17.アナタのために
長くなったので二つに分けてます。
続きは18時投稿
トラグス領地内某所。その日、オニキスは今世紀稀に見るほど動揺していた。
「ベリルが、真面目に、仕事をしている、だと……?」
オニキスは目の前の現状が理解できないというように何度も目をこすっては瞬きを繰り返していた。
普段、トラグスでは幹部四人で様々な仕事を請け負っている。
オニキスはボスであるカインの補佐。ラピスは組織全体の金種管理。ベリルとジェットは二人で部下の育成や物品管理を行っている。もちろん、それぞれの仕事には時期によって繁忙期というものが来る。
その時には互いに仕事を手伝ったりもするのだが、ジェットトベリルに至っては仕事をぎりぎりまで溜めに溜めて納期が迫ってきたと大慌てでオニキスやラピスに泣きついてくるのが常であった。
この日はちょうど決算日。部下への給金や補充物をすべて確認しなければいけない日であった。もちろん、ラピスもオニキスもこの日のために自身の仕事を急ピッチで日々仕上げていた。
だが、現状は真面目にベリルが仕事をしていた。……真面目に。
「ラピス、わたしは夢を見ているのでしょうか……?」
「オニキスさん、夢じゃあない見たいですね……ちなみにジェットくんもお仕事全部終わらせて今日は有給取ってます……」
ラピスの追い打ちにオニキスは頭を抱えた。
――――普段仕事をため込む二人が真面目に仕事をしているだと?
本来ならば頭を抱える必要などはないはずだが、オニキスにとってはそれほど衝撃的だったのだろう。
しばらく頭を抱えたまま微動だにしなかったが、何度かラピスが肩を揺さぶるとこちらに意識をもどした。
「……ハッ!あまりの衝撃に意識が彼方に飛んでしまいました」
「それくらい衝撃的ですものね」
くすくすと笑うラピスだったがふとカレンダーの日付を見て納得したように息を吐いた。
「なるほど、今日はその日だったんですね」
「その日……ああ、それじゃあ仕方ないですね」
オニキスは席を立つとバインダーとにらめっこしているベリルの横に行き、バインダーを横から奪った。
「お、オニキスさん!?どうしました!?あたし、なんかやらかしました!?」
普段怒られるようなことばかりやっているからだろう。ベリルはオニキスの顔を見ながらアワアワとし始めた。オニキスは複雑そうな表情のままベリルの残存仕事を確認するとそのままバインダーを預った。
「ベリル、きょうはこのくらいでいいですよ」
「えっ、お、オニキスさん?あたしなにしました?もしかしてミスしかしてませんでした??」
「そういうわけではないですよ。確認しましたが珍しくミスもない完璧な仕事です」
それじゃあどうして?という目を向けるベリルに何と言っていいか言いあぐねているとラピスがそっと助け船を出した。
「ベリル、この間半休が欲しいって言っていたでしょ。オニキスさんに申請するのをわたしが忘れちゃってたの。だからベリルは今日これから半休でいいのよ。残ってるお仕事はわたしとオニキスさんがやるから」
「え、そうなのラピス!?」
「そういう事です。なのでベリルはこれであがってください。無駄に残業されても困ります」
ラピスと共にオニキスがそう言えばベリルは何とも言えない顔で様々なところに目をやると最後には頭を深々と下げた。
「ありがとう、ございます!ベリル・バーランド、半休、いただきます!」
「はい、許可します。明日からまたしっかりと働いてもらいますよ」
オニキスの言葉を背後にベリルは駆け出した。屋敷の中で走るな!という声が新たに聞こえるがそんなもの気にしていられないというようにベリルは屋敷の中を走り抜ける。
執務部屋を飛び出し廊下を走る。何度か角を曲がり、大広間に出ると大広間の階段の手すりを乗り越えてダイナミックに一階へ降る。途中オニキスの部下や来客があったように見えたがそんなもの関係ない。屋敷の正面扉を開いて外に出る。
向かう先は、街の中心だ。
* * *
トラグスの屋敷のある街は大きく、中心部は様々な種類の店であふれかえっていた。
海に近いこの町は漁業が盛んであり、新鮮な海鮮物を使った料理で有名なレストランも多くある。
ベリルはそんなレストランの向かい側にある花屋の前で一人、唸っていた。
「これは派手だし、これは何かイメージじゃないし。かといって薔薇の花は……」
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
人当たりの良さそうな女性店員に話しかけられ、ベリルは一瞬狼狽えた。だが、すぐ咳払いをすると「人に供えたい」と女性店員に伝えた。
女性は一言で察してくれたようで相手のイメージやその人の好きな色など何種か質問をするとすぐに花を選び取り、丁寧に花束を作っていく。
数十分くらいだろうか、名前を呼ばれ受付に行けば見事な花束が出来上がっていた。
「すっご……あたしじゃこんなに想像もつかない」
「お褒めに預り光栄です。こちらの料金ですが私のサービスとさせてください」
突然の女性の申し出にベリルは困惑し、声を荒げた。
「えっ!?何言ってんの!?ちゃんと払うわよ!」
「いいえ、いつもお世話になっているのでこれくらいはさせてください」
「お世話……?」
心当たりがないし、あったとしても無料にされると受けたサービスに対する礼ができない。そう言えば女性はニコニコしながら胸元からロケットを取り出すと中の写真を見せてくれた。中には女性とよく似た男性とジェットが肩を組んで映っている写真だった。




