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第13列車 漆黒雨天の東海道

休憩中、緊張してピリピリした空気の中、私の携帯に一本の電話が入った。


『もしもし、神代です…』

『―もしもし、ウチ。大阪の圓通寺や。』

『…うん?若菜じゃん。』

『さつき…予想しとった以上にまずいことになりよった…13時に博多を出るこだまを最後に山陽は運休やって…』

その知らせを聞いて、携帯片手に壁の情報通告パネルまで走った。


何やら周囲がざわついている。

そこには、降水量が規制値を超えたため744A(こだま744号)を以て上り線は運休との事が速報で表示されている。


『…すぐ後ろの32A(のぞみ32号)は…?』

『あかんみたい。ここ10分の間が「やばい雲の狭間」やったんやろ…』

『じゃ、じゃあ山陽地区は…』

『―これで運行は不可能になったって言ってもええかもしれへんね。うちの会社が無茶したのと、台風さんがはよなった(速くなった)のが原因や。今は岡山以東でアナウンスしまくっとるけど…はははっ、ほんまに乗るお客さんいるのかな。』

『そんなぁ…いくらなんでも早すぎだよ…』

『…せやけどまだ広島から新大阪までやったらまだ4本だけ走っとる。そこにうまく誘導せんならんのけど…それはうちの仕事やから、さつきちゃんは自分の仕事を全うして。お互いキバるで。ほなな。』


向うも忙しいのか、直ぐにブツリと電話が切れた。

13時00分博多駅発の「こだま」は、東海道新幹線区間のそれに等しく博多から新大阪までの区間を5時間弱で結ぶ。

九州地区の天候悪化は止まることを知らず、744A(こだま744号)の後続の32A(のぞみ32号)が博多で運休となってしまうかどうがを、東海と西日本で既に連携を組んで検討していたが、お客様を車内に取り残して列車ホテルになる状態を避けるため、先発の744Aにご乗車いただくか、近隣ホテルや自宅にお帰りいただくこととなった。


よって、のぞみ32号の需要と山陽各駅の需要を拾うこだま744号の混雑は後発に「のぞみ」がある広島までは続くだろうと予想された。

744Aの終点新大阪の到着時刻は私の乗務する250A(のぞみ250号)の発時刻の3分後の18時13分。

新大阪駅での待ち合わせも含めて考えなくてはならなかった。

広島で始発の列車に乗り換えられるからと言って、それでも2時間分の隙間は埋まらない。

不測の事態はまた起こりうる。


『……≪只今、電話に出ることが出来ません。ピーと言う発信音の後に、お名前とご用件を―≫』

母に電話を掛けるが、留守電のままだった。

『もしもし、お母さん?皐月です。今日ね…仕事がいつもより忙しくなりそうなんだ。帰れるかどうかも分からないし晩御飯は自分で食べるから気にしないで。じゃあね。』


台風や大雪の日には必ず帰れなくなるかもしれない旨を母に電話で知らせるのだが、今日ばかりの異常な台風は新幹線に4年半勤めてきた私にも初めて遭遇する前例のないものだった。

途端に、緊張が増してゆく。

師匠、こういう時のことに対して何か言ってたっけ…


「…いや、行かなきゃ…」


外に出て大井の車両基地に急ぐ時には既に雨脚は強くなり始めていた。

運輸所には20分も居なかった。

新大阪までは今度は「のぞみ」で向かうこととなっている。

列車番号は9289A(のぞみ289号)で、日時が指定の日に運転される「臨時列車」の類に当たる。そのため千の位の数字も臨時にあたる「9」が充てられている。



―15時04分。

行路時刻通りに東京駅15番線に入線。

「…予想してた位の旅客数…か。」

ホームの安全柵の向こうに、床にマークされた列方向に並んで、既に列車を待ちに待っていた。

それでも終車(最終列車)が近くなり始めたからだろうか。通常時の「のぞみ」と大して需要変化は少ないように思えた。



挿絵(By みてみん)



「ドア灯点、ATCよし、東京、5秒遅発。」

15時23分、9289A(のぞみ289号)は定刻をもって東京駅を発った。

朝とは天気も変化し、遂に新幹線が苦手とする気象のひとつ、風も少々吹いてきた。

台風9号は気象庁の予想通りに、九州中部阿蘇にかけてを横断し、時速90kmで進んでいる事を今先程大井の業務所で聞いた。

単純計算だと、19時前には関西地区に接近することとなる。

東海の読み(予想)は間違えてはいなかったようだ。


品川、新横浜…と乗車が連続する駅に止まっていくと、午後まで運転していた「こだま」とは大幅に異なり名古屋までの1時間半程に停車駅はない。

「…小田原、通過。…4秒早通です。」

朝までのまだ「比較的」穏やかだった天気は徐々に変わっていく。

6月というの梅雨の時期とは思えないような漆黒の雲が向こうの更に向こうに見て取れる。

航空機などとは異なり、気象レーダーは新幹線には装備されていないために運転士の眼と感覚…そして勘が運転状況を左右する。


途中で追い抜く「こだま」は全て名古屋の手前の浜松か三島止まりとなっていた。

運転休止時刻までに目的駅に到着出来ないと考えられたからである。



向かいから前照灯をフルに炊いて対向列車が近づいてくる。

すれ違いと同時に、衝撃で振り落とされた雨粒が運転窓に吹き付けられた。

「むむ、ここから先は大雨と見た。」

ワイパースイッチをMAXで入れ、不穏な湿度の東海道新幹線を快走する。

3分と経たないうちに雨がX-RAYの車体を叩き始めた。

天城(熱海)越えのほんの手前の地点だ。



名古屋に到着する頃には雨脚は1層強まってきた。

総合指令所から他列車の運転士に対する司令無線が運転室内に響く。

「―名古屋駅停車中9289A、名古屋駅停車中9289A車掌応答願います。」

今度はこちらの列車に対する無線が来た。

何やら通告をしているようだが、感度と混戦の影響で聞き取れない。

『続きまして9289A運転手、応答願います。』

『―はい、9289A運転士です。』

『9289A、先程からの大雨で岐阜羽島~京都のアメダスポスト(雨量計)が規制値を上回ったため、当該区間は信号速度120km/hでの走行となります。』

『9289A了解。京都新大阪両駅の到着時刻が運休指定時間に間に合わない可能性が有りますが、問題ありませんでしょうか、どうぞ。』

『今の所は問題ありませんが、場合により京都駅でウヤ(運休-運転打ち切り)となる可能性もあります。状況が変わり次第改めて無線します。以上総合指令でした。』


司令の通り、岐阜羽島を通過したあたりから天候が一変し始めた。

280km/hというスピードを出していないのにも関わらず猛烈な雨が高速で殴りつけてくる。

120km/hで運転できるのかと思う程のものだったが京都に出る頃には多少雨は収まっていた。


「―新大阪、6分24秒延着。」


終点の新大阪に着いたのは17時59分だった。

最終列車 の扱いを受けて、駅ホーム上には既にこの列車が折り返しとなる「のぞみ」250号 の出発を待つお客様方が行列を成し、吹き込む雨と強風の中まだかまだかと待っていた。


本来はもう入線しているはずの博多からの「のぞみ」は今日は来ない。



片付けを終えてホームに降りると、西日本と東海両社の乗務員が集まっては強ばった顔で話し合っている。


「あの…折り返し250Aの車掌さんは…」

「―あ、俺です。あの…今ちょうど博多からの「こだま」の接続待ちについて話し合ってて…」






―聞くと、事態は予想より深刻さをましていた。

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