00.おわりのはじまり
夢を見た。
幼い少年と少女が共に走り回り、遊んでいる夢だ。
あたりは黒一色に染まっており、いったいどこで遊んでいるのか見当がつかない。
だが、幼子たちが走り回っているという事。ある一定のあたりで回避するような動きを見せる事から庭などの決まった空間で遊んでいるのだろう。
群青色の髪を靡かせた少年は、屈託のない笑顔を少女に向け、それを少女は少年を愛おしそうに見つめながら鮮血のように綺麗な髪を撫でる。
そう、これは夢だ。
瞬きをするたびに場面が変わる。
瞳を閉じ、再び開く。
この身に感じるのは雨音と、わずかに香る硝煙の香りだけ。
光一つ見えない厚い雲に覆われた空から大粒の雨が降る。
夢だとわかってはいるが、まるで今起こっていることのように己の頬を雨粒が伝う。
目の前で血まみれの男が女の亡骸を抱え、泣き叫ぶ。
愛おしいと、悲しいと。すでにそこにはいない女の元へと聞こえるほど強く。
夢は終わらない。
瞬きと共に場面が変わる。瞳を閉じ、再び開く。
たくさんの水槽、たくさんの標本。それを研究する人間たち。
すべての標本は同じで、唯一水槽に書かれた個体名だけが異なっている。
夢が続く。何度も、何度も。何度も何度も何度も何度も。
この夢は決して終わらず、男の歩みも止まらない。
夢を見た。
……そう、これは夢だ。
男が泣き腫らした目で虚空を見つめる。
男が虚空に向かいぼそりと何かを呟くと、男の目の前の空間が歪み、一人の女が現れた。
男はそれを気にすることはなく目の前の女に言葉を重ねる。その言葉に納得したのか男は手を差し出す。
古い兎と少女の物語に出てくる猫のように女は笑うと男の手を取り、力強くしっかりと握りしめる。
男の虚ろな瞳に光が宿り、ゆっくりと世界が黒に染まり、そして終わる。
* * *
風が吹いた。暖かい風は春の訪れを告げていた。
頬を撫でる風に気付き、『わたし』はゆっくりと目を開け、横たえていた身体を起こした。
「ああ、これは……」
ノックもなしに部屋の扉が開かれ、中へ一人の青年がやってきた。
青年は『わたし』の目覚めを喜び、大げさなくらい涙を流した。
それを見ながら一人冷めている自分を感じるが、『わたし』は青年を黙って見つめる。
歓喜の涙を流したまま青年は『わたし』の元へ一歩、また一歩と近づく。
そう、これは……。
これから『わたし』はおもむろに青年の手を取り、そして駆けだす。
戸惑う青年をよそに、開け放たれた窓から青年共々逃げ出そう。
そう、確信している。
これは、悪夢だ。