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そうして。
彼女が転校してから2か月。
……思ったよりやばい。
いつもの調子が出ない。別に体調が悪い訳でもないのだが、どうしてか気分が暗い。彼女とはLINEでやり取りを続けているし、その問題の彼女は転校先でも元気でやってるみたいなんだが。
「俺、あいつがいなかったらこんなにダメになるんだなぁ」
机に「あー」と両腕で枕を作り、全体重をかける。
……放課後の教室で俺は何を呟いてるんだろう。
因みに他のクラスメイトは皆、部活やら塾やら帰宅やらで完全に出払っていて、今は俺ひとりだ。流石に他の人がいる状態でこんな恥ずかしい台詞は吐かない。
「お前、何気持ち悪いこと言ってんだ?」
後ろから男の声がした。
はい聞かれてましたー。
……めっちゃ恥ずいんですけど。
振り返るとそこには体操着に着替えるクラスメイトの姿があった。彼は確かバスケ部の……誰だっけ?
「おいおい、いくら普段から白崎としか話さなかったっつってもクラスメイトの、しかも同性の名前は覚えとこうぜ?」
ガリガリでヒョロッとした体格の彼は上を着ながらそう言った。それで『君の、名前は……?』
……このネタ古いな。そろそろやめよう。
「池崎だよ、池崎健太。去年も一応同じクラスだっただろうが」
呆れ顔でそう言ってくる池崎氏に
「悪いね、人の名前覚えるの苦手なんだ」
俺はたははと笑って誤魔化す。実際、人の顔と名前を一致させるのは大の苦手だ。
「まぁあんだけ白崎と仲良けりゃ他のクラスメイトの名前なんて覚えねえよな。お前、あいつを通して皆とうまくやってたし」
仰る通り。実際、俺とクラスメイトとの関わりは殆ど彼女を通してのものだった。
「まあでも、流奈が転校した今、俺はその皆とうまくやれてない訳ですけど」
自嘲気味にそう言う。彼女が居なくなってからというもの、俺は学校での社会性というものを全くと言っていい程に失っていた。
「確かにw」
俺の言に池崎は何がツボなのか少し笑う。何笑ってんだよ、こっちは真剣に悩んでるんだぞ、嘘ですけど。
「お前あれだ。本読んで壁作んのやめた方がいいぞ。あれで皆話しかけ辛いんだろうからよ」
「いや、あれは……」
もう習性だからしょうがない。
潔く諦めて下さい。
……まぁ最近は本を読む時間より、彼女から貰ったヘアピンを眺めてる時間の方が長いんだがーーしかしそんな事を言える筈もなく、俺は「善処する形で前向きに検討したいと思います」と、ふいっと顔を背けて早口で呟いた。
池崎はそれ絶対やめないやつじゃねえか、と呆れてから、ふと思い出したように。
「ところでお前、今週の土曜空いてるか?」
はて、妙なことを聞きなさる。私は基本ノンスケジュールだが。
「特にないけど」
「なら丁度いい。七夕祭り行こうぜ」
「え、結っk」
いかん待て落ち着け。脊髄反射で結構ですけどって言いかけたけどちょっと待って。何、もしかしてこの人いい人?お人好しなの?ーーこの世知辛い現代社会にまだこのような若者がいようとは。
眩しい!なんて眩しいんだ……!
急に池崎氏から後光が射したように見えて俺は思わず目を覆うーー実際それは彼のバックの教室の窓から放課後の夕陽が射し込んできたからだった。
めっちゃどうでもいい。