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第15列車 望みの’’のぞみ’’

―うん…せやね……やけど、もうあと6分…いや、3分でいい。744Aと話す時間をください。



「もしもし、こちら新大阪の圓通寺。」

『はい、こちら744A中間車掌 古市や…』

「うんうん…到着まではまだ時間かかりそか?」

『さっき指令に通達した通り、こっちは西明石で運休やで。こっから先は動かせまへん。』

『―…気持ちは分かるけど、もう先に行ってください。』

応えようとする否や、車掌からの電話はプツリと切れた。


「…744A…」

「…若菜、気持ちは私も良く分かるけど…もう私はここで出るよ…もし今来たところで、この満員の状態じゃお客様も乗れないよ…」

「そこのところはうちが何とかする。さつき…気持ちが分かるんやったらもうちょっと待っとって。」

いつの間にか「絶対に接続をさせよう」という意思が、私より彼女の方が強くなっていた。



お客様の表情も、そろそろ限界を迎え始めた人間の表情へと変わり始めている。

「きょうはもう帰れない」と諦めて電話する者、「何やってるんだ」「早く出せ」と駅員や関係者を罵倒する者。

この天気で駅構内も最悪な状態となってき始めていた。


駅に残るほとんどの関係者が、このX-RAYの16号車付近に集まり始めていた。

「出発しましょう。」「もう出よう」とひたすら発車を促される環境下でも、私はハンドルを握らなかった。

数週間ぶりに会った若菜はひたすら接続予定の744A(こだま744号)の乗務員たちと電話で通信し合っている。




『―運転士の私の判断や。250Aをもう東京に送ってあげなさい。』

「アホ!!!!そんな事したら名古屋と東京に行くそっちのお客さんがどうなると思っとるんや!!」

『今日はこいつとともに一夜をここで明かすんや…翌朝に天気がよければ新大阪で接続をすることにする。』

『―人の気も知らんと客を盾に使うな 圓通寺。このままだとお前のお仲間さんも身動きが取れなくなるぞ。』

「せやけど、アンタがここで諦めたら、それに乗客も巻き込まれるんやで!!」



時計の針はもう間もなく19時20分を示すところ。

荒らしで見えることのない夕刻、周囲が何も見えないまま徐々に闇に呑まれていく。

束の間の天候回復だったのか、雨風がいったん収まり始めた。

若菜は、受話器を手に握りしめたまま、もう鳴る筈のない電話をただひたすら待ち続けている。

ある駅員は、飛んで行った帽子をこのタイミングで拾いに行っていた。


19時22分…発車予定時刻から72分…

「二人とも、いい加減にしろ。今から出発案内の放送を掛けるから、出発の準備をしな。」

まるで銀行に立てこもった犯人を説得させるかのように駅員たちが詰め寄る。

挙句の果てにはしびれを切らしたお客様まで乱入してきた。

「と、とにかくです!もう一度744Aに…」

本来の運転士である私が若菜の助け舟を出す。

「山陽新幹線が止まったんでしょう!待つ必要も無いじゃないか!とっとと…」


「ねぇ…パパ。あれ。」

息子だろうか、苦情を言いに来た彼の服の裾を掴んだのは、まだ身長の小さな男の子だった。

少年は、1号車の方へ指をさしてそちらをひたすら真剣に見ている。


その指の向く方向には、暗闇の中を吹き付ける雨粒の群れを照らす、二筋の光線だった。



「あ…えっ…?」


「お。おいっ!あれってまさか…!」


「―…ようやるやん、あのオッサン。」

窓から顔を出している若菜の顔が、自慢げににんまりとした。



≪23番線に 到着の列車は、当駅折り返し「回送列車」です。この列車にはご乗車になれません。…≫

傷だらけのまま磔刑上に飛び込んだ、あの走るメロスの如く入線してきたのは業務用車両でもなく、保線車両でもなく、正真正銘人を乗せた「新幹線」だった。

700系7000番台8両編成、通称「レール・スター」

遠目から見れば乗車率は大したことが無いようにも感じたが、降りると同時に大量のお客が飛び出てきた。


≪『あ…足許…ご注意ください、また、強風にご注意ください。本日は列車が大幅に遅れまして申し訳ございませんでした…―』≫


向かいの700系の乗務員扉があく音がした。

驚きを隠せず立ち尽くす駅員たちを払って私たちのもとに近づいてくる。


「―744A、問題山積ながら只今無事到着しました。…お前さんが神代か、名前だけはなんとなく聞いてるぞ。」

「あ…ありがとうございます…」

「はは~…噂には聞いてたが、本当に量産試作車を転がして(動かして)るんやな。」

室内側に畳んだ乗務員扉を覗き込み、窓に書かれた「X0」の文字を見たのだろう。




「―…長く待たせて申し訳なかった。名古屋・横浜・東京へのお客を後は頼んだぞ。」


「はい、あとは任せてください。」


ふと、さっきまでいた若菜の姿が、知らない間に居なくなっていた。

さっきまで手に引っ掛けていた落ち畳み傘が、乗務員扉の出っ張りに引っかかって風にあおられ揺れている。

駅事務室へと届けようと思ったが、今はそんなことをしている時間もない。

遅れで殆どその役目を失った業務時刻表をセットし、運転台の再点検を行う。


≪『東24番、安全よろしいでしょうか?』≫

≪『加島西、お待ちください』 『大阪東、乗降継続中…』≫



ブザーが鳴る、車掌からの連絡だ。


「―はい、こちら16号車運転士」

『運転士さん、只今指定席を開放(自由席券所持者の指定席立席利用)しましたが…だめです、お客様がなかなか乗れませんっ!』

乗客が自由席の3車両に乗りきらないのは想定の範囲だった、しかし、指定席開放をしたうえでの乗員オーバーは初めての事だった。

乗務員室から確認する。

乗客は載せきれない量なわけではないが、それでも皆ヘトヘトで、屋根と車両の隙間から吹き込む暴風と雨粒に叩かれながら乗降を待っている。


その脇を、降車を終えたレールスターが回送される。

後はぶっつけ本番、東京へ帰れるか帰れないかは時間の問題だった。



乗降にてこずる時間が続き、焦りが続くと三度目の自動放送が隣の23番線に流れる。

≪まもなく、23番線に「当駅折り返し」、「のぞみ」192号 東京行きが8両編成で到着いたします…≫

8両編成ののぞみ…?

新大阪から東は16両編成と計測事業列車(ドクターイエロー)しか走らないはず。

それに最終便はこののぞみ250号…

不可解な放送がかかるが、この超悪天候じゃ機械も壊れるだろう、と気にしなかった。


引き続き席を離れホーム上を見ていると、確かに列車が入ってきた。

細長く、戦闘機のような前面形状。

正体は直ぐに判明した。

500系新幹線。16両編成は消滅したが、8両編成となって引き続き「こだま」として山陽を走っている車輌だ。



≪『お待たせいたしました、23番線の電車は「のぞみ」192号東京行きです。24番線「のぞみ250号」にご乗車できないお客様・自由席に座れないお客様、どうぞご利用ください。のぞみ250号発車後すぐの発車となります…―』≫

若菜の放送が、駅構内に響き渡る。

先程まで突っ立っていた駅員も、向かいのホームの「救済列車」への誘導を進めていた。


若菜がまたこっちに戻ってきた。

「さつき!救援にきたで!」

「―ちょっと…これで東京まで向かう気!?」

「え?当たり前やん。このままお客さんだらけで運休になるんならさ、せめて座らせてあげた方がええやろ?」

「―こんな時の為に臨時救済用のスタフも作ったんやで!数年ぶりの東京入線や!」

「…やるじゃん、若菜。」

「ふっふっふ…これが本当の『望み』ってことかな?」

「ひぇっ!さっむ!」

「うっさい!」



19時35分、台風の嵐の「隙間」を掻い潜って、のぞみ250号が新大阪を出発した。

それを追尾するかのように、19時37分、500系8両編成の「救済のぞみ192号」が東京駅へ向け出発していった。

定刻より85分、1時間25分遅れ。

台風の中心が姫路市付近を通り過ぎた頃の出来事だった。

あの「隙間」を逃していたら、本当に私たちは新大阪から動けず終いになっていたのかもしれない。

隙間、と一括りに言っても、台風は台風。

横風制限で130km/hで走っていても、相当目を凝らしていないと本当に前方が把握できない状態だった。

強風で障害物が飛んできて、線路に落ちたり・架線を切断したり・客室窓に刺さったり…なんてリスクも考えられた。



一刻も早く速度を上げて東京へ戻らなければ。ハンドルを握っている時の私はその一心だった。

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