12 夢幻まかない料理人③
それから私は、様々な女性の無念や未練を晴らした。
晴らした、のだと思う。
別に自分からそうしようとしたのではない。
勝手にそうなったというか、私に『重なって』いる人たちが私の身体を使って表へ出てくるのを、茫然と、少し離れたところから『見』ていた。
自分の身体と『重なって』いる人は同じ体を共有している筈なのに、体感として私は、彼女たちを外から『見』ている感じだった。
私に『重なって』いる人たちはどうやら皆、大切な人と別れているらしい。
『大切な人』は恋人や夫、あるいは子供や親友など、人によってさまざまな間柄のようだ。
相手もしくは私に『重なって』いる人の、どちらかが死んでいるらしいこともわかってきた。
緑茶を欲しがった年配の女性は、この世ならざる恋人と、人生の最後に会いたいと願った。
その後に出てきた女性は、ヨーロッパ系の外国人らしい。
赤みがかった金髪の女性で、息子が好きだったキャラメルをと割烹着の女性に頼んでいた。
早足で闇雲に店の外へ向かおうとした黒髪の美少年を引き留め、私が座っている席に座らせたのは、彼と同じ黒い髪に浅黒い肌の、東南アジア系の女性だ。
白い割烹着姿の女性がこの二人の為に持ってきたのは、黒糖のいい香りがする、小さめのお饅頭ほどの丸い揚げ菓子だった。
彼らは望みのものを食べたり飲んだりし、寂しそうながらも満ち足りたほほ笑みを交わし、納得したようにうなずき合って、ふっと消える。
私はただただ、黙って彼らを『見』ていた。
彼女たちが満足して消えてゆくたびに、私の身体は軽く小さくなる。
そして、あらゆることが更にぼやけてくる。
急に眠気が強くなり、私は何度か、小さなあくびをした。
「終わったみたいだねえ、お嬢さん」
声をかけられ、私は重いまぶたをこじ開けた。
「お疲れさま」
声と同時に私の身体は、ふわっと彼女に抱き上げられた。
力持ちなおばさんだなあ、と、ぼやけた頭で思ったけれど。
そうか、私はもう『重なって』いないから、きっとすごく軽いんだなと思い直す。
「さあ、これ飲んでねんねしましょうねえ。お父さんとお母さんのところへ帰りましょうねえ……」
嫌だなあ、赤ちゃん扱いされてる。
半分眠りながら私は思い、くちびるに押し当てられた柔らかいものを口に含んだ。
薄甘い、人肌程度に冷まされた少しとろみのある飲み物が口中に広がる。
なんだかすごく懐かしい味……。
「おやすみ、結木家のお嬢さん」
真幸くあれ。
その言葉を聞いたのを最後に、私は眠りに落ちた。
★★★★☆☆☆☆★★★★☆☆☆☆
駐車場に車が入ってくる音がした。
娘を寝かしつけながらうとうとしていたるりは、半身を起こして軽く服や髪を整える。
「ただいま」
少し疲れた顔をしていたが、夫はるりへふわりと笑む。
「ウチのお嬢さん、今ねんね?」
夫の問いにうなずき、るりはキッチンへ向かう。
食事を温め直しながら、変な夢を見たなとるりは思う。
(あ……でも。『夢の共鳴』かもね)
娘の夢の中へ、それと知らずまぎれ込んでいたのかもしれない。
(だとしたら。もしかしてあの食堂のおばさんみたいな彼女が……あの子にとっての『ツクヨミノミコト』なの?)
まさか。
突拍子もない思い付きに、るりは軽く首を振る。
甘えたような泣き声が、不意に響いてきた。
「おお、よちよち~。おっきしたんでちゅか~」
夫が泣いている娘を抱き上げ、あやしている。
もしかすると、夫が余計なちょっかいを出したせいで娘を起こしてしまったのかもしれないが……るりはため息を呑み込み、彼の食事の用意を続けた。
(もう……仕方ないなぁ)
彼の、娘をかまいたい、面倒をみたいと思う気持ちもわからなくはない。
なんだかんだいっても、結木家は今日も平和だった。
お粗末様でした!




