22歳の幸子がハワイに滞在
4月に入るとクリス牧師にまた波乱があった。
「もうすぐ前に家族でいらしたことのある、偉い牧師先生の御嬢さんが来るのですよ」
「もう僕は一人で夕食を食べなくていいと思うと本当にうれしいです」
クリス牧師は言った。
りさは
「へー、一人で来るの?」
「そうですよ」クリス
「何しに来るの?」りさ
「僕に会いにかな?」クリス
「独身男性の教会に一人で娘をハワイに行かせるの?その両親は?」
と、りさは声に出して言ってしまった。
りさは変わった両親だなと思った。
いくら気に入っているからとはいえ、大事な娘を30代前半の独身男性の場所へ一人で行かせる。
さかりが付いた猛獣のおりに大事な娘をほうりこむだろうか。
「お母さんも牧師さんで僕のことを気に入ってくれてたのですよね」
クリスはぬけぬけと言った。
「いくつの方?」りさ
「二十二歳」クリス
りさはあきれた。
りさは厳しい家に育てられた。
高校から家を離れて音楽高校に入学したとはいえ、そこはとても厳しい女子寮で、
大学に入ってからも厳しい学生会館に入らされた。
遊んだとはいえ、やはり寮に住むという足かせは重く、
りさは処女を失ったのは二十二歳の時、
大学四年生が終りそうな冬だった。
その頃までには、りさとクリス牧師は相当仲良くなっていて、いろんな話をしていた。
ケアホームへ行く道中に話すのだ。
りさが教会へコーラスを教えに行く日にオフィスに立ち寄った。
若いりんごみたいなほっぺたの子が教会のコンピューターの前に座って操作していた。
垢抜けしていなかったが礼儀正しい感じのよい子だった。
りさは少し若いけど良いんじゃない?と思って軽く挨拶した。
「こんにちは、初めまして。上でコーラスを教えているりさです」
クリス牧師がお互いを簡単に紹介した。
「こんにちは、約1週間お世話になります、幸子です。」
彼女が1週間滞在して、帰った日にクリスとウォーキングの約束をしていた。
もちろん、りさはその日が帰った日などとは知らなかった。
彼女が帰ったら歩きに行くという約束だったから。
りさが16歳年下のクリス牧師と話していて楽しかったのは、
スピリチュアルな話や宗教のことに詳しかった事、
音楽を学んできた事、
後はりさに好意を持っていることが分かっていたから感じが良かったこと。
でも本当は、彼女の出現でクリス牧師のりさの感情が終ってしまうことが少し残念だったかもしれない。
それが分かったのはウォーキングに行った時だった。
マカプウ灯台のトレッキングコースオアフ島の最東に位置し、
ワイキキから車で30分弱の場所にある。
その頃はまだアスファルトではなくて所々は土の道だった。
ウォーキングと言っているのにクリスは革靴を履いてきた。
私はなんて非常識な人なのかと思った。
後で知った、その時は革靴しかもっていなかったのかもしれなかった。
りさもホノルルに19年住んでいても、行ったことがなかったマカプウ灯台は、
トレッキングルート頂上の展望台から下を見下ろしたところにあった。
マカプウと遠くはカネオヘが見渡せて、青い海と空が目に飛び込むポイントだ。
冬にはクジラの親子が見えたりする。
到着するまでは、宗教の話を聞いていた。りさの質問には大体答えてくれた。
頂上から下るときにクリスは言った。
「来ていた幸子さんが今日帰りました。僕は付き合おうかと考えています」
りさは驚いた。
じゃあ今日のウォーキングはキャンセルすればよいのに。
少しがっかりしたのだった。何をがっかりしたのだろう。
りさにもっと夢中だと思っていたからかもしれない。
食事を毎日食べられるなら誰でも良い、と言うクリス牧師の言葉を思い出した。
下に着く頃には日が暮れて足下が見えないほど暗くなっていた。
クリス牧師は手をさしのべてくれたが、他の女と付き合うことを決めたような男の手を借りるのは絶対嫌だと思い、大丈夫と断った。
それから、何を話して帰ったかは覚えてはいないが、家にまっすぐに帰ったのだと思う。次の日はケアホームに慰問へ行くので、クリス牧師に会うことになっていた。
クリスは実はその二十二歳の子を食べていた。
それは、みさは随分後になって知ったことだった。