りさのプロフィール
私の名前は徳川りさ。
14年前にハワイに移り住んで9年前に離婚した、バツイチ。
りさはずっとクラシック音楽を勉強してロンドンの音楽大学の大学院に留学もした。
5歳の時からピアノを習い始めて、その間ずっと練習が好きではなかった。
ピアノが弾きたくてピアノに向かうことはなかった。
ピアノの練習をしないといけないからピアノの椅子に座った。
小、中学校のりさのピアノの先生は間違えを正すだけで、良く弾けたところを褒めてくれなかった。
人のせいにしている発言になってしまうかもしれないけど、留学をした時にわかった。
外国の先生は褒めて伸ばしてくれた。
人はそれが必要なのだ。
幼稚園の4歳児だった時に、まだピアノを習う前の記憶だ。年長組に上がる階段の途中にあったオルガンで
「猫ふんじゃった」を得意そうに弾いていた。
あの時は確かに音楽の才能があった気がする。
というか、今思えば前世でピアノが弾けたのだと思う。
歌いながら踊っていた。小学生に入ってからバレエが習いたかった。
でも、母は言った。
「バレエでは大学に入れないでしょう」
その時は母親が怖くて、どうしてもバレエをやりたいって言えなかった。
あの時バレエを習っていたら私は違う人生を歩んでいた。
りさはずっと背が低かった。
小学4年生で成長が止まった。
神社に行ったときには、いつも身長が伸びますようにと神様にお願いした。
中学生三年の時、神様は願いを叶えてはくれないのだと悟った。
雑誌の占い記事はかかさず読んでいたけれど、その頃は星が何かについて知らなかったし、神についても考えたことがなかった。不思議な事にも遭遇しなかったし、何も気が付かなかった。
小学3年生の時、眠ろうとして布団に入って居た時だった。
何のきっかけかは覚えていないが、死んだらどうなるのだろうか。
この体が焼けてしまうのだ、苦しいのだろうか、いや死んでからは感じないのだろうけど、この私はどうなるのだろうか。
何もなくなるのだろうか。
この想いは体を無くしてどうなるのか、すごく怖いと思いながら眠りにつくことは何度かあった。
そのうちに、答えが出ないから、人に聞くこともなく、考えなくなった。
祖父は神主だった。
父は神官を継ぎはしなかったが、ずっとお宮で宗教の中で育っていたのだから、信仰心がないわけがない。
が、母が現実的な人間だった。
母の実家は割合に裕福で仏教だったが彼女には信仰心が全くないのだと思う。
母は、小さい頃からお坊さんが家に来てお経を上げに来ていた。般若心経を唱えられると幼少のりさに自慢していた。
その宗教心のない母の影響で、りさの家には神棚も仏壇もなかった。
りさの生い立ちは、いたって普通の平和な家庭で育った。しいて言えば、母親のクラシック音楽に対しての大きすぎた夢があった。