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過去編1

嵐の夜――

ディオドラは修道院で男の子を出産した。男の子は元気な声で泣いていた。

「ディオドラ、ほら、元気な男の子だぞ」

アンシャルは子供を産着にくるんで、生まれた子供をディオドラに見せた。

「この子の名前は?」

「はあ……はあ……それは兄さんにつけてもらいたいの。いいかしら?」

ディオドラはベッドに横になり、小さな男の子を受け取った。優しく愛しく彼女は男の子を抱きしめた。

「そうか、分かった。名前は『セリオン』にしよう。蒼い、強い意思という意味を込めて」

「セリオン……いい名前ね。あなたの名前はセリオン。あなたはセリオンよ」

ディオドラは改めて再びセリオンを抱きしめた。



ディオドラはセリオンを産んだ後、修道院を出ていった。ディオドラはアンシャルに連れられ、修道院を後にした。アンシャルはディオドラをテンペルに連れて行った。

テンペル――それはシベリア人の宗教的、信仰的、民族的共同体である。

軍事的な戦闘態勢が前面に出ているところが特徴的だった。テンペルは聖堂騎士たちを中核にしていたが、一般の信徒にも開かれていた。

「ねえ、兄さん?」

「どうした、ディオドラ?」

「もしかして、アンシャル兄さんも感じてる?」

「何をだ?」

「この子を見ると、自然のままではいられない感じがするの」

「……それは私も感じていた」

「この子は自然を越えることを、ううん、もしかしたら自然を打ち倒すことを運命づけられているような気がするの」

「それだけではないな。私たち自身にも同様のものが突きつけられている……そんな気がする」

「兄さん……私はこの子をうまく育てられるかしら?」

「それは大丈夫さ。結局のところ試行錯誤するしかないんだ。なぜなら、これは初めての体験であり、経験したことがないのだから。それにテンペルの兄弟姉妹が手を貸してくれるさ」

「私はこの子を愛してあげられるかしら? 愛情を注いであげられるかしら?」

「できるさ、おまえにならな。信じよう、セリオンの未来を」



ディオドラの心配をよそにセリオンは順調に成長した。

セリオンが四歳になったころ、ディオドラはセリオンをスルトのもとに連れて行った。

アンシャルの口沿いがあった。ディオドラはスルトにセリオンの代父になってもらいたかった。

セリオンはディオドラに寄り添って、スルトのもとを訪れた。

「話はすでにうかがっている。私にその子の代父になってほしいとな」

「どうか、お願いできますでしょうか?」

ディオドラには不安と緊張があった。もし断られたらどうしようと。

スルトは三十代前半の歳。筋骨たくましい体つきをしていた。さらに甲冑を着ていた。

スルトは戦士であった。騎士の前に戦士、それがスルトのポリシーであった。

スルトはセリオンに目を向けた。セリオンもスルトの目を直視した。

「はじめまして、セリオン。私はスルトだ」

「はじめまして。俺はセリオンです」

「君は狼だな」

「俺が、狼?」

「フッフフフ」

スルトはその厚い手をセリオンの頭の上に置いた。

「ディオドラ、心配するな。別に悪い意味ではない。誇り高いという意味だ。狼――それがこの子の本質なのだ。若き狼よ。まったくすばらしい」

セリオンは黙って聞いていた。

「われわれシベリア人にとって、狼は光をもたらす動物だ。狼と光、それを切り離すことはできない。この子はいつかシベリア人に新しい価値をもたらすだろう。喜んで私はこの子の代父となろう。私にとってむしろ光栄なことだ」

「!? ありがとうございます。スルト団長!」

「かしこまる必要はない。この子の成長が今から楽しみだ」

「なんというか、その、やはり父親がいないことが心配の種なんです。この子を導く存在が必要だと思って」

「あまり気にする必要はない。この子は本能的に自分に必要なものを見定める。現に今も」

「セリオン?」

ディオドラはセリオンに呼びかけた。セリオンはスルトの部屋の壁にかかっている武器を見ていた。

これらの武器はスルトのコレクションである。短刀、ナイフ、剣、槍、刀、斧、ハンマーなどなどである。

「何か興味があるなら、手に取ってみるがいい」

セリオンはまず大型の大剣に触れた。とりあえず振ろうとしたがうまくいかなかった。セリオンにはまだ重すぎたのだ。セリオンは大剣を壁に戻した。次いで槍を手にした。それから斧とハンマーに触れた。

セリオンは大剣に一番興味を持ったようだが、斧とハンマーにも関心を持ったようだ。

「彼がしていることは無意味ではない。自分ではまだわかっていないが、重要な、なにか特別なことをしているのだ」

「うん。やっぱりあの大剣が一番いい。でも、その前に斧とハンマーを鍛えたい」

「そうか。斧もハンマーもパワフルな武器だ。その二つを鍛えたあとなら、あの大剣も使いこなせるだろう。君は相当なパワーファイターとなるだろう」

スルトはセリオンの様子を見て、非常に大きな好意を抱いた。



セリオンが五歳の頃、ディオドラが二十一歳の時。

厨房はディオドラの仕事場だった。ディオドラは聖堂で出される料理を作っていた。手際よく作業を進めていく。ディオドラが作る料理はおいしいと定評があった。

そんな厨房にセリオンはよく忍び込んだ。お目当ては切られたばかりのハムだ。セリオンはハムに手を伸ばした。しかし……

「こらっ! セリオン!」

「!? まずい、気づかれた!?」

「まったく、少し目を離すとこれなんだから……セリオン、怒らないから出てらっしゃい!」

「はあい……」

セリオンは降参して、角から現れた。だが、セリオンの態度に、不審な感じをディオドラは覚えた。

セリオンは顔をそむけていた。

「? どうしたの?」

ディオドラは注意深く、セリオンの顔を見た。良く見ると、セリオンの右目の辺りがはれ上がっていた。

「!? セリオン、その顔はどうしたの?」

「…………」

セリオンは何もしゃべらなかった。

「セリオン、その目はどうしたの?」

ディオドラはより強く会話を促した。

「あいつらが悪いんだ」

「あいつら?」

「あいつらは両親がいないからって、エスカローネを……」

ディオドラはこの一件がただのケンカではなく、暴力ざただと思った。

ふと、厨房の入口が開く音がした。そこには一人の女の子がいた。金髪の髪をツインテールにしている。

五歳のエスカローネだった。

「セリオンを悪く言わないでください」

「エスカローネちゃん?」

「セリオンは、私をかばってくれただけなんです」

「? どういうこと?」

「それは……」

エスカローネは重い口を開いて事情をディオドラに告げた。

きっかけはささいなことだった。何人かの子供がエスカローネガ孤児であることをばかにしたらしい。

そこにセリオンが割って入って暴力ざたに発展したようだ。

「はあ……事情は分かったわ。でもセリオン、暴力はいけないわ」

「分かってる」

「はあ……まったく」

ディオドラはセリオンとエスカローネを一緒に抱きしめた。ディオドラのぬくもりが二人に伝わる。

「悪い子たちの親には私から謝っておくから……本当にばかな子たちね」

そう言うと、ディオドラは再び優しく二人を抱きしめた。



その日の夜。

消灯時間になり、ディオドラは明かりを消した。セリオンと共にベッドで横になる。

「母さん」

「なあに、セリオン?」

「俺、戦士になりたい」

「戦士に?」

「大切なものを守れるように。暴力を振るうためじゃなくて」

「そうね。セリオンにならなれるわよ。とてもすてきな戦士に」

暗闇の中での会話だった。

「俺はもっと強くなりたい。母さん、ごめん。俺のせいで……」

「私が謝りに行ったこと?」

「うん……」

「そうね。あまり気にすることはないわ。エスカローネちゃんを守るためだったんでしょう?」

「ああ」

「強さと暴力の違いが区別できればそれで十分よ。さあ、もう寝ましょう。おやすみ、セリオン」

「ああ、おやすみ、母さん」



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