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ノドの地  作者: 音切萌樹
第一章.バートンとトラグス
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03.「報告するね」

アベルたちが車でどこかへ向かう前の時間になります。

ラストでようやく本編へ戻ります⊂⌒~⊃。Д。)⊃


「ああーもうやりたくないーみたくないー書類仕事なんてなくなってしまえばいい……」

「はいはい、文句言う前に手を動かしてねボスー。ボスが終わらないと俺の仕事も終わらないからさー」


 当初より半分以下に減ったが、まだ山のように残っている書類にアベルは泣きごとを漏らした。

口では文句を言いつつも手を止めないあたり早く終わらせるほうが理があると判断したのだろうか。

 次々と書類をさばいていると執務室の扉が三度、ノックされる。


「どうぞー。ユダでしょ?」


 アベルに変わり、カルマが返事を返す。

なるべく音を立てないようにして扉が開かれるとやはりそこにはユダがいた。

 先刻、封筒数枚を持って出ていたはずだが、その手にはまた山のように書類が乗っていた。


「嘘だろ?なあユダ、嘘だよな??」

「残念でしたね、アベル。これは三か月先が期限です。今月じゃなくてとても残念ですね」

「よかった……あ?ユダ、このてっぺんのくしゃくしゃなやつはなんだ?」


 書類の山の一番上にあった書類にアベルが手を伸ばし、内容を読み始める。

 それを追いかけるようにユダが姿勢を正し、一つ咳払いをする。


「ボス、ロキからの報告です。情報網の中に不審な影があり追跡。異様に情報を消された痕跡があった為さらに調べたところどうやら薬の売買情報の様でした。」

「くすり?んなもん医者にいけっての……」

「売買されているドラッグの名前は『ジギタリス』」


 薬の名前を聞いた瞬間、アベルの動きが止まる。ユダはそれに気づきながらもそのまま続ける。


「同様の名前の花もありますが、どうやらこれは先代の時代にばら撒かれていたドラッグ『ディメント』とほぼ同様の物だとルーファ達の意見からも結論付けられています。薬の成分などについては書類の最後に記してあります」

「ふぅん。ディメントと、ねぇ」


 書類の束の隅から隅まで目を通す。最期の用紙に記されていた新たな薬ジギタリスとディメントの成分調査報告書を読み切り、深くため息をついた。


「……虚偽の可能性は?」

「ほぼないかと。成分を調べられたのもロキの部下が通りで見慣れない薬を使っている一般人を見かけ、不審に思い薬を買い付けたおかげですし」

「そいつはつかったのか?」

「つかうわけないでしょう?それを禁じたのはどこの誰ですか?」


 矢継ぎ早に言葉を交わす。嘘偽りのない報告だと理解したのか、アベルはゆっくりと立ち上がり、軽く首を回すと小さく息を吐いた。


「車を出せ……行くぞ」


 ゆったりとした口調とは裏腹に声に棘を含ませたまま突き刺す。ユダは慣れたように肩をすくめるとすぐ近くで書類整理をしていたカルマへ目を向けた。


「こうなるとは思っていましたが……カルマ、運転頼みますよ」

「はいはーい、りょうかぁい。っていうかユダが運転しなよぉ」

「めんどくさい」

「でたぁ、たまに出るユダのめんどくさがりたい病」


 ユダの反応にカルマは猫のように笑うと、デスクの引き出しから車のキーを取り出し、手の中で二、三度回した。

 アベルは早々にコート掛けにかけておいた白地のコートと帽子を取り、準備を終わらせると未だ部屋の奥で準備もしないいるユダとカルマを振り返り睨む。


「テメェら早くしろ、置いてくぞ。」


 アベルの言葉に無意識に笑みを浮かべていたカルマとユダはそれぞれコートやローブを手に取り、アベルの後に続く。

 それぞれのコートの胸元や手袋の甲にはこのバートンファミリーの紋である剣と双蛇のエンブレムが添えられている。これは幹部であるカルマたちとその直下の部下にしか与えられない物であり、ファミリーのボスからの信頼の証でもある。

 カツコツと踵を鳴らして屋敷の廊下を進めば、末端の構成員たちは隅へよけ、頭を下げる。それを特に気にする様子もなく横をすり抜けながらアベルはユダとカルマに目を向ける。


「ユダ、カルマ。詳細」

「さっき説明しましたよね……はい、こちらです」


 文句を言いつつも即座にユダが書類を差し出す。


「改めて報告するよ。ロキからの報告書によると場所はバートンとトラグスの領地の境界線。バートントラグス共に使用を禁じている薬とほぼ同じ成分のものの取引が今日これからあるらしい、ってさ。なんならそこでそのままパーティでも開くのかな?」


 ヘラリと笑いながら概要を今一度説明する。


「相手がトラグスなら取り押さえろ。バートン傘下の人間なら、容赦はいらねえ。潔白が証明できるまで適当に潰して拘束しとけ。一般人は拘束の後に然るべき場所へ送りつけろ。ここいらの担当ならえっと……」


 言い淀むアベルに重ねるようにカルマが続ける。


「ここだとサリバン警部だねぇ」

「そう、サリバン。あの狸ジジイにでも押し付けとけ」


 ルシウス・サリバン警部。バートンとトラグスの領地の境目にある街を管轄としている警部だ。

バートンの領地でもあるため、定期的に罪人をルシウス名義で差し出している。そのためか、バートンが少し騒いだ程度ならば見逃される程度には仲が良い。


「今回もルシウス名義でいいのかい?ボス」

「どうせ狸ジジイのほうにも今回の件は上がってんだろ。ならいつも通り花持たせてやれば後々助かるのは俺たちだろ?」

「まぁねぇ……オーケーそういう風にしておくよ、ボス」


 迷いのない男の言葉にカルマとユダは隠すことなく笑みを浮かべた。


 この男のこういうところがカルマは好きだ。

 一度懐に入れた身内であっても容赦のない所が。その折れることのない玉鋼でできた刀のような精神が。

心が好きだった。


 たとえ、かつてその男の地位を強く欲していたとしても。


 この男のこのようなところがユダは好きだ。

 自分には決してできないであろうことを容易くやってのけるところが。それを命じることのできるその鋭い瞳が、意思が好きだった。


 たとえ、かつてその男を「仇の息子」だと向けてはいけない感情を向けていたとしても。



 * * *



「ボス?つきましたよ?何を呆けているんですか?」


 肩を叩かれ、アベルはハッとした。どうやら数俊だが意識を飛ばしていたようだ。

心配そうにこちらを見つめるユダに心配はいらないと手をあげて合図すると目の前に鎮座する屋敷の扉を勢い良く開いた。

 

そう、遠慮なく、いきおいよく、何も考えずに、開いた。


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