲鳴をあげて逃げようとするが、輝夜はヘビの類は苦手では無いため平然としている。だが、見たことも無い異様な姿のヘビに、これまた輝夜は嫌な予感がする。
「かぐやくーん。ごめんね、てるよ捕まえて」
「てるよ?」
「うん、かぐやくんの足元にいる『ツチノコ』のこと」
教室に入って来た竹取高校のアイドルこと愛染は巨大な籠を手に持っていた。
「ツチノコおおおお!?」
「うん、はい証明書」
そこにはつちのこ学会と公的機関が連名で、愛染が見つけた生物がツチノコであることを証明する旨が書かれていた。
「はぁああああ!?なんで!?どうやって見つけたの!?っていうかツチノコに『てるよ』って名前つけるの止めて!」
「もうこの子『てるよ』で覚えちゃったから遅いかなー。見つけたのは白神山地の山奥だよ」
「何でそこにいるって分かったのさ!」
「もちろん愛だよ!」
「なわけないでしょおおおお!」
ツチノコ発見。
この発表に当初は懐疑的だった世の中だが、正式に新種の生物として登録されたことで評価が激変。連日のようにツチノコ情報が報道され、ヘビ愛好家や専門家が白神山地へと向かい遭難する社会問題にまで発展していた。当然輝夜は知らない。
「聾田さーん!ありがとう!うわあああん!」
「べ、別にあなたのために見つけたわけじゃ無いんだからねっ!」
「うんうん、分かってる。全力で輝夜くんとの仲を応援するよ。ほら、行った行った」
「きゃっ、ま、まだ心の準備が!」
クラスメイトに強く背を押され、今度はツンデレが輝夜とツチノコの間に割って入って来た。
「いやいやいや、聾田さんの難題が解決したらとんでもないことになるよ!?」
この流れであればツンデレも難題をクリアしたように思えるが、彼女の難題は他とは大きく違う。他の人の難題は個人的な要素が強いが、ツンデレの『ガン特効薬の開発』は達成されたら世界中の多くの人が救われる大事件なのだ。
「作っちゃったんだからしょうがないじゃない!」
「普通の高校生が!?」
「お兄ちゃ……兄がガン特効薬の研究をしてるのよ」
「あ……その人が頑張って見つけたのか。な~んだ」
それならばツンデレの功績とは言い難い。
「私がアドバイスしたらそれが正解だったらしいのよ」
「はぁああああ!?なんで!?どうして分かったの!?」
「何となく?」
「何となくで分かるはずないでしょ!?」
「それは……その……あ、ああ、愛の力でピンと来たって言うか……」
「なわけないでしょおおおお!」
ガン特効薬の開発。
世界初の偉業を達成した聾田兄は、実用化に向けて急ピッチで作業している。その合間に何度も繰り返されるインタビューにおいて、彼は『妹のアドバイスのおかげで判明しました』と必ず口にする。その妹が想いを寄せる相手が居るとなれば、世の中は彼女の味方となるだろう。
ツチノコと徳川埋蔵金が同時期に発見されたこともあり、この年の8月は永遠に歴史に残ることになるだろう。彼女達の名前と、あるいは輝夜の名前も共に。
そんな輝夜はもちろん、こちらのニュースについても知らないのだが。
「「「「輝夜くん、条件クリアしたよ!」」」」
難題を達成した四人の美少女が改めて輝夜に詰め寄ろうとする。
「「「「きゃっ!」」」」
だが突然何処から飛んできた、とある物体が彼女達の歩みを止めた。
「何これ?」
彼女達の足元へと突き刺さった四角い紙のような物体。
それは輝夜には見覚えのある『カード』だった。
「ま、まさか……」
カードが飛んできた方向を見ると、そこには左腕に大きな機械を装備した図書室の妖精が立っていた。
「デュ〇ル〇ィスク!?実用化されてたの!?」
図書室の妖精はスタスタと輝夜の元へと歩いて来て、一枚のカードを見せた。
「これが『伝説のレアカード』だよ」
「うそでしょおおおお!?」
遊〇王の伝説のレアカード。
それは二年に一度行われる世界大会の優勝者のみが持つことを許される世界で一枚だけのカードのことだ。
だがそんなレアカードにはもちろん多くの贋作が存在する。ゆえに図書室の妖精はそれが本物である証拠としてスマホで動画を再生して見せた。
『ふはははは!お前の快進撃もここまでだ』
『……』
『お前の場にモンスターは無く、魔法、罠は封じられている。しかも手札は無く残りライフは風前の灯。俺の場には攻撃力4000のモンスターが二体。どうあがいても勝ち目はないぞ。諦めろ!』
『まだよ。私はこのデュエルに勝って輝夜くんと結婚するって誓ったの』
『ふん、だがお前に何が出来る!』
『このドローに全てをかけるわ。私のターン、ドロー!』
「あ、ここじゃなかった」
「はぁああああ!?なんで!?どうしてその状況で勝てたの!?むしろ続きを見せてよ!」
「頑張った」
「頑張って何とかなる状況じゃなかったでしょ!?」
「愛のドローです」
「なわけないでしょおおおお!」
「ほら、これが表彰式」
気になる展開をぶった切って表彰式を見せられる輝夜。
確かに図書室の妖精が表彰されてカードを受け取っている場面が記録されている。
なお、これに関してはマイナーな話題であるため、輝夜が普通に生活していても気付かなかっただろう。
そもそも輝夜はこのゲームについてプレイしたことは無く詳しくは無いのだから。
結局、五人ともが夏休みの間に難題を突破して輝夜の元に戻って来てしまった。
ここまでの偉業を達成されて、それでも断るのは難しいだろう。難題を出したのは輝夜なのだから。
だが、輝夜は想い人であるルナと結ばれそうになる直前だった。
先にルナと恋人関係になってしまえば『間に合わなかった』と強引に解釈して逃げ切ることが出来るかもしれない。
「私が最初に輝夜くんに報告したから輝夜くんは私のもの!」
「あらあら、スピードは条件には含まれてなかったわよね。輝夜くんの気持ちが大事よ」
「一番の偉業を達成した私が貰うべきじゃないかしら。輝夜くんがど、どうしてもって言うなら」
「ぶー、輝夜くんは私と『てるよ』と一緒に暮らすんだもん!」
「きゃー!近寄らないでよ!」
「いやぁ!」
「来ないでぇ!」
「こんなに可愛いのに」
「ヘビ如きに騒々しい。輝夜くんを手に入れたいのなら私にデュエルで勝ってからにしなさい」
「「「「それじゃあんた有利すぎるでしょ!」」」」
彼女達は誰が輝夜を手に入れるかで揉めている。
答えが出る前に、輝夜は最後の頼みであるルナへと視線をやった。
「ルナちゃん!さっきの話の続きを!」
「……あ……うん」
ルナは自分の恋愛に必死であり、輝夜が美少女達に迫られていることを知らなかった。
そもそもルナは、告白した相手がクズだったことによる傷心を癒すためにとりあえず安心安全な輝夜を彼氏にしておこうかな、くらいの気持ちでしか無かったのだ。
そんなルナの判断はもちろん決まっている。
こんな厄介ごとには巻き込まれたくない、と。
「その……ね。お幸せにね、輝夜ちゃん」
「え?」
肉食獣の目をして今にも輝夜に詰め寄ろうとしている美少女達に絡まれる前にと、ルナは彼らの前から足早に去って行く。
「待って、待ってよルナちゃん!待ってええええ!」
最後の頼みの綱がぷっつりと切れてしまった。
「「「「「輝夜くん!」」」」」
追いかけようとする輝夜の体を十本の手が止めた。
「「「「「結婚!」」」」」
残念、輝夜は月に辿り着くことが出来なかった。
難題を突破されたのだから仕方のないことである。
めでたしめでたし。
「めでたくないよ!ルナちゃああああん!助けてええええ!」
現代恋愛じゃなくてコメディのような気がしますが気にしない。
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