02.情報をもとに
施設突入の数時間前。控えめなノックと共にユダが執務室へとやってきた。
書類の束、というよりは山を持ったユダは一人机に向かうアベルへ声をかけた。
「こちらが、ルーファから受け取ってきた今月の負傷者のリストです。医者代などの請求書も一緒にもらってきていますよ」
「おー、そこ置いておいてくれ」
ドサッと遠慮なしにサイドデスクに書類の山を置く。
書類は左から順に緊急性の高いものが積まれており終わり次第カルマが最終チェックをしていた。
「それにしても相変わらずの書類量……よくため込みましたね」
「仕方ないだろ。デスクにつくと虫唾が走る病にかかって……あれ?今日って木曜だったか?」
ペンを動かしながらユダのほうを見たアベルの手が一瞬止まる。
その目線はユダの使っている髪紐に集中している。
「いえ、今日は金曜日ですが……ボス、手が止まってます。あとここ間違ってますよ」
目ざとく書類のミスを指摘し、新しい用紙を手渡す。
書き直しという増えてしまった業務に頭を抱えながらもアベルはすぐに書き直しを始めた。
「ボス~今やってる書類ストップ~書類不備があって全部向こうに送り返すから~」
「はあ!?今書き直し始めたところだし!なんあんらあと少しで終わる予定だったのに!?」
ガタンと大きく音を立て、椅子をひっくり返しながらアベルは文句を言う。
同時に数枚書類が舞ったが、気にせずにカルマは続ける。
「いやぁこれは見逃せないねぇ~というかこれまだ時間に余裕のある書類でしょ?緊急性の高いのからよろしく~。ユダはこの書類をヴィオレッタファミリーのウォズ様宛に出してきてくれる?」
「はいはい。あぁ、ボスはこの書類も先にお願いしますね。この後ルーファに確認を取ってクロナのほうへ回さなければならないので」
そう言いながらユダはカルマの元から書類の入った封筒をいくつか受け取り、送り先や中身を確認していく。
「おに!あくま!」
「子供みたいなこと言ってないで早く手を動かせ。先が詰まってんだよ馬鹿ボス」
にっこりと笑いながらドスの効いた声でそう残すと封筒の束を持って一度執務室を出ていった。
「鬼……悪魔……外道……」
「ボス。それ、普段敵側が俺たちバートンファミリーに思っていることと同じだって知ってる?」
「知らん。俺からしたらそこらへんの弱小組織より書類仕事が一番の天敵だ……」
シクシクとオーバーなくらい大きな声で泣きまねをする。
その様子を横目に見ながらこちらも大げさにため息をつきながらペンを動かし、次々と増えていく書類をさばき続けていった。
* * *
執務室を出たユダは部下へヴィオレッタファミリーの元へ手紙を届けるよう指示を出すと足早に様々な部屋を渡り歩いていた。
医務室にいるルーファの元へ行き書類を渡し、武器庫にいるバルドルの元で職人に修理に出していた武器の確認とその書類の受け渡し。
他組織に潜入しているエイラの部下から報告書を受け取りこちらからの指示書を渡し、クロナの下へ向かう。
「失礼します。クロナはいらっしゃいますか?」
軽く数回ノックをし、クロナの執務室へ入る。中には数人の部下の姿があるだけだった。
「カナルマン様、ようこそいらっしゃいました。御足労いただいたのに申し訳ございませんが、シスターマルファンは先ほどラグナロク様の元へ書類を持っていかれました」
「ロキのところか……ありがとうございます。こちらから伺うので特に言付けはいりません。」
「畏まりました。本日もカナルマン様の元に幸福が訪れますように」
修道女の一人に祈られながら執務室を後にする。
クロナの部下には熱心な信者が多い。そのおかげで部屋に入るたびに祈られることが多い。部下も数名改宗したという噂だ。
執務室を後にしたユダはそのまま階段を降り、屋敷の地下へ向かう。
地下にはいまやロキ専用の部屋が何カ所か作られており、クロナが向かったのであれば二階の私室ではなく仕事場であろうとある程度予測を立てたからだ。
手慣れたように階段を下り、手すりを乗り越え飛び降りる。飛び降りた時の衝撃音がシンッとしている地下に響く。
音に気づき、何かと飛び出てきた数人の部下に手をあげて挨拶を交わす。出てきた者もユダの姿を確認すると納得したようにロキのいる部屋の番号を告げる。
告げられた部屋番号の前に立ち、ノックもせずに部屋の中へ入る。どうせノックをしたところで集中しているロキには聞こえないからだ。
「失礼しますね、クロナはここにいらっしゃいますか?」
「あっ、ユダさん。お疲れ様です。私に用でしたか?」
「ああ、これを。頼まれていた書類よりこっちが先に上がったみたいなので渡しに来ました」
手に持っていた書類を手渡す。クロナは受け取ってすぐに中身を確認し、すぐに戻す。
「確かに受け取りました。こちらで最後の処理をしておきます。」
「頼みます。ところで、ロキは?」
「ロキさんは今奥にいます。なんか変なものをみつけた、とか……」
「変な物?」
首を傾げた瞬間、奥の部屋から大きな音が響いた。大きなものが勢いよく床に落ちたような、そんな音。
音が響くと同時に二人は警戒態勢を取ったがすぐにそれを緩める。
しばらく待っていると奥の扉が開き、一人の少年がふらふらとやってきた。
「あれ、クロナにユダ、さん?いつからいたの?」
「私は三十分ほど前から、ユダさんは先ほどいらっしゃいました」
「そうなんだ……あ、そうそう。はいこれ。頼まれてたやつ。」
「あ、ありがとうございます!」
大きな欠伸をしながらロキは持っていた小さな封筒をクロナに手渡す。
封筒を受け取るとクロナは中を確認することなく嬉しそうにポケットの中にしまい込んだ。どうやら個人的なお願いごとだったらしい。
再度、大きな欠伸をしながらロキはユダの顔を見つめた。
「今日って、木曜日だっけ?」
「いいえ、金曜日ですよ。ところでなにか変なものを見つけたとか?」
「ああ、そういえば。ちょっと待ってて」
ハッと思いだしたように奥に引っ込むと乱雑にまとめられた紙の束を手にして戻ってきた。
作成した後に床にでも放置していたのかところどころ皺が寄っている。
持ってきた書類を丁寧に手で伸ばし、ロキはユダに手渡す。
「ロキ、これは?」
ロキから書類を受取り中身に目を通す。ユダの眉間に徐々に皺が寄る。
一度、注意を引くように咳ばらいをするとロキは猫のようになってしまった背を伸ばす。
「それじゃあ、説明するね」