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凍り付いた心臓を溶かすのは、愛と嫉妬

魔法があるファンタジー


「お前を愛してしまえば、俺はいずれ暴君になり果てるだろう」

「だから、その前に私を殺してしまおう、と?」

女はくつり、と笑う。

「ではあなたは、何の非もない、無力な人間である私を、あなたの個人的な都合で殺すのは、暴君の所業ではない、と?」

「、...」

「…いいえ、いいのです。あなたが望むのであれば、私はあなたの心と共に葬られましょう。…私は、あなたを愛していますから」

そう言って、女は何の邪気もない…玩具を与えられた童女のような笑みを浮かべた。

「可哀想な王さま。私はあなたの思い出の中で、枯れることのない一輪の花となりましょう」

女は男の前に跪き、祈るように目を閉じる。

「だからどうか、あなたは私の笑顔だけを覚えておいてください」

「・・・」

男は苦痛に耐えるように眉を歪めた。いつまでも剣が振り下ろされないことに訝しげな顔をして女は目を開ける。そして、泣きそうに顔を歪めている男を見て、少し困った顔をした。

「私を殺されるのではなかったのですか?我が君」

「…何故、命乞いをしない」

「我が君の出した結論であるのなら、それが"一番正しい判断"なのでしょう」

「…俺にはもう、お前が殺せない」

乾いた音を立て、男の手から剣が転がり落ちた。

「みっともなく命乞いをするお前を見て、失望すれば、ああ、お前も他の人間と変わらないものだと、そう…安心して刃を振り下ろすこともできように…お前は美しい。美しすぎた。俺には殺せない。他の者にお前を殺させようことなどできようか…」

茫然と男の口から言葉が零れ落ちる。

「ああ…もう手遅れだ。俺はもうお前を愛してしまっていた。私情に流されぬように凍らせた心臓をお前が溶かしてしまった」

そう呟いたところで、ああ、と吐息を零し、男は自嘲する。

「…いや。あの日、お前が将軍の隣で微笑した時に心臓のざわめくのを感じた時点で手遅れだったのだ。俺はあの時、確かに将軍に嫉妬してしまっていたのだから。他の人間がお前に近づき、お前が相手に微笑むことを思うだけで心臓を掻きむしりたくなる。この嫉妬が、俺を暴君へ変えてしまう」

「…では、私は自らの手で、この剣で胸を突いて、死にましょうか」

「否。断じて否だ!俺はもう、お前を喪うことに耐えられない。この脈打つ神造が、私に理性のみで立つことを許さない。愛する者を喪う悲しみに、俺独りでどうして耐えられようか…!」

弱々しい声で、男は呟く。

「母上を亡くして狂乱に堕ちた父上のように、俺は…愛に滅びるのだ」

女は、男の頭を胸に抱え込むようにして抱きしめる。

「…心の臓を凍らせ、己の私情で動かぬようにされていた時でさえ、あなたが心優しく愛情深い方であることは変わりませんでした。そんなあなたが、何故人を苦しめることを選びましょうか。我が君は民を虐げる暴君になどなりません、きっと」

「…お前は俺のこの心に潜む妬心を知らぬからそのようなことを言うのだ。…確かに俺は愛情深いのかもしれない。だがそれは、執心が強く、嫉妬深いということでもある。これからきっと俺は苦しめ、この手でお前の微笑みを奪うのであろうな」

「そのように己を冷静に見られる方が、どうして間違いを犯しましょう。我が君、私が何故あなたのすることで微笑みを喪うというのでしょう」

男は女の手を掴み、体勢を入れ替えて逆に己が女を腕の中に閉じ込めた。

「お前を他の誰にも見せたくない。お前の瞳に映るのを俺だけにしたい。お前に触れるのも、声を聞くのも、言葉を交わすのも、微笑みかけるのも、俺だけがいい。…ああ、それがどんなにか非道いことであるかはオレもわかっている。人は独りでは生きられぬ。…二人でも、生きられぬ。俺の、道理を弁えぬ我儘だ」

男の言葉に、女はまた無邪気な笑みを浮かべてみせる。

「私は、あなたにこの身と愛を捧げると決めております。それが死を以て贖われるものであれ、虜囚のように幽閉されるものであれ…それが我が君の望みであるというのならば、私はそれに従いましょう」

「…いや、いかん。いかんぞ。お前の父母は、兄は…お前を思って心を痛めるだろう。あやつらも俺の慈しむべき民だ。何の非もない民から愛しい娘を取り上げるなど、やはり暴君の所業ではないか」

女はゆるりと首を傾げ、男に微笑んでみせる。

「良いのです、我が君。あの者たちにとって、私は政略のための道具。そもそも、私を此処に送り込んだのも、私にあなたの心を射止めさせ、権力を得るため…。あなたの心臓を溶かすための策謀」

女はやはり、無邪気に微笑う。

「あの者たちのことは、気にかけずとも良いのです。私のことは、我が君のお望みのままに」




どうあがいてもバッドエンドでは?メリバというか

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