トイレの花子さんの力は失踪してからが本番【前編】
そのリレー小説は、無茶振りにもほどがあった。
「今日は風が強いな……」
近所の畑でジャンボタニシを探しながら、ショーケースの西原は呟いた。今日中に教材を揃えなければならないのに、雲行きが怪しい。
青い上下のジャージを、生ぬるい風が揺らす。徐々に雲が多くなり、大量のジャンボタニシと溺れかけのアメンボが入ったバケツに、一粒の雨が波紋を広げた。
「花子、まってろよ、今すぐガトーショコラを持っていってやる」
そういうと、農家のサトウキビを2本当盗み、西原は学校へ向かった。
****
「この学校、出るらしいね」
「知ってる。トイレの花子さんでしょ?」
夏休みが明け、花守小学校4年1組ではそんな話題が上がっていた。
だが一人、高山峰咲はそんな話を聞きながらクスリと笑っていた。
(あなたたち、レベルが低いわね。徳が少ないのよ徳が。私レベルになると、任意のタイミングで花子さんに会えるんだから)
そんなことを考えながらクリップマキビシを作っていると、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。クラスの児童全員、「今日は1オクターブ高いな」と思いながら、自分の席に着いた。
放課後、咲は急いで2階の女子トイレへ向かった。もちろん、トイレの花子さんに会うためだ。
花子さんは2階の女子トイレの一番奥の個室に入ると、3%の確率でエンカウントが起こる。しかし、放課後だと花子フェスが行われているため、6%までエンカウント率が上昇する。さらに、咲はフリー花子チケットを持っているため、確実に会えるのだ。
「さーて、今日は花子さんとどんな拷問を考えようかしら」
そう思って女子トイレの一番奥の個室を開ける。しかし、そこには誰もおらず、ただ便座がものさびし気に鎮座しているだけだった。
「うそ……どうして? 間違えた?」
間違いようはない。便座の取っ手の部分には、「ロンゲ全員ハゲ殺す」とメモが残っているからだ。
「花子ちゃん、どこに行ったの? たまたまエンカウントした女子に拉致されたの……?」
思わず天を仰ぎ、天井の赤い手形を見つめる。ああ、今日の夕食ははじかみ天丼か……と思いながら、女子トイレの個室を後にした。
放課後の廊下は児童がまばらで、時々隣のクラスの男子が階段から落ちて複雑骨折で病院送りになるのを見るくらいだった。花子さんの行方を知りたいが、相談できる相手がいない。クラスの女子に「花子さんに会ったことがある」と言うと、「咲、今夜はステーキ食べな」などと慰められるのだ。
あれこれ考えた結果、ふと一人の人物が頭に浮かんだ。担任の西原先生だ。
花子さんについて一度話したことがあるが、西原は「そのことは他にしゃべるな。俺の脇に響く」と口止めされていた。その後、西原は脇の手術で2日ほど休んだので、何か知っているのは間違いない。
「仕方ない、西原先生に相談しよう。そして回らない寿司をおごってもらおう」
咲は早速、職員室に向かった。
職員室では、「階段から落ちて複雑骨折する児童が続出した」という件で保護者やマスコミの対応に追われていた。病院に付き添う先生もいるせいか、いつもの半分くらいしか人がいない。
そんな中、西原は咲から回収したクリップマキビシをもとのクリップに戻す作業をしていた。咲は「回らない寿司から焼肉へ昇格してやる」と思いながら、西原に声を掛けた。
「西原先生、相談があるんですけど、今いいですか? ダメって言ったら右目にジャム入れますけど」
「おう、高山峰か。何のようだ?」
クリップをクリップ入れにしまうと、西原は咲の手刀を右手で止めながらこちらを向いた。
「この前話したトイレの花子さんなんですけど、今日行ったらいなかったんです。確定チケット持って行ったのに」
レインボーに輝くチケットを見せながら、咲は涙を流した。虫が目に入って痛くてしょうがない。
「……間に合わなかったか。もう少し早く俺がガトーショコラを納めていれば……」
「ちょっと意味が分かりませんが、何か知っているのですか?」
咲は素早く西原の机から生ぬるいチーズケーキを奪おうとするが、西原はすんでのところで飴玉にすり替えた。咲は「チッ」と舌打ちをしながら飴玉をかみ砕く。
「花子は渡辺先生に連れ去られたに違いない。効率的なアイスティーを作る方法を考えさせるためにな」
「え、渡邊先生って、隣のクラスのですか? さっき病院の付き添いに行ってたような……」
「あれは渡邊の方だ。渡辺先生の影武者に過ぎない」
「教員って、影武者作れないとなれないんですか?」
咲は飴玉の包み紙で伝説の剣を作りながら、西原に尋ねた。
「そうではないが……渡辺先生の本体は常に給湯室にある。それゆえ、職員室では給湯室の渡辺と呼ばれることが多い。まあ、児童の大半は知らないだろうがな」
「ものすごく衝撃的な事実ですが、知る必要あるんですかね?」
「ともかく、今日は給湯室に渡辺先生がいなかったから、花子をどこかに連れ去った可能性は高い。複雑骨折の件の対応が終わったら、俺も花子を探しに行こう」
「それ、随分時間かかりません? 花子さん、呪いの化身になりますよ?」
咲は折り紙で作った伝説の剣で、西原の採点途中のテスト用紙に「お前は用済み」と書いた。しかし西原は素早く修正テープで解答ごと消し去る。
「大丈夫だ、あと1分たらずで……おっと、どうやら電話対応は終わったようだな」
「先生、何もしてなくないですか?」
「問題ない。とにかく、今から花子を探しに行こう。まずは用具入れの西田に話を聞きに行こう」
「西田先生? ああ、用具室の。なら、早速用具室に……」
「待て、行くのは用具室ではない。玄関の掃除用具入れだ」
「……何の業を背負っているんですか? 西田先生は」
西原は机の上にあった、生徒から取りあげたバタフライナイフを持ち、立ち上がる。咲は「この学校の治安、大丈夫かな」と思いながら、西原の後についていった。
玄関では数台の救急車が停まっていること以外は特にいつも通りで、ロッカーの扉を盗もうとする男児を保健の先生が手刀で眠らせるのも見慣れた光景だ。
西原は掃除用具入れに向かうと、「西田先生、放課後ですよ」と言いながら掃除用具入れをノックする。メキョッメキョッっという、金属を叩く音とはおよそかけ離れた音がするが、何も反応がない。扉を開くと、中から一般的な掃除用具であるホウキにちり取り、モップ、木刀、チェーンソー、イチゴのショートケーキといったものしか入っていなかった。
「なんか生活臭がするんですけど、西田先生、ここで暮らしているんですか?」
咲がスカートめくりを仕掛けた男子を羽交い絞めにながら西田に尋ねる。
「うーん、誰かが起こしたのかな。このイチゴのショートケーキは冷蔵庫から取り出したばかりのようだが……」
「掃除用具入れに入っているイチゴのショートケーキって、誰が食べるんですかね?」
羽交い絞めにしていた男子が泡を吹き始めたので、慌てて保健の先生が止めに入る。咲が「すみません、前歯を折らずに済みました」と保健の先生にお礼を言うと、保健の先生は男子生徒を引きずって保健室に向かった。
「西田先生がいないとなると……困ったな。とりあえず、心当たりがある場所を探すしか……」
「あら、お困りのようですわね」
突如、ロッカーの方から声が聞こえる。しかし、男子が手刀で眠らされている以外に人はいない。
「まさか、お前は……ロッカーの道子!?」
「西原先生、お久しぶりです。終業式でカブトムシを乱獲した時以来ですね」
そう言うと、ロッカーから女子児童がにゅるりと這い出してきた。小学生にしては背が高く、身長が150センチはある。何故か体操服姿で長い髪を揺らしながら、眠っている男子を蹴り飛ばしてこちらにやってきた。
ロッカーの道子さん。咲も噂を聞いたことがあった。この学校のロッカー、つまり下足箱には、使われていないところがあり、そこを使うと道子さんに連れて行かれるのだと。
そんな噂より、咲は気になっていることがあった。
「あの人、どうやって下足箱に入っていたの?」
後半へ続く(下のリンクより移動できます)